第31話:鉄錆の要塞と不可視の壁
黒鋼山脈の険しい隘路を抜けたアルスたちの前に、その要塞は姿を現した。
『鉄錆の要塞』。
かつては王国の防衛の要であったその場所は、今や邪神教団によって無数の「装甲腐死者」が徘徊する死の回廊と化していた。
要塞の周囲を囲む高い城壁には、教団が掘り起こした古代帝国の死体兵たちが、全身を錆びた鋼鉄の鎧で覆って並んでいる。
「……殿下、偵察の結果をご報告します。城壁の上には、長弓を持ったゾンビが密集しています。さらに、入り口は岩盤を意図的に崩落させた土砂で完全に塞がれており、正面突破は不可能です」
ガイウスが険しい顔で地図を指差す。
その背後では、重厚な鎧を着込んだゾンビたちが、ただ機械的に城壁を往復していた。彼らに恐怖はない。空腹もない。ただ教団の命令に従い、侵入者を殺すための「自動迎撃装置」だ。
「弓矢の射線が複雑すぎる……。歩兵を突撃させれば、遮蔽物のない隘路で蜂の巣になるのが目に見えている。この山道、教団の連中がここ数週間でさらに要塞化させたようですわ」
ロザリアが扇で遮蔽物を確認しながら、溜息をつく。
教団は、アルスが西の森を浄化している間に、この場所を完全に「要塞」という名の棺桶に作り替えていたのだ。
「物理的な突破をしようとすれば、兵士の命がいくらあっても足りん。……だが、教団の誤算は一つある」
アルスは手元の羊皮紙に、バルドと共に作り上げた「魔動トロッコ(鉄道)」の敷設ルートを重ね合わせた。
「奴らは我々が『山道を歩いてくる』ことしか想定していない。だが、俺は山を削り、道を真っ直ぐに繋げた。物理的障壁など、俺たちのシステムの前ではただの障害物に過ぎない」
アルスは右手の【掌握の刻印】を掲げ、山の向こう側に控える後方部隊へ通信を飛ばした。
「バルド、予定通りだ。全ラインを最大出力で稼働させろ。……『鉄の槍』を、この要塞の心臓部に叩き込む」
山の裏側、隠された工事現場でバルドがニヤリと笑った。
「おうよ! 準備は万端だ。この重量、この硬度……エリュシオンの全物流をこの一点に叩き込んでやるぜ!」
ズズズズズン……。
大地が低く唸りを上げた。
それは地震ではない。要塞の裏側に敷設された、狂気の鉄道路線を疾走する「鋼鉄の塊」が、山そのものを震わせている音だった。
「な、何だ? 山が……震えているのか!?」
城壁の上のゾンビたちが、異常を察知して動きを止める。
だが、彼らが理解するよりも早く、アルスのシステムが叩き出した「答え」が要塞を襲おうとしていた。
「要塞の防御壁、装甲の最も薄いポイントを算出済み。……第一撃、発射」
アルスの冷酷な宣言と共に、山を貫いて敷設された鉄道の上から、規格外の弾丸が要塞へと向けた咆哮を上げた。
物流の概念を破壊に変える、前代未聞の砲撃戦が始まろうとしていた。




