第21話:命の規格化と、強欲なる買い占め
王城の一室に急造された、巨大な特別研究室。
そこは今、薬品の匂いと魔力バーナーの青い炎、そして狂気の天才軍医ルナの歓喜の叫びに包まれていた。
「あははははっ! 完璧だ! 西の森の毒素(タンパク質分解酵素)を完全に中和する特効薬の調合式、ついに完成したよ!」
徹夜明けで目を血走らせたルナが、緑色の液体が入ったフラスコを高く掲げる。
かつて資金不足で機材も買えなかった彼女にとって、アルスが用意した「国家予算レベルの無制限の研究環境」は、まさに天国であった。
「これで毒を吸い込んでも、この薬を一瓶飲ませて安静にさせれば、三日で肺は元通りだ! アタシってば天才!」
「却下だ」
勝ち誇るルナの言葉を、背後からアルスが冷酷に切り捨てた。
「はぁ!? なんでさ! 完璧な特効薬だぞ!?」
「戦場で三日間の安静など不可能だ。それに、数万の兵士が同時に毒に倒れた場合、それを一瓶ずつ飲ませて回る軍医が何人必要になると思っている?」
アルスはルナの調合式を一瞥し、手元の羊皮紙に素早く図面を引き始めた。
「治療(マイナスからの回復)は非効率だ。必要なのは、最初から『マイナスをゼロに抑え込むシステム』だ」
アルスが描き出したのは、奇妙な形をした革製のマスクの設計図だった。
「この中和剤の成分を染み込ませた『浄化炭のフィルター』を作り、鼻と口を覆うマスクに組み込め。毒霧を物理的に遮断し、綺麗な空気だけを肺に送る。そしてフィルターは一時間ごとに『誰でもワンタッチで交換できる規格』に統一しろ」
「マスク……? そんなもの、ただの対処療法じゃないか! 医者の仕事は病を治すこと――」
「俺の軍隊において、兵士は『絶対に止まらない歯車』でなければならない。マスクで毒を防ぎ、それでも微量に浸透した毒素を排出するため、特効薬は一口で飲み干せる『規格化アンプル』にして全兵士に携帯させる」
アルスの徹底した合理主義に、ルナは絶句した。
彼は毒という魔法の脅威を、病気としてではなく「防具と補給物資」の領域にまで落とし込もうとしているのだ。
「……ひゅ〜、あんた本当に血も涙もないね。でも、嫌いじゃないよ、そういう無駄のない設計!」
ルナが凶悪な笑みを浮かべた直後、研究室の扉が勢いよく開け放たれた。
「マイ・ロード! 注文の品、ドカンと持ってきたよー!」
満面の笑みを浮かべたネリアが、護衛の兵士たちに大量の木箱を運び込ませる。
「西大陸産の『銀葉草』に、南の島国の『最高級浄化炭』! 商業連盟のルートをフル稼働させて、大陸中の市場にあるだけ全部買い占めてきたよ! おかげで他国の薬草商人がパニックを起こして首を括りそうになってたね!」
「ご苦労、ネリア。……ルナ、鍛冶頭を呼べ」
アルスはネリアが持ち込んだ莫大な物資の山(在庫)を、右手の【掌握の刻印】に読み込ませた。
「三日だ。三日でこの素材をすべて使い切り、『防毒マスク』三万個と、交換用フィルター三十万個、そして『解毒アンプル』三十万本を製造しろ」
「さ、三万!? 三日で!?」
「不可能ではない。すべての部品のサイズを『規格化』し、作業工程を分業すればな。……俺の兵站システムが、お前たちの作業効率を限界まで引き上げてやる」
資金、技術、そして究極の管理能力。
三つの力が合わさった時、王国の生産ラインはかつてないほどの爆発力を生み出した。




