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兵站王の戦記〜追放王子の無敗論理〜  作者: リリリリス
第1章 王国篇

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第14話:情報格差と絶望の取引

ヴェネーラ商業連盟の中心に位置する『中央交易所』。


そこは、大陸中の富が集まり、紙切れ一枚で莫大な金が動く、欲望と熱気に満ちた鉄火場だった。


その喧騒の中へ、巨漢の剣士ガイウスを護衛に引き連れたネリアが、颯爽と足を踏み入れた。


上質なスーツを身に纏った彼女の手には、大黒屋から巻き上げた銀貨五十万枚の小切手が握られている。


「……おいおい、どこのお嬢ちゃんかと思えば、大黒屋を潰して調子に乗っている下町のネリアじゃないか」


交易所の一番高い席から、見下すような声が降ってきた。


ヴェネーラ商業連盟を牛耳る三大商会の一つ、『海神商会』のギルドマスターである。


「大黒屋の残飯を漁って小金を得たからといって、この中央交易所で私たちと対等にやり合えるとでも思っているのか?」


「ご挨拶だね、ギルドマスター。今日はあんたたちに、儲け話を持ってきてやったんだよ」


周囲の商人たちが嘲笑する中、ネリアは不敵に笑い、テーブルの上に小切手を叩きつけた。


「ここにある銀貨五十万枚。これで、あんたたちが持っている『小麦の先物買いの権利』を、すべて買い取ってやる」


その言葉に、交易所全体が一瞬静まり返り――直後、割れんばかりの大爆笑に包まれた。


「ぎゃはははっ! 気でも狂ったか、ネリア!」


「お前、明日この港に何が到着するか知らないのか!?」


ギルドマスターが腹を抱えて笑う。


「明日、南の穀倉地帯から十万トンの小麦を積んだ『黄金艦隊』が入港する! 街は小麦で溢れ返り、価格は今の十分の一まで大暴落するんだぞ! 今、高値で小麦を買う権利など、ただのゴミ屑だ!」


商人の世界において、情報の遅れは死を意味する。

彼らは「ネリアは黄金艦隊の到着を知らない情報弱者だ」と完全に思い込み、その無知を嘲笑っていた。


「そのゴミ屑を、銀貨五十万枚で買ってくれると言うなら喜んで売ろう! さあ、すぐに契約書を持て! この馬鹿な小娘から全財産をむしり取ってやれ!」


商人たちは我先にとネリアに群がり、次々と契約書にサインをさせていく。


数分のうちに、ネリアの銀貨五十万枚はすべて「高値で小麦を買う権利書」という名の紙屑に変わった。


「……馬鹿な連中だ」


離れたVIP席からその様子を見下ろしていたアルスは、手元の羊皮紙から目を離さずに冷たく呟いた。


「殿下。本当にネリアの奴に全財産を預けてよかったのですか? 明日小麦の価格が暴落すれば、我々は破産ですが……」


心配そうに覗き込むガイウスに、アルスは羊皮紙――リアルタイムの盤面マップ――を指差した。

そこには、南の海上にあったはずの巨大な光の群れ(黄金艦隊の積荷)が、一つ残らず『消滅』している事実が示されていた。


「……暴落などしない。この街に、小麦は一粒も届かないからだ」


アルスは淡々と事実を告げる。


「昨夜、南の海上で季節外れの巨大ハリケーンが発生した。黄金艦隊は直撃を受け、積荷の小麦ごと海の底に沈んでいる。俺の帳簿システムからは、すでに十万トン分の小麦のデータが削除されている」


情報伝達の速度。

通常の商人であれば、船が沈んだという知らせは、生き残った船乗りが港にたどり着くまで知る由もない。


しかし、アルスの『絶対兵站システム』は、世界中の物資の増減を【リアルタイム】で把握できるのだ。


彼が持っているのは、商人の世界において神の力にも等しい『絶対的な情報格差』であった。


「さて……そろそろ知らせが届く頃だ」


アルスが呟いた、まさにその直後だった。


「た、大変だァァァッ!!」


交易所の扉が乱暴に開かれ、ずぶ濡れの伝令が転がり込んできた。

その悲痛な叫び声が、熱狂していた商人たちの耳を貫く。


「黄金艦隊が……ハリケーンで全滅した! 十万トンの小麦が、すべて海の底だァァッ!」


ピタリ、と。

交易所内の時が止まった。


「……は?」


ギルドマスターの顔から、笑みが完全に凍りついた。


「ふ、ふざけるな! 艦隊が沈んだだと!? 嘘だ、嘘だと言え!」


「本当です! 街の備蓄も底をつきかけています! このままでは、数日以内に都市のパンが完全に枯渇します!」


それは、小麦の価格が暴落するどころか、数百倍にまで『暴騰』することを意味していた。


「あ、あああ……っ!」


商人たちの顔が、一斉に青ざめる。

彼らは数分前、小麦を『今の価格で売る』という契約を、ネリアと交わしてしまったばかりなのだ。


小麦の価格が数百倍に跳ね上がった今、彼らは存在しない小麦を莫大な金を払ってかき集め、ネリアに引き渡さなければならない。

つまり――完全な破産である。


「……さて」


絶望に包まれた交易所の中で、ネリアだけが、悪魔のような満面の笑みを浮かべて立ち上がった。


「あんたたちの首を括るためのロープの代金くらいは、私が払ってやろうか? ギルドマスター」

 

「ひっ……! 待ってくれ、ネリア! た、頼む! あの契約書を破棄してくれ! このままでは商会が潰れる!」


先ほどまでの傲慢さはどこへやら、ヴェネーラ商業連盟のトップが、泥にまみれた床に這いつくばってネリアの靴にすがりついた。


「破棄? 馬鹿言わないでよ。商売は自己責任だろ?」


ネリアは冷酷に相手を蹴り飛ばし、手元の契約書の束をひらひらと振った。


「この街の小麦の権利は、今すべて私が握っている。どうしても破産したくないって言うなら……あんたたちが持っている港の権利、船団、そしてこの『ヴェネーラ商業連盟』の全実権を、丸ごと私に譲渡しな!」


純粋な数字と情報の暴力が、一国の経済を完全に屈服させた瞬間だった。


VIP席でその様子を見届けていたアルスは、手元の羊皮紙に『ヴェネーラ商業連盟:買収完了』と事務的に書き込み、羽ペンを置いた。


これで、帝国との全面戦争に向けた「無限の財布」と「最強の海運ルート」が、すべてアルスの盤面に揃ったのである。

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