第13話:錬金術と大黒屋の完全解体
自由貿易都市ポルトで最大級の規模を誇る『大黒屋商会』の執務室。
豪商の主は、額に脂汗を浮かべながら部屋の中を歩き回っていた。
「……あの銀髪のガキめ。物流ルートだけくれてやれば、満足して帰るだろう」
彼は昨日の夜、アルスに脅されて商会の輸送網を譲渡する契約書にサインさせられた。
だが、彼のような腹黒い商人が、素直にすべての財産を差し出すはずがない。
「私の本当の資産は、地下金庫や愛人の家に隠した莫大な金貨と宝石だ。ほとぼりが冷めたら、別の街で商会を再建してやる……!」
そう悪態をつきながら、隠し金庫の鍵を懐にしまった時だった。
――ドガンッ!!
分厚いオーク材の扉が、木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ひぃっ!?」
舞い上がる木屑の中から、無骨な大剣を肩に担いだガイウスが足音を立てて入ってくる。
その背後から、コツン、コツンと軽い足音を響かせて現れたのは、見違えるほど上等な商人のスーツを着こなした赤毛の少女、ネリアだった。
「やあ、親方。約束通り、商会の引き継ぎに来たよ」
「ネ、ネリア!? 貴様、物流ルートはすでに渡したはずだぞ! これ以上何の用だ!」
豪商が怒鳴りつけるが、ネリアはくすくすと意地悪な笑みを浮かべた。
「ああ、物流ルートの件はもう終わった。だから次は『解体』の時間だ」
ネリアは手にした分厚い書類の束を、豪商のデスクに叩きつけた。
「親方、あんた裏社会の連中から高金利で金を借りてただろ? その借用書、私が全部『買い取って』おいたよ」
「……は? 莫大な借金だぞ! 泥水すすってたお前に、そんな金があるわけが――」
「言っただろ? 私には今、最高の『財布』と『目』がついてるんだ」
ネリアの言葉に、豪商は息を呑んだ。
彼女の背後には、あのエリュシオンの第7王子がいるのだ。
「殿下の『盤面』を使えば、この街のどこで、誰が、いくらで借金を取り立てたがっているかなんて一目瞭然だ。……私は、あんたが抱え込んだ黒鋼の在庫が『ただの鉄屑』になったという事実を、債権者たちにこっそり教えてやったんだよ」
豪商の顔から、一気に血の気が引いた。
「債権者たちはパニックになって、あんたの借用書を二束三文で私に売り払った。つまり、今のあんたは私に対して、銀貨五十万枚の借金があるってことだ」
ネリアは悪魔のように微笑みながら、豪商の胸ぐらを掴んだ。
「さあ、返してもらおうか。現金で、今すぐに」
「そ、そんな大金、今すぐ払えるわけが……っ!」
「払えるだろ? あんたの隠し資産の場所、全部知ってるんだから」
ネリアがスラスラと読み上げたのは、豪商が誰にも教えていないはずの隠し金庫の場所だった。
「西区の第三倉庫の地下、愛人の娼婦マリアのベッドの下、それから……今、あんたのその懐に入ってる鍵の先にある隠し金庫だ。全部合わせれば、ちょうど銀貨五十万枚分になるね」
「な、なぜそれを……!? お前、一体どんな魔法を……!」
腰を抜かした豪商は、ガチガチと歯を鳴らして震え上がった。
彼には理解できなかった。アルスの『兵站システム』が、物流だけでなく、隠された資産の動きすらも完全に数値化して把握できるということを。
「商売は自己責任、だったよな?」
かつて自分を泥水に蹴り落とした男を見下ろし、ネリアは冷酷に言い放った。
「あんたの資産は今日でゼロだ。パンツ一丁で、表通りから出ていきな」
◆
数時間後。
最高級宿のアルスの部屋に、ズシリと重い音を立てて麻袋が置かれた。
「マイ・ロード! 大黒屋の解体、完了したよ!」
ネリアが誇らしげに胸を張る。
麻袋の中には、まばゆい光を放つ金貨や宝石がぎっしりと詰まっていた。
「大黒屋の隠し資産に加えて、奪い取った物流ルートを他の商会にリースして得た権利金だ。これで王国の金庫も、ひとまずは潤うだろ?」
ガイウスとロザリアが、その見事な手腕に感嘆の息を漏らす。
しかし、アルスは金貨の山を前にしても、表情一つ変えずに羊皮紙に数字を書き込んでいた。
「……ご苦労だった。だが、この程度の金貨では、我が軍を三ヶ月維持するのが精一杯だ。シュヴァルツェイン帝国との全面戦争には、桁が三つ足りない」
「ふふっ、厳しいねぇ。でも、分かってるよ」
ネリアは唇を舐め、窓の外に広がる巨大な商業都市を見下ろした。
「これはただの『種銭』だ。殿下の絶対的なシステムと、私の計算式があれば……このヴェネーラ商業連盟そのものを、丸ごと乗っ取ることができる」
最強の兵站王と、強欲なる天才商人。
二人の視線はすでに、一人の豪商の破滅などではなく、大陸全土を巻き込む巨大な経済戦争の盤面へと向けられていた。




