第44話:北の使者と届いた挑戦状
実験場の封印から数日。王都へと戻ったアルスとロザリアを待っていたのは、質素な王宮の正門前に佇む、一人の見慣れぬ男だった。
北の帝国『アルカディア』の紋章が刻まれた銀色の外套を羽織り、白銀の髪をなびかせるその男は、アルスの姿を認めると、優雅かつ傲慢に一礼した。
「エリュシオン王国の『管理者』殿。貴公が推し進める鉄道網の拡大、北の果てまでその轟音が届いておりますよ」
男の名はゼノス。帝国の特使であり、皇帝直属の技術局局長を務める男だ。彼の背後には、護衛の兵士たちではなく、人間離れした動きを見せる機械兵たちが無数に控えている。
アルスは表情を変えず、淡々と応じた。
「帝国の犬が、我が国の敷居をまたぐとは。何の用だ。それとも、私のシステムが貴国の利権を阻害したか?」
「阻害、ね……。貴公のシステムは、我々の『魔導至上主義』を根底から否定している。魔法を科学へと変換し、誰でも扱えるエネルギーに変える……それは帝国の支配階級からすれば、最も許しがたい『涜神行為』だ」
ゼノスは懐から、一枚の黒い封筒を取り出した。それは帝国からの「挑戦状」だった。ただの外交文書ではなく、アルスの鉄道網の核心部である「魔動炉」の出力を逆転させ、全土を爆砕する呪術的プログラムが刻まれた物理的な爆弾でもあった。
「これを、貴公の鉄道の基幹回路へ埋め込む。……もし拒否すれば、王国の全供給網を帝国の魔術で焼き払うまでだ」
アルスは封筒を受け取ることもせず、刻印を光らせてその内容を瞬時にスキャンした。
「……なるほど。回路の過負荷を狙った時限崩壊プログラムか。幼稚なバグだ」
アルスの冷徹な言葉に、ゼノスはわずかに眉をひそめた。
「幼稚? このプログラムは、我々帝国の最高知能が導き出した『魔導物理の極致』だぞ」
「それは魔法の側面から見た理論に過ぎない。俺のシステムでは、エネルギー供給の波形をミリ秒単位で制御している。お前の作ったウイルスなど、俺のシステムの『保護機能』が自動的にゴミ箱へ放り込む」
アルスは右手を上げ、指を軽く鳴らした。 すると、王宮の周囲に隠されていたバルド製の迎撃装置が一斉に起動し、ゼノスの背後に控えていた機械兵たちを瞬時に拘束する。
「なっ……いつの間にこんなものを……!」
「お前たちが王都へ到着するルートと時間、そして所持している兵器のステータスは、国境を越えた瞬間に演算済みだ。俺が貴国の挑戦を受ける必要などない。……すでに、盤面は私が握っている」
アルスの支配領域において、帝国からの使者は無力だった。ゼノスの傲慢な笑みは消え、初めてアルスという男に対する「恐怖」が彼の瞳に宿る。
「帰れ。そして皇帝に伝えろ。私の鉄道は、貴国との戦争に使うためのものではない。……貴国そのものを、私の『物流システム』に統合するためのものだ」
ゼノスは歯を食いしばりながら、拘束を解かれた機械兵を連れて王都を去った。 その背中を見送りながら、ロザリアがアルスの隣に歩み寄る。彼女の表情には、確かな勝利への安堵と、迫り来る戦争への緊迫感が入り混じっていた。
「……アルス様。これで帝国との全面衝突は避けられませんわね」
「ああ。だが、それこそが我が国が真の発展を遂げるための『必要経費』だ」
アルスはロザリアの手を強く握りしめた。帝国の挑戦は、アルスにとっての「最善の一手」を打つための呼び水に過ぎなかった。 王国篇の結末へ向け、アルスはさらに冷酷で、かつ大胆な策を練り始める。




