表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兵站王の戦記〜追放王子の無敗論理〜  作者: リリリリス
第1章 王国篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/77

第17話:絶対に止まらない歯車

かつてエリュシオン王国最大の穀倉地帯と呼ばれた南部平野は、今や見る影もなく変れ果てていた。

見渡す限りの大地がどす黒く変色し、鼻を突くような腐臭を放っている。


その黒い泥土の中から、ズズズ……と無数の影が這い出してきた。


邪神教団の黒魔術によって大地ごと腐らされ、自我を失った『腐死者マッド・コーパス』の群れである。その数はざっと見積もっても二万を超えていた。


その異様な光景を、小高い丘の上から見下ろす黒ローブの男――邪神教団の司祭は、歪な笑みを浮かべていた。


「愚かな人間どもめ。王都を取り戻し、いけしゃあしゃあと南下してきたようだが……ここが貴様らの墓場だ」


司祭の視線の先には、整然と陣形を組んだエリュシオン王国の討伐軍が布陣していた。

しかし、司祭にとって人間の軍隊など、どれだけ数が多かろうと取るに足らない存在だった。


「我らが邪神の祝福を受けた腐死者たちは、痛みを感じず、恐怖も知らず、そして何より『飯を食う必要がない』。人間は腹が減れば動けなくなり、剣を振れば疲労で腕が上がらなくなる。……さあ、息絶えるまで無限の絶望と戦い続けるがいい!」


司祭が枯れ木のような杖を振り下ろすと、二万の腐死者の群れが、奇声を発しながら一斉にエリュシオン軍へと襲い掛かった。


激突まで、あと数十メートル。

しかし、エリュシオン軍の最前線に立つ兵士たちの顔に、恐怖や動揺は一切なかった。


「前衛、構えッ!!」


猛将ガイウスの号令が響き渡る。


ガシャンッ! と、一糸乱れぬ完璧な動作で、最前線の兵士たちが一斉に長槍を突き出した。


「……ほう? 少しは訓練されているようだが、無駄なことだ」


司祭が鼻で笑った直後。

腐死者の群れが、エリュシオン軍の『槍衾やりぶすま』に激突した。


――ズバババババッ!!


「……なっ!?」


司祭は目を疑った。


最前線に飛び込んだ腐死者たちが、見えない壁にぶつかったかのように、一斉に串刺しにされて動きを止めたのだ。

理由は単純だった。


兵士たちが構えている長槍は、アルスの厳命により『一ミリの狂いもなく同じ長さ』に規格化されていた。


刃の重さも、柄の太さも、すべてが完全に統一されているため、兵士たちが同時に槍を突き出した際、そこには「完璧な直線の防壁」が生まれる。突出して隙を晒す者も、短くて敵に届かない者も、ただの一人もいないのだ。


「ば、馬鹿な! ならば力押しだ! 武器をへし折って肉薄しろ!」


司祭の命令を受け、後続の腐死者たちが味方の屍を乗り越え、強引に槍の壁へと取り付いた。


腐った腕が力任せに振るわれ、バキィッ! と鈍い音を立てて、数人の兵士の長槍の柄がへし折られる。


「ヒヒヒッ! 武器を失えばタダの脆い肉塊よ!」


司祭が歓喜の声を上げた、まさにその瞬間だった。


「前衛三列目、槍の柄を破損! 交換要求!」

「第一補給班、パーツ投擲!」


最前線の兵士が叫ぶと同時。


後方の安全な位置に待機していた『兵站部隊(補給班)』から、真新しい槍の柄だけが寸分の狂いもなく放り投げられた。


武器を折られた兵士は、慌てることなく手元のジョイントをガチャンと外し、飛んできた新しい柄をカチリとはめ込む。


時間にして、わずか三秒。


武器を失ったはずの兵士は、瞬きする間に新品同様の長槍を取り戻し、再び眼前のバケモノを貫いていた。


「は……? な、なんだ、今の魔法は……!?」


司祭は完全に混乱していた。

通常の軍隊であれば、武器が壊れた兵士は後方へ下がるか、パニックを起こして陣形を崩す。


しかし、アルスが創り上げた【規格軍】において、すべての武器は「共通規格の組み立て式」になっていた。


刃が欠ければ刃だけを。柄が折れれば柄だけを。

無駄な装飾を一切削ぎ落とし、完全に均一化された部品だからこそ、戦場のど真ん中で「秒単位の修理と補充」が可能になるのだ。


「まだまだ! 奴らの体力は有限だ! 疲労で腕が止まるまで攻め続けろ!」


司祭は叫ぶが、その期待すらも残酷なまでに打ち砕かれる。


最前線の兵士たちが激しい戦闘を行っている間、後方の兵站部隊が彼らの口元へ次々と「何か」を放り込んでいた。


それは、アルスのカロリー計算に基づいてネリアが大陸中から買い集めさせた素材で作った、一口サイズの【超高カロリー圧縮兵糧レーション】と、塩分を含んだ水だった。


「……交代! 後衛は前へ!」


一定のカロリーを消費した兵士は、システマチックな動きで後方の兵士と入れ替わり、休息しながら補給を受ける。


そして体力を完全に回復させた後、再び最前線へと戻っていく。


武器は常に新品。

兵士の体力は常に満タン。

恐怖も混乱もなく、ただ淡々と、精密な時計の歯車のようにバケモノたちをすり潰していく。



「……美しいですわね」


最後尾に設営された司令陣幕。

遠眼鏡で戦場を見下ろしていたロザリアが、うっとりとしたため息を漏らした。


「まるで、一つの巨大な生き物……いいえ、完璧に設計された冷たい機械のようですわ」


「機械ではない。計算された『数字の具現化』だ」

その傍らで、アルスは戦場を見ることすらしていなかった。


彼は右手の【掌握の刻印】から流れ込んでくる膨大なインベントリ情報を処理し、手元の羊皮紙に凄まじい速度でペンを走らせている。


『最前線での槍の刃の損耗率、二パーセント上昇』

『第二部隊の平均カロリー消費量、規定値到達。第三部隊とのローテーション開始』


戦場に感情などいらない。


必要なのは、前線の消費量マイナスに対して、後方からの補給量プラスを絶対に上回らせるという、冷酷なまでの足し算と引き算だけだ。


「教団の連中は『自分たちの軍隊は補給を必要としない』と驕っていたようだが、浅はかだな」


アルスは灰色の瞳を冷たく細め、羊皮紙に『敵軍:全滅予定時間まであと十二分』と書き込んだ。


「補給がいらないということは、裏を返せば『それ以上の拡張性がない』ということだ。……ならば、こちらは『絶対に途切れることのない圧倒的な補給』で、その限界値を物理的に押し潰してやるだけだ」


――ズガアアアアアッ!!


戦場に、ひときわ巨大な轟音が響き渡る。

最前線で【完全な規格サイズ】の剛剣を振るう猛将ガイウスの一撃が、腐死者の群れを数十体まとめて粉砕した音だった。


「ば、バカな……あり得ない……っ! 人間が、なぜこれほどまでに……!」


丘の上の司祭は、腰を抜かして震え上がっていた。

二万いたはずの不死の軍勢は、今や七割以上がすり潰され、ただの腐った泥へと還元されている。


対して、人間の軍隊からは、ただの一人の死者も出ていない。陣形は一歩たりとも後退していないのだ。


「ひ、ひぃぃっ!!」


絶対に疲労しないはずのバケモノの軍勢が、完璧に規格化され、無限の補給を受ける人間の「兵站」の前に、完全に呑み込まれた瞬間であった。


最弱と蔑まれた第7王子の軍隊は、今や大陸のどの国も、そして人智を超えた邪神教団すらも恐れる『絶対に止まらない歯車』へと進化を遂げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ