第43話:食糧難の解決と禁忌の実験場
王都を覆っていた熱狂の余韻が冷めやらぬ中、アルスは次の「優先事項」へと着手していた。
それは、長年の失政によって引き起こされていた慢性的な食糧難の解消である。王国の北部から南部まで、物流の淀みは至る所にあり、市場の価格は投機筋に操作されていた。
「殿下、王都近郊の備蓄倉庫を確認しましたが、記録上の在庫と現物が一致しません。……宰相の残党が、地下の隠し倉庫に資材を溜め込んでいるようですわ」
ロザリアの報告を聞きながら、アルスは【掌握の刻印】で王国の広域地図を再構成する。彼の手元で、幾千もの赤い光点――物流の滞留地点が明滅していた。
「問題ない。隠し倉庫の場所はすでに特定済みだ。バルド、鉄道網の末端にある『開拓地ルート』を緊急開放しろ。王都の消費量から逆算して、各地方の供給量を再配分する」
「へいへい。王子、あんたの計算は完璧だが、物流の現場は泥臭いぜ。鉄道が通っても、最後の配送でまた利権屋どもが食い散らかしちまう」
バルドの指摘に、アルスは不敵な笑みを浮かべた。
「それも計算済みだ。配送ルートの監視には、教団が残した『実験体』の制御ユニットを転用する。感情のない監視者ほど、買収の効かないものはないからな」
アルスは冷徹に、かつて敵であった技術を自国のインフラに組み込んでいく。
その夜、アルスとロザリアは、実際に食糧が供給される予定の農村部を視察するために、王都を離れていた。
人々の暮らしは困窮を極めていたが、アルスが鉄道を敷き、公正な価格を設定したことで、村の空気はわずかに変わり始めていた。そんな中、一行は古い地元の伝承に基づいた「禁忌の実験場」の入り口にたどり着く。そこは、宰相が密かに帝国と連携して開発を進めていた、魔導肥料の精製プラントだった。
「ここは……魔力で無理やり作物を成長させる場所ですが、成長した果実には死霊の呪いのようなものが残っていますわ」
ロザリアが眉をひそめて実験場の中を覗き込む。そこには、日光を遮断された部屋で、異様に巨大化した作物が奇妙な音を立てて蠢いていた。
宰相は、食糧不足を解決するために、禁忌の実験を行っていたのだ。
「効率を求めた結果、質を無視した最悪のケースか。……ロザリア、離れていろ。この『バグ』は、放置すれば王国全土の土壌を汚染する」
アルスが拳銃を構え、実験場の心臓部にある「魔力供給ライン」を狙い澄ます。
しかし、その時、床下から黒い影が這い上がり、アルスを庇うようにしてロザリアの目の前に立ちはだかった。それは人造兵器の成れの果て――かつて実験に失敗して捨てられた子供たちの残骸が融合した、悲劇的な怪物だった。
「……計算外だ。この実験場には、まだ『魂の残滓』が残っているのか」
怪物が悲痛な鳴き声を上げる。ロザリアは、その怪物の瞳に宿るわずかな人間性を感じ取り、扇を構えたまま震えた。
「アルス様……。これでも、論理で切り捨てなければならないのでしょうか?」
ロザリアの問いかけに、アルスは引き金を引く指をわずかに止めた。
効率のみを追求すれば、即座に排除すべき対象。しかし、彼の傍らに立つロザリアの心拍数は、その「無駄」とも言える慈悲に動かされていた。
「……いや。この実験場を封鎖する。ただし、殺すのではない。システムを『凍結』させる」
アルスは右手の刻印から青白い光を放ち、実験場の魔力供給を強制停止させ、施設全体を氷のような静寂で満たした。
実験の呪いが、演算の力によって物理的に封印される。
「今日からは、私の作った物流システムが食糧を届ける。こんな悪夢に頼る必要はない。……私がお前たちを、二度とこんな場所に立たせない」
アルスが言い放つ言葉には、かつてなかった力強さがこもっていた。
彼は、ただ合理的なだけでなく、守るべき未来のために、自らの計算すらも書き換えていたのだ。
二人が実験場を後にする際、ロザリアはアルスの腕にそっと手を添えた。その手の温もりが、アルスの冷徹なシステムに、新しい回路を繋いでいくような感覚を覚えた。




