第021話「一瞬で決する」
【Tips:〇二一 必殺】
・たとえ見知った相手であれ、やる時はやる――この心構えこそ剣士の心構えであり、強さの秘訣でもあるように思える。
しかしそのためには自身の軸となる正義も必要であり、その自身の正義を持つ力の強さが、そのまま心の強さ、剣の強さになるのだろう。
そういう意味では、パリィも、ランナも、十分に強い。
並大抵のことでは、ふたりを打倒することはできないと思われる。
【〇二一 一瞬で決する】
「正気? シリウス」
「ランナだって、僕と来てくれればよかったのに。ここにいたって、あの化け物ような六煌剣士になんてなれっこない。この先ティーシャは戦争になる。そうすればキミたちなんて価値もなく使い捨てられるようになる」
価値と言われ、パリィは思った。
ランナに好きと言われた。それだけで、自分の価値はある。
それに――。
「わたしもランナも剣に忠誠を誓ってるわ。この国の剣士として。例え使い捨てられようとも剣士に敗北はない。必ず勝利して、待つ人の元へ、共に戦う人と生還するわ」
「……話にならない、か」
シリウスが殺気を纏う。
「言っておくけど、昼ほど簡単にやれるとは思わない方がいいよ。僕たちだって剣士なんだ。一度手合わせをすれば相手の動きは覚えられる。そのために、出立を今夜にしたんだからね」
「……あなたって人は……」
ランナが言う。
「妖精隊の剣技、外へ漏らすわけにはいかないよシリウス。こっちだって今度は、本当に殺すからね」
「ランナはずっとそうだったね。僕と話している時も、僕なんか見ていなかった。わりと寂しかったよ、あの対応は。だから僕も、ためらわずにキミを殺せるっ!」
シリウスが踏み込みと同時に剣を抜き放つ。
その踏み込みに合わせ、残りの四名は一斉にパリィへと斬りかかってきた。
早い踏み込みにパリィの抜剣が一瞬遅れる。が、四方からの斬撃をパリィは足さばきだけでかわし切った。
体はいつもより軽く感じられ、視界は鮮明になっている。細かい気配も感じ取ることができていた。
脱走者のひとりが言う。
「く、今の攻撃をかわすのかよこいつ!」
「焦るな! 同時に仕掛ければそう何度も避けられるものじゃない!」
四人は再度、パリィを取り囲んだ。パリィはまだ、剣を抜かない。
「次、剣を向けて来たら殺す。それでよければ、かかってきなさい」
「舐めるなよ、妖精隊がぁっ!」
その声を合図に四人が一斉にパリィへと斬りかかる。
左右からの上下。避ける隙のない攻撃だった。
だが、避ける必要はない。
薬指から剣にかけるように、抜き放つ。刀身が翻るまでは一瞬よりも遙かに早い。その一撃は右上前方から斬りかかってきた脱走者の両手を斬り飛ばし、返す刃で右下後方からの者の、やはり両腕を斬り飛ばした。
同時に左手も同様の動きをし、やはり二者の両腕を斬り飛ばしていたのだ。
卓越された剣技は、見る者にはゆっくりとした動きに見えるという。この時、斬られたものたちはパリィの動きがゆっくりとしたものに見えていた。
「あ、あぁっ、腕がぁっ……」
「……命までは取らないわ。その腕で、自分たちの罪を償いなさい」
言いつつ、パリィはランナの方を見る。
すると――。
ふた振りの剣を抜いたランナがシリウスに押されるような形で切り結んでいた。
「ランナ!?」
一瞬、押されているように見えたがそうではなかった。
ふたりの声が、剣撃の音に混ざって聞こえてくる。
「シリウス、わたしには勝てないよ。投降して、首謀者と行き先を教えて」
「まさか。そんなの死んだって言わないよ!」
シリウスの鋭い横薙を、ランナは避けられる距離なのに剣で受け止めた。
パリィはすぐに思った。ランナはシリウスの捕縛を考えているのだと。今の受け止めも、シリウスの手首に衝撃が行く角度で受け止めている。
じわじわと、シリウスの疲労を蓄積させようとしているのだ。
「ガリンガル様にだって褒められていたのに!」
「あの人はすごい人だよ。本当に尊敬する。だけど冷たい人でもあるんだ。そして気まぐれだよ。僕の実力だって、本当に評価してくれているかどうか。でもおかげで僕の価値は上がったね、あのガリンガルに褒められたんだから、ね!」
シリウスが強引な振り下ろしを仕掛ける。速度では分が悪いと悟り、重さでの勝負に出たらしい。この一撃も、ランナはふた振りの剣を交差させて受け止める。
「はは、どうしたのランナ、動きが見えるよ。僕の攻撃を凌ぐのがまるでやっとって言うみたいに」
「そう感じてるの?」
「あぁ。今日、キミたちの動きは見せてもらったよ。左右の剣を巧みに使う様も、踏み込みの間合いも。一度見てわかってさえしまえば、妖精隊もどうということはないね。訓練とは言え、僕に手を見せていたのは誤算だったんじゃないかな」
鍔迫り合いに持ち込んだシリウスはどこか得意げにそう言っていた。
パリィから見たら、その姿は滑稽にすら見える。
両者の足の位置からして、ランナはいつでも彼を斬り伏せることができる位置だからだ。
「教えてシリウス。これはあなたの意思なの? それとも誰かの手引き?」
「それを言う権利や義務が僕にあると思っているのかい?」
「命と引き換えよ。言いなさいシリウス。出ないと本当に殺すことになるから」
ランナが左手に持つ剣を握り直したのが見えた。
「死ぬのはキミの方だよランナ!」
シリウスが剣を捻り、鍔迫り合いからランナを弾いたかのように見えた。
が、ランナは弾かれてなどいない。
「シリウスの……わからず屋!」
「死ねぇ!」
シリウスの剣が、体勢を崩したように見えるランナの頭上へと襲いかかる。
だが、それはシリウスにとって止まっているかのようにゆっくりと起こる。
ランナの右手がゆっくりと動き、握られていた切っ先がシリウスが振り下ろした剣をいとも簡単に砕いた。まるで硝子を粉砕するかのように。
「えっ」
そしてその剣はそのまま急角度の弧を描きシリウスの手首を切り落とした。その間、パリィは見た。注目すべきは、ランナの左腕だった。
手の甲側で剣を回転させる連剣を一度行い、そのまますとんと剣を鞘へと返していた。そして、ランナは左半身を引いている。体重が左側へと集中しているのが見て取れた。
「ランナっ!」
パリィは思わず声が出た。その構えから行う剣技は普通の剣技ではない。
「やぁっ!」
ランナの気合いと同時に左手が剣を抜き放つ。
剣がしなったかのように鞘から一直線の突きとなる。その一撃は高速の衝撃波が空気との摩擦により発光し、強烈な閃光となる。
「なっ!?」
シリウスにとって、ここから先は一瞬以下の出来事になった。
自身の左肩までが蒸発したからだ。
「この剣技……ランナ、閃撃……!」
閃撃の衝撃はシリウスの左腕と肩を奪うに留まらず、彼の後方の地面を深くえぐり取って行った。さらに、その先の城壁に達し、爆砕したかのような轟音をあげようやく留まるに至る。
「あっ……あぁ……」
シリウスは尻餅をつき、がたがたと身を震わせていた。




