005/100 白銀の長い髪
——苦しい! 息ができない!?
もしかして今までのことはただの幻覚で、本当はやっぱり死ぬのかな。——体が冷たい、何かが纏わりついて体が思うように動かせない……
意識が完全に途切れそうになったその時、誰かが僕の左手を掴み引き上げた。
白銀の長い髪が月明かりで美しく煌めく裸体の女性に抱きしめられる。彼女の柔らかさに包まれ、僕は気を失った。
「——うわぁ!!」
僕はあの魔族に首を落とされて殺される夢を見た。
「ふぅ、よかった……夢か」
全身汗びっしょりだ。これから毎日、あの魔族の悪夢にうなされるかもと思うとゾッとするな……
淡青に染められた布のブランケットが掛けられている。体を起こすと、目の前に白銀の髪の長いエルフの女性がいる。
——そうだよな、人が生き残っているはずはない。僕の淡い期待は脆く崩れ去った。
そのエルフの女性は焚き火の方を向いて何か作業をしている。焚き火の上には僕が着ていた衣服が吊り下げられていて、それ越しに見える月がとても綺麗だ。
——夜か。どれくらい寝ていたんだろう。それに、僕の衣服が掛かっている木々が樹海のものじゃない。
どうやら別の場所に神様が転移させてくれたみたいだ。まあ、あの場所に戻されたら速攻で死んじゃうよな……
エルフ、そしてこの植物の種類ということは、きっと西の大森林だ。馬の足でまる一日かかる距離を一瞬で移動したのか……神様ってすごいんだな。
エルフの女性が僕に気づいたのか、こちらを振り向いた。
「大丈夫? かなりうなされてたみたいだけど。一応心配だったから調べたけど、傷もないみたいだし、命に別状はなさそうよ。はいどうぞ、これ飲んでみて」
淹れたての珈琲を手渡してくれた。珈琲を受け取る時に僕は目線だけを上げ、女性の顔を確認する。とても綺麗な金色の瞳だ。先刻のことが急に脳裏によぎり、恥ずかしくなる。きっとこの人が助けてくれたんだ。
——長い髪ですらりとした流麗な身体。すこし、ベア姉に似ている。
「あの、ありがとうございます。ごめんなさい僕……今の状況をあんまり理解できてなくって……」
「まあ、いいからさ、まず飲んでみてよ」
僕は珈琲は飲んでみた。とても懐かしい味がする——まともに珈琲を嗜んだのは何日ぶりだろう。
「おいしい」
「今じゃもうなかなか手に入らない珈琲豆なの。王国産よ、やっぱり珈琲豆は人が作った物が一番味わい深いわ。エルフやホビットじゃこの味は出せないわね」
僕はこの話を聞いて、ベア姉や王国に起こったことが事実だと再確認した。
「やっぱり、みんな死んじゃったんですね」
王国が滅びたのは事実で、ベア姉は死んだ。そして、これは夢なんかじゃない。そう再認識した途端、珈琲の味は苦味を増す。
「そうね、魔王軍が王国を陥落させた後に始まった掃討作戦。だけど、最後の一人には逃げられたみたいね」
僕達のことだ。——でも変だな、ついさっきのできことなのになぜこんな所まで情報が届いているんだろう。
「——すみません、今日って何日ですか?」
「おかしなことを聞くわね、今日は双児宮の十七日よ。」
あれから三日も経っている!
「えっと……じゃあ、僕ってどれぐらい寝てたんですか!?」
「どれぐらいって、濡れていた服が乾くまで。かしら」
焚き火で乾かしてくれていたから、ここでは少しの時間しか寝ていないはず。それじゃ神様と話している間に三日も過ぎた? ——ってそんなのことありえるのかな。
「はい、これ君の服と持ち物ね。服は乾かしておいたから、着れるはずよ。私が泉で水浴びをしていたら急に君が現れたんだから。普通なら殺されたっておかしくないわよ」
「ご、ごめんなさい!」
確かに急に現れた僕を助けてくれただけでも有り難いのに、服まだ乾かしてもらって。——優しい人なんだなと思いながら、服とベア姉の剣を受け取った。
「それより、早く服を着たらどう? ——別にそういう趣味なら、私は気にしないけど」
え、何の話だろう。僕は自身の体を見回す。ブランケットがはだけてしまってる……
「うわぁ! ごめんなさい!!」
僕はすぐさま服を着る。——やってしまった。変な人と思われちゃったよな。
「今日はもう遅いから寝ましょう。君の話はまた明日聞かせて」
特に気にしている様子もなくエルフの女性は、焚き火を消し僕を小さなテントへと案内してくれた。
それはそれで傷つくな……
「せまいけど二人なら十分ね。この辺りは安全だから夜の見張りも必要ないわ。今日はゆっくり休んで」
この一人用っぽいテントで初対面の二人が寝るのか。本当に全然意識されてないんだな……どうせ僕は背が小さくて子供だよ。
でも、この人がいなかったら溺れ死んでいたかもしれない——
「その、助けてもらって、珈琲までご馳走になって、それに寝床まで貸してもらって、本当に何ていったらいいか」
「別に、エルフの気まぐれよ。気にしないで」
「ありがとうございます、……えっと」
「ファリスよ、そういえば君の名前も聞いてなかったわね」
「あ、僕はアルトといいます!」
「ふふ、おやすみアルト君」
「おやすみなさい、ファリスさん」
——全然寝れない、珈琲飲みすぎちゃったかな。
ファリスさんはあんなに珈琲を飲んだのに数秒で寝てしまった。そして、とっても狭い。ブランケットも一枚しかなく二人で使うには小さい。
ファリスさんが寝返りを打つたびにどんどん肌けて白い肌が露わになるし……
恥ずかしすぎて、こんなの寝れる状態じゃない!
僕は悶々としながらも必死で肌が触れ合わないように攻撃を回避している。だが健闘虚しく、ファリスさんが大きく僕の方へ寝返りを打った。
僕の顔に当たるか当たらないかの瀬戸際に、大きく開いた胸元が出現した。
限界だ、即座にテントを脱出!
……って、こんなの僕にはまだ早いよ!




