第39話:新体制の構築と「王位」の正当性
宰相ヴァルガスが自ら起動した古代の防衛兵器に組み伏せられ、王宮の玉座の間は静寂に包まれた。抵抗を試みた私兵団も、アルスが街の各所へ配置した「兵站」部隊の迅速な鎮圧により、一滴の血も流さず無力化された。
アルスは、力ずくで奪ったわけではない。王都を飢えさせず、流通を止めず、かつ最も効率的な秩序を提示し続けた結果、王都は自然とアルスという新しい「中央処理装置」を受け入れたのだ。
「……殿下、いえ、アルス様。これより先はどうされますか? 玉座には、まだ先代の国王がいらっしゃいません」
ロザリアが玉座の間を見渡し、不安げに問いかけた。先代国王は教団との密約を拒んだために、王宮の奥深くに監禁されていたはずだが、宰相の敗北と共にその消息は不明となっていた。
アルスは【掌握の刻印】で王宮内の全熱源反応をスキャンし、冷静に答える。
「必要ない。この国の混乱を招いたのは『王位』という権威の空洞化だ。俺が座るべきは王位ではない……この国を動かすための『プロトコル』そのものだ」
アルスは玉座には座らず、その横に置かれた広大な作戦机の前に立った。
そこに展開されたのは、王国全土を網羅する地図だ。西の森、東の鉱山、そして中央の王都。それらを鉄道網で結び、物資の移動効率を最大化させるための数式が、地図上に網目状に浮かび上がっている。
「ガイウス。直ちに国民向けの布告を出せ。今からこの国は『王政』から『最適化された共同体』へと移行する」
「……共同体、ですか?」
「そうだ。誰が王であるかなどという『記号』に価値はない。誰がどれだけ働き、どれだけの資源を公平に享受できるかという『数字』こそが、この国の新たな法律となる」
その時、玉座の間の扉が開き、監禁されていた先代国王――アルスの父である国王が、痩せ衰えた体で姿を現した。彼は静かに玉座を眺め、次いで作戦机に没頭する息子を見た。
「……私の時代は、魔力という『幻想』に踊らされていた。お前はそれを、数字という『現実』で切り刻んだのだな」
アルスは振り返りもせず、ペンを走らせる。
「幻想は、空腹を満たさん。俺は、この国から『無駄』を排除するだけだ。父上、王位は譲ってください。管理権限を私に移譲していただくのが、最も合理的な解決策です」
国王は力なく笑い、玉座の横に立ち尽くした。権威が物理的な支配力に敗北した瞬間だった。
アルスが玉座を手にせず、実質的な支配権だけを掌握したことで、王国の構造は激変した。貴族たちは特権を奪われ、商人は価格統制下に置かれ、民衆は「働いた分だけ平等に配給される」という新しいシステムの歯車として組み込まれていく。
「これで、盤面の調整は終わった。……だが、ルナ。東の山脈の向こうから、気になるデータが来ている」
アルスの視線が、地図の北端に向けられる。そこは王国とは異なる文化を持つ、未知の帝国『アルカディア』が位置する場所だ。そこから送られてくる不穏な魔力反応の数値は、アルスが構築したシステム全体を揺るがしかねない「未知の外部干渉」を示唆していた。
「国内の掃除は終わった。これからは……盤面そのものを広げる(スケールアップ)時間だ」
アルスは確信していた。この国の再建は、まだほんの序章に過ぎないことを。
王国という小さなシステムを超え、アルスの「効率化」が大陸全土を飲み込もうとしていた。




