第27話:ヒュドラの断末魔と規格化された解体作業
「三時間の猶予……、それは人間が持つべき時間ではない!」
ヒュドラの毒を完全に無効化し、怒涛の如く押し寄せるエリュシオン軍を前に、森の奥に逃げ延びた教団の残党たちは、恐怖でその場に崩れ落ちた。
これまで、教団の力は「理不尽な死」を押し付けることにあった。
毒で蝕み、精神をすり潰し、絶望の中で人間を家畜のように処理する。
それが彼らにとっての「神の業」だった。
しかし、今の目の前の光景はどうだ。
兵士たちはマスク越しに淡々と会話を交わし、まるで「予定された業務」をこなすかのように、確実に、残酷なまでにヒュドラの首を切り落としていく。
「右首、結合組織の剥離率九十パーセント! 槍の角度を十五度修正しろ!」
「第四小隊、ヒュドラの足元に楔を打ち込め! 体勢を固定する!」
ガイウスの指揮の下、兵士たちの動きはもはや一人の戦士の直感を超え、巨大な一つの「自動機械」として機能していた。
三時間という「絶対に途切れない補給」を手に入れた軍隊は、もはや恐怖も疲労も知らぬ不死身の軍団と化している。
――ギャオオォォォッ!!
ヒュドラが苦悶の声を上げ、最後に残った首を激しく振り回す。
しかし、その動きすらもアルスの予測の中にある。
「ヒュドラ、魔力収束の予兆。首の付け根に負荷が集中している。第二小隊、大盾を連結して『壁』を作れ。首を固定する」
指示通りに盾を連結させた兵士たちが、ヒュドラの首を強引に圧迫し、その動きを封じる。
「……終わりだ」
ガイウスが跳躍した。
黒鈍色の剣が、空を切り裂くような鋭い音を立てて、ヒュドラの最後の首を一撃の下に両断した。
ドサァッ……! という重たい音と共に、十五メートルの巨体が地に伏す。
森を支配していた毒の支配者は、三万人の「規格化された歯車」の前に、ただの巨大な肉塊へと成り下がった。
◆
「……マイ・ロード! ヒュドラの討伐、完了しました! 毒素の反応も完全に消失しています!」
ガイウスがマスクを外し、爽快な表情で報告する。
アルスは手元の羊皮紙に『西の大森林:平定完了』と書き込み、ようやく羽ペンを置いた。
「……ご苦労。ガイウス、ただ討伐して終わりではないぞ」
「え?」
「ヒュドラの肉、鱗、骨、そして毒袋。それら全てが貴重な資源だ。教団の連中はただ腐らせていたようだが、我が軍では『廃棄物』など存在しない」
アルスは右手の【掌握の刻印】を操作し、ヒュドラの残骸のインベントリをリスト化した。
「解体班、前へ。ヒュドラの猛毒は、希釈すれば強力な『防腐剤』や『農薬』として転用できる。鱗はドワーフたちの工房に送って、耐魔鎧の素材に加工させろ。骨は粉末にして土壌改良剤だ。……残った肉は、しっかり加熱消毒した上で、兵士たちの非常食として備蓄せよ」
「ひ、ヒュドラを……食べるのですか?」
兵士の一人が困惑して尋ねると、アルスは冷たく言い放った。
「毒を含んだ栄養価の高い肉だ。加熱工程をマニュアル通りに守れば、これ以上の兵站物資はない。……捨てるなどという贅沢は、この国が豊かになるまでは禁止だ」
徹底した「資源の全活用」。
それがエリュシオン軍のもう一つの強みだった。
教団が撒き散らした恐怖の象徴すらも、アルスの手にかかれば、国を再建するための「数字(資産)」に変換されていく。




