第40話:徴税の合理化と琥珀色の夜
王都を掌握してから一週間。アルスが打ち出した「資源の再配分」と「徴税の定額化」は、国民から熱狂的な支持を得る一方で、既得権益を奪われた旧貴族たちの間で激しい反発を招いていた。
「アルス王子は、我ら貴族の血筋を否定するつもりか! 伝統ある『徴税権』を奪うとは、なんと不敬な……!」
かつての宰相派の残党たちが、王宮の外で密かに集会を開き、アルスを暗殺するための『排除計画』を練っていた。しかし、そのすべてはアルスにとって、予測範囲内の「ノイズ」に過ぎなかった。
アルスは玉座の間の横の小部屋で、王国全土の貨幣流動を監視する資料を広げていた。そこへ、ロザリアが温かい紅茶を携えて入ってくる。
「アルス様、少し休憩をなさいませ。……また、旧貴族どもの不穏な動きを監視しておられるのですか?」
「……ああ。彼らの動向は、この国の物流のボトルネックそのものだ。排除する必要があるが、強引にやれば経済システムに一時的な不整合が生じる」
アルスは眉間に軽く指を当て、数式を書きなぐったメモを指で弾いた。彼の冷徹な頭脳は、常に効率を追求している。しかし、ロザリアはその横顔のわずかな「疲れ」を敏感に察していた。
「効率、効率とおっしゃいますが、人間は数字では割り切れません。……時として、無駄こそが誰かの心の支えになることもございます」
ロザリアはそう言って、アルスの手から羽ペンを取り上げ、代わりにカップを握らせた。彼女の指先がわずかにアルスの手に触れる。
いつもなら、アルスは物理的な接触さえも情報のやり取りとして解析する。だが、今はその熱が、計算結果に含まれない「例外」として胸の奥に留まった。
「……お前の言う通りかもしれないな、ロザリア。俺の演算では、この『温かさ』の定義が足りていない」
「ふふ、それならこれからは、私がその分を補って差し上げますわ。……アルス様が世界を数字で管理されるなら、私はその数字の隙間にある心を守る係として」
ロザリアの微笑みに、アルスは言葉を詰まらせた。彼女の忠誠心は、単なる奉仕を超え、一人の男としてのアルスを案じる「情愛」へと色を変えている。
アルスにとって未知の変数であるロザリアの存在が、彼の完璧なシステムの中で、唯一の「計算不能な心地よさ」として確立され始めていた。
「……夜が更けたな。ロザリア、少しだけ外を歩こう。王都の『稼働率』の低くなった夜の風景を、一度見ておきたい」
二人は王宮のテラスへと出た。
かつては富裕層の灯火で煌々としていた夜の王都は、今はアルスの省エネ政策により、必要最低限の明かりで静かに眠っている。その琥珀色の光に包まれた静寂の中、二人の距離は、数式の理論よりもずっとゆっくりと、確かに縮まっていた。
しかし、その静寂の裏側で、アルスの刻印には一つの「警報」が点灯した。
旧貴族が雇った刺客が、すでに王宮の警備網を回避し、テラスへと侵入しようとしている。
「ロザリア、下がれ。……『例外』はここで排除する」
アルスはテラスの影に気配を感じ取り、冷徹な殺気を放った。
王国の改革は、まだ始まったばかりである。




