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白花香  作者: 桐生スケキヨ
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第022話「暗闇に紛れる」

【Tips:〇二二 裏側】

・剣士という表舞台があれば、裏方もいる。

そして真の裏方というのは存在すら気取られず、決して光りに当たることなく行動するのだろう。

時にはこの異常な剣士たちを出し抜くこともあるかもしれず、この裏方たちもまたおかしな能力を持っているのだと思うが……。


【〇二二 暗闇に紛れる】


 ランナの右の剣がシリウスの首にあてがわれる。


「答えて。脱走は誰の手引きなの? 別にここであなたからすべてを聞こうというつもりもないよ。ここであなたを殺したって構わない。だけど喋らないのなら、楽に死ねるなんて思わないで」

「ひっ、あっ、あぁっ……!」


 恐怖に飲まれたシリウスは怯えきっていた。

 尋問をする機会は何度かあったが、ランナの与える恐怖は強いらしくだいたいが口を割っていたことをパリィは思い出した。

 そんなランナのとなりにパリィが立った。


「ランナ」

「大丈夫だよパリィ。シリウスはなんでも喋ってくれるよ。ね、シリウス?」


 ランナがかすかに手に力を込めると、がたがたと震えているシリウスの首の皮一枚が切れ、つーっと血が首を伝った。


「あっ、ぼ、僕は……」


 次の瞬間、空からの殺気にランナとパリィが素早くその場から飛び退いた。


「えっ」

「なにっ、ランナっ!」


 ドスドスドスと、二人が立っていたところにはどこからか投げられた短刃が突き刺さっていた。


「仲間?」

「パリィ、うしろ!」

「えっ、なっ――」


 パリィは背筋がひやりとした。まったくと言って良いほどに殺気を感じなかったからだが。ランナの声が九死に一生となり、振り向きざまに不意の剣撃を受け止めることができた。

 しかし。


「なに、これ……!」


 パリィが受け止めた剣は四本――相手は背が低く、右手に大きな四本の刃を鉤爪のように装着していた。

 パリィはその相手の腹を蹴りつけ、距離をとった。すぐさま体勢を立て直すと、ランナと背中が合わさった。


「囲まれてる。全部で十二人」

「ね、ねぇランナ、これって――」

「やっぱりそう思った?」


 黒装束に身を包み、片腕に付けた四本の長剣ほどもある鉤爪。背を丸めた短身の姿は、ふたりもはじめて眼にする存在――ティーシャ王国の隠密部隊であった。

 単身での強さは剣士に匹敵しないまでも、集団で戦う術と闇討ち、暗殺に秀でるという話を聞いたことがあった。

 普段は王国の影で動き、国に仇成す存在を消しているというのだが。


「それなら、どうしてわたしたちを……」

「狙うなら脱走者の方なのにね」

「でも、やるならやってやるまでよ」

「ふふ、わたしもだよパリィ」


 相手の間合いに合わせるかのように、二人は揃って左手の剣を逆手へと持ち変える。

 すると、ランナが小声でささやく。


「思ってるよりも早いかも」

「なにか策でもある?」

「別々に戦う振りをして、一緒の相手をやろうよ。その方がたぶん早い。パリィの正面から時計回りで」

「わかったわ。合図はランナの動きで」

「うん。じゃあ――」


 ランナの体重が揺らぐのを感じた。

 それと同時。


「そこまでだ。双方止まれ」

「っ!」


 ランナが動きを止め、隠密部隊が一斉に姿を散らした。

 声はガリンガルのものだ。


「紫様!?」


 ランナとパリィは跪くのも忘れ、ガリンガルに向かい思わず身構えてしまっていた。


「剣を納めろ、妖精隊。それとも俺とやり合う気か?」

「いえ」

「すみません」


 ふたりは正気を戻し、剣を納めて跪いた。


「やれやれ、隠密部隊のは融通が利かないものだな。城から出る剣士風の者をすべて引っ捕らえろと命じたら貴様らも対象となるとはな」

「では、これは……」

「安心しろ。おまえたちを排除しようとしたわけではない。それにしても、ふむ、脱走者を捕らえたようだな」


 にやにやと、何か愉快な物でも見るかのようにガリンガルは脱走者たちを一瞥した。

 そしてシリウスを見ると一際愉快そうに顔を緩めた。


「やはり貴様もいたかシリウス」

「む、紫様っ……僕は……あぁ……」

「貴様に謀反の気があったことは知っている。不満を漏らしていたこともな。だから少しばかり自信をつけさせてやろうといくつか声をかけてやったのだ。そうしたら物の見事に行動に出てくれた。まったく剣士には不向きの素直さだな」

「うぅ……」

「紫様、ではシリウスは……?」


 パリィが恐る恐る問うと、ガリンガルは当然だとばかりに言う。


「この脱走案件のために利用した。元々大した才能などない者だ。剣を交えた貴様らならばわかるだろう」


 ランナもパリィも、ガリンガルの冷徹さに背筋を冷やした。己の直下とする候補生にすらこの扱いなのだ。


「今頃は城壁外で待機しているこいつらの仲間も、隠密部隊が捕らえたところだろう。実に上手く行った。妖精隊も感づくとは思ったが、俺の予想より早かったのは驚いたがな」


 言うと、ガリンガルはパリィが倒しておいた脱走者たちの方へと体を向けた。


「貴様らはもう、不要だ」

「えっ」


 パリィが口を開いた一瞬で、集まっていた脱走者四名が斬り刻まれた。

 その光景にランナも思わず口を塞いだ。


「なっ……」

「なにを聞く必要もあるまい」


 ふたりが驚いたのはその残虐な始末の方法よりも、剣技だった。剣を抜いた所が見えないことはおろか、ガリンガルをくるぶしまで覆う外套が一瞬たりとも揺らいでいなかったのだ。

 どうやって剣を抜いたのか。あるいは剣で斬ったのかすらわからない。それに斬られた者の斬り口は鋭利に斬られた者と、鋸でひかれたかのような者とがいる。

 驚きの表情を浮かべるランナとパリィに、ガリンガルは得意げな顔を向けて言う。


「ふはは、まだまだ修練が足りないようだな。だが、俺はレヴのように剣技を教えたりはしないからな。先ほどの閃撃(ひらめきうち)、あれもレヴの手ほどきだな」

「そ、そうなのランナ?」

「う、うん……」

「まったくしょうがないやつだな、あいつも。まぁ、俺の感知するところではないがな。さて……」


 ガリンガルは力なくしゃがみ込んだままとなっているシリウスの前に立った。


「僕は……」

「一応仕事というものがあるらしいからな、尋問官という者どもに。おまえはそいつらの仕事になるだけだ。だが、容易く死ねるとは思うな」


 すべてに絶望したかのように、シリウスはどさりと倒れた。

 ガリンガルはランナたち二人に背を向けながら言う。


「労うぞ、妖精隊。今宵の件は貴様らの手柄として白には俺から報告しておいてやる。以降は隠密部隊の邪魔にならぬよう、持ち場へと戻るがよい」


 跪いたまま、ふたりは声を合わせて返事をした。


「はい」


 シリウスにまつわる一件は、こうして幕を閉じることとなった。


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