第41話:テラスの刺客と、愛という名の計算外
テラスに漂う琥珀色の静寂が、突如として切り裂かれた。
暗闇から影のように現れたのは、旧貴族が雇い入れた暗殺ギルド『黒蛇』の精鋭たちだ。彼らは魔法的な気配を完全に遮断する秘術の外套を纏い、アルスの首を狙って無音で跳躍した。
「アルス様、下がって!」
ロザリアが扇を開き、その縁に仕込まれた高周波の刃で刺客の一撃を受け止める。金属が激しく火花を散らし、夜の闇に眩い閃光が走った。
「計算通りだ。……テラスの構造強度、及び敵の進入経路はシミュレーション済みだ」
アルスは動揺することなく、右手の【掌握の刻印】を操作した。
彼が王都を掌握してからというもの、王宮内の全照明、噴水、そしてテラスの石材配置に至るまで、すべての環境はアルスの支配下にある。
「バルド、テラス下の重力制御回路を過負荷させろ。刺客の『重心』を計算してピンポイントで突き放す」
「あいよ、王子!」
直後、テラスの床が不自然な角度でせり上がった。
物理的な衝撃ではなく、重力バランスを意図的に狂わせるという手法。予期せぬ足場の崩壊に、空中姿勢を保っていた刺客たちは一瞬だけ制御を失い、硬直した。
「……致命的な隙だ」
アルスが手にしたのは、ただの護身用の短剣ではない。魔力を銃弾のように凝縮して撃ち出す、バルド特製の『魔動拳銃』だ。
乾いた発射音が二度、夜の静寂を打ち抜く。
計算された軌道で放たれた魔力弾は、刺客たちの喉元を正確に貫き、彼らをテラスの外へと弾き飛ばした。
静寂が戻る。しかし、ロザリアの顔色は優れない。彼女は刺客が落とした通信用の魔石を拾い上げ、その表面に刻まれた紋章を見て目を見開いた。
「……これは、宰相の残党ではありませんわ。北の帝国『アルカディア』が発行する軍事階級章……」
「帝国が、王国の暗殺ギルドを使っているのか」
アルスは刺客の死体を冷ややかに見下ろした。帝国は、アルスが構築し始めた「物流システム」の脅威をすでに察知し、芽のうちに摘み取ろうとしているのだ。
「効率が悪い。私がこの国の管理者として君臨する前に、直接手を下すとは」
アルスはロザリアの傍らに歩み寄り、戦いで乱れた彼女の髪をそっと直した。
先ほどまで冷徹に刺客を排除していた男の指先は、今は驚くほど優しく彼女の肌に触れていた。
「……ロザリア、私を案じてくれたな」
「当たり前ですわ。……貴方がいなくなれば、この国のシステムは誰が維持するのです?」
「そうか。……お前が私の側にいてくれることは、私のシステムにとって最大の『プラス要因』だ。論理的にも、感情的にもな」
ロザリアは耳まで赤く染め、俯いた。アルスは愛という概念をまだ「計算上の利得」という枠組みでしか理解していない。だが、彼女の心拍数の上昇を刻印が検知し、それが彼にとっての「守るべき恒数」として刻まれつつあった。
「行くぞ、ロザリア。帝国がこちらを盤面として認識した以上、もはや王国を閉じているだけでは足りない」
アルスは夜空を見上げた。その瞳には、王国篇の終わりではなく、大陸全土を巻き込んだ壮大なチェスゲームの幕開けが映っていた。




