第29話:東の鉄壁と奪われた鉄道計画
西の大森林を平定したエリュシオン軍は、休む間もなく東部の国境地帯へと向かっていた。
アルスの目的は、教団の重要拠点の一つである鉱山都市『鉄錆の要塞』の制圧だ。ここを落とせば、国再建に不可欠な鉄資源を確保できる。
しかし、アルスの右手の【掌握の刻印】には、極めて不穏な「赤いアラート」が点滅し続けていた。
「……東部の山道、地形データが書き換えられている」
アルスは馬車の中で、広げた地図を睨みつけた。
そこには、本来なら存在するはずの谷道が、教団の手によって「巨大な崩落土砂」で埋め尽くされている様子がリアルタイムで反映されていた。
「山崩れか?」
「いや、自然現象にしてはあまりにも意図的だ。教団は自分たちの陣地を守るため、あえて地形を壊して『袋小路』を作ったんだ」
ガイウスが険しい顔で山道を見上げる。
前方に広がるのは、険峻な断崖絶壁。そこを突破しなければ要塞へは辿り着けない。しかも、要塞からは教団が量産した『装甲腐死者』が、崖の上から絶えず落石や矢を浴びせてくるという、まさに地獄の回廊だ。
「これでは、馬車も兵士も一歩進むごとに敵の餌食になる。殿下、いかがいたしましょうか」
その時、後方の荷馬車から、ネリアが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「マイ・ロード! 大変だよ! 教団の連中、鉱山都市の出口を完全に封鎖して、中の『黒鋼』を全部燃やし始めたみたいだ! このままだと鉄が灰になっちゃう!」
「鉄を燃やすだと?」
アルスが【掌握の刻印】で鉱山都市内部のステータスを確認すると、鉄の在庫量が恐ろしい速度で減少し、代わりに「焼却」という不穏なステータスに置き換わっていた。
教団の狙いは、鉄の奪還を防ぐため、自分たちも使えぬ資源をあえて消滅させる「焦土作戦」だ。
「焦る必要はない」
アルスは感情を排した声で命じた。
「奴らが鉄を燃やして時間を稼ぐつもりなら、こちらは『山ごと道を掘る』。……ロザリア、例のドワーフの機巧職人は見つかったか?」
ロザリアは扇を閉じ、自信たっぷりに微笑んだ。
「ええ。帝国の炭鉱の奥底に潜伏していた『鍛冶の長』……バルドを見つけ出しました。ただ、少々偏屈でして……『人間にはもう協力せん』と申しておりますわ」
「協力させろ。俺が提示するのは『金』ではない。『山を削り、大陸を変えるための設計図』だ」
アルスは一枚の図面を広げた。
それは、断崖を貫き、険しい山を真っ直ぐに突き進むための『魔動トロッコ(鉄道)』の構想図だった。
「この山道にレールを敷けば、重い武器も資材も、馬の力を借りずに一気に前線へ投射できる。……バルドに伝えろ。これはただの道ではない。俺の支配する物流システムへの『招待状』だとな」
エリュシオン軍の進撃は、一見すると袋小路で止まったように見えた。
しかし、アルスはすでに山の裏側から、物理法則をねじ伏せる「鉄の道」を敷く準備を始めていた。
「山が道を塞ぐなら、山に穴を開けるまで。……邪神教団の要塞、俺のシステムが叩き潰してやる」
アルスの冷徹な演算が、鉄の資源を灰にしようとする教団の目論見を、根底から覆そうとしていた。




