第36話:王都包囲網と「バグ」の正体
エリュシオン王国の王都。数百年もの間、堅牢な城壁と騎士団の武威によって守られてきたこの街は、今、かつてない異様な光景に包まれていた。
街を取り囲む平原に、アルスが率いる軍勢が到着したからではない。
アルスは王都を「攻める」のではなく、「遮断」しようとしていたからだ。
「……物流の停止を確認。王都への食糧、水、燃料の供給ルートをすべて当方の支配下に置きました」
ロザリアの報告を受け、アルスは王都を一望できる丘の上に設営した司令テントで、右手の【掌握の刻印】を操作していた。
空中には、王都の住民数、食糧在庫、市場の価格推移、そして軍の配置がリアルタイムで映し出されている。
「宰相は、騎士団の武力で抵抗するつもりだろうが……餓えた兵士に剣は振れん」
アルスの冷徹な言葉に、背後に控えていたガイウスが苦笑する。
「殿下、王都の門前には宰相の私兵団が陣取っていますが……彼ら、我々の鉄道敷設の速度と、それを護衛する兵士たちの装備を見て、震えが止まっていないようです。戦う前から士気が崩壊していますよ」
「当たり前だ。彼らは『名誉』のために戦う訓練を受けているが、俺の軍隊は『生産効率』のために動いている。……システムが違う」
アルスがそう呟いた時、突然、王都の城門が大きく開かれ、黒い影を纏った異形の軍勢が姿を現した。
それは鎧を着た人間ではない。肉体を無理やり繋ぎ合わせ、魔力で強化された『禁忌の実験体』――教団が王都の地下で密かに量産していた「人造兵器」たちだ。
「……殿下。あれが噂の実験体です。魔力反応が異常です。通常の兵器では、どれだけ叩いても再生してしまいます」
ロザリアが扇でその異形を指すと、実験体たちは狂ったような咆哮を上げ、猛烈な速度でアルスの陣地へ突撃してきた。
その時、アルスの後ろからルナが前に出た。彼女の顔には、この状況を待ちわびていたかのような凶悪な笑みが浮かんでいる。
「あはははっ! 実験データが向こうから歩いてくるなんて、最高だね!」
ルナは手にした特殊な噴霧器を空中に掲げた。
「あの兵器、再生能力の源は、死霊の魔力循環だね。……じゃあ、その『魔力の回路』を、アタシの作った高濃度中和剤で焼き切ればいいだけだよ」
ルナが引き金を引くと、広範囲に微細な粒子が散布される。
実験体たちがその霧に触れた瞬間、体中の魔力が火花を散らしてショートし、彼らは動きを止めて地面に崩れ落ちた。
「……物理の法則に魔法を混ぜ合わせるから、エラー(バグ)が起きるんだ」
アルスは無表情のまま、王都の門へと歩き出した。
「処理完了。……宰相、お前の盤面は今日で終わりだ。次はお前自身が、俺の『数字』の審判を受ける番だぞ」
王都の城壁の上で、宰相が絶望的な表情でその姿を見下ろしている。
アルスの進軍は、もはや戦いではなく、ただの「システム清掃」に過ぎなかった。




