2-3 赤丸急上昇!
その日のデートは、悠里ちゃん体調不良のため早めに切り上げることになった。
伊藤亮介はブーブー文句を言ったけれど、途中で体調不良の意味を察したらしく急におとなしくなった。
わたしたちは、集合場所だった駅前で解散した。
悠里ちゃんと神楽祐一は家が隣同士だそうで同じ方向に歩き出す。その二人とわたし、そして伊藤亮介はそれぞれ三つの方向に別れた。
しばらく歩くと、後ろからわたしを呼ぶ声がした。
「須崎さん!」
神楽祐一だった。神楽祐一が、こっちに向かって全速力で走っていた。チビだし別にスポーツ万能ってわけじゃない彼だけど、その走り方は軽々として気持ちがいい。
彼は、あっという間にわたしに追いついた。
「どうしたの?」
さっき悠里ちゃんに、彼女になれとか変なことを言われたせいだろうか。なんだか胸がどきどきして、彼の顔をまともに見ることができなかった。
「須崎さん、ちょ、ちょっと待ってね」
神楽くんは両膝に手を付いて呼吸を整えると、出し抜けに言った。
「何点だった?」
「えっ?」
「今日の採点。何点だった?」
そうだった。そういえばわたしは、神楽祐一のお母さん振りをチェックするという目的でデートに付いていったんだった。もちろんわたしの本当の目的は彼の秘密を探るためで、デート中も採点なんかしてるはずがない。
しかし目の前の神楽祐一は、例えて言うなら、オリンピックで競技が終わった後のフィギュアスケート選手のようだった。全力を出し切ったという表情でわたしの方をながめている。
とてもじゃないけど、採点は冗談だった、なんて言える雰囲気じゃなかった。
「ええと、まあ、よく頑張ってたわよ。点数で言うと、百点満点中九十点ってトコね」
「十点は?」
「えっ?」
「マイナスの十点は何? どこが悪かったのかな?」
彼の眼差しは真剣そのものだ。
「ええと、その……」
わたしはかろうじて今日の記憶を繋ぎ合わせた。
「ハンカチよ」
「ハンカチ?」
「映画館で悠里ちゃんに貸してあげたハンカチ。あれ、ちょっとヨレてた。ちゃんとアイロンの掛かったピシッとした奴じゃないとダメでしょ」
「さすが須崎さん。目の付け所が違うね。そうか、アイロンか」
神楽祐一は、感心したように手帳を出してメモを取る。
「一緒に来てもらって良かったよ。ホントにありがとう。ついでで悪いんだけど、ちょっと質問してもいいかな」
「まあ、わたしもそんなにヒマじゃないんだけど、ちょっとくらいならいいわよ」
「須崎さんっていつもオシャレだけど、今日も服すごく可愛いよね。悠里もさ、須崎さんほどとは言わないけど、もうすこし女の子らしくスカートなんかを穿いた方がいいと思うんだ。中学になったら制服になるんだから慣れておかなきゃマズいし。でも、悠里のヤツ、嫌がってなかなか穿いてくれないんだよ。なんとか説得する方法はないかな」
得意分野のオシャレの話になったので、わたしはさっきまでの緊張がウソのように立て板に水の勢いでアドバイスをしてあげた。
「そうねぇ、まあ女子ってのは、本当に好きな男子ができたらオシャレに目覚めるものだから、焦ることはないと思うけど。でも、どうしてもっていうんならまずは、パンツの上にチュニックを着るみたいなカンジで、慣れていったらいいんじゃないかしら?」
「パンツの上にチュニック?」
「チュニックっていうのは、ほら、ちょっと短い膝丈くらいまでのワンピースのことよ。それをズボンの上から着てる女の人、今日も結構いたでしょ。アレを最初はズボンの上からで、慣れたら下をレギンスとかタイツにしていけばいいんじゃないかな」
神楽祐一は熱心にメモを取りながら、何度もありがとうと頭をさげ、また来た道を走って帰って行った。
その後ろ姿は、やっぱりリズミカルで小気味よく、まるで羽でも生えているみたいだ。
頭の中に以前見た雑誌の記事が浮かんだ。「小学校の頃モテる男子は足の速い子」とかなんとか。もちろんわたしはそんな単純な子じゃないけど、神楽くんの走る姿を見ていたら、ランキング中の中じゃ可哀想、せめて中の上くらいにはしてあげてもいいかな、とそう思った。
それから、なんとなくウキウキした気分で家に帰ったわたしは、我に返って呆然とした。
今日一日張り切って調査して、ずいぶん充実してたつもりだったけど、いざ終わってみたら神楽祐一の調査はまるっきり進展してないじゃないの。
しかたなく自分の部屋に対策本部を設置し、一人捜査会議を開いて、これまでにわかった事の整理整頓をすることにした。
○わかった事その一「神楽祐一は、三谷悠里の母親代わりである」
彼は学校のある日も休みの日も、悠里ちゃんの保護者としてまめまめしく働いている。しかも、けっして誰かに強制されたわけじゃなく、自ら進んで積極的にお母さん役を務めているらしい。
○わかった事その二「神楽祐一は、昔から神懸り的に準備がいい」
毎日の忘れ物をフォローするのみならず、生理日まで予測するなんて、神楽祐一はどう考えても普通じゃない。まるで本当に予知能力があるみたいだけど、そこには何かしら秘密があるはずだ。証拠は何一つ見つからなかったけど、やっぱり盗撮とかなんだろうか。
それなのに、悠里ちゃんの方はそんな異常な状況を「昔から祐一は神懸り的に準備がいい」で済まそうとしていた。鈍いってゆうか、なんてゆうか。
○わかった事その三「三谷悠里は、神楽祐一に対してまったく恋愛感情がない」
悠里ちゃんは、お母さん役としてさんざん尽くしてくれている神楽祐一のことを男の子としては見れないらしい。わたしに彼女になって欲しいと頼むくらいだから、きっと本当なんだろう。悠里ちゃんにストーキングする神楽祐一はキモいけど、そう言われるとなんとなく可哀想な気もしてくる。
(そもそも神楽祐一は何故、悠里ちゃんにそこまでしてあげるんだろ。やっぱり、悠里ちゃんのことが好きなのかな)
わたしは、窓の外の景色をながめた。
時間はもう夜の十時近い。
二階のわたしの部屋からは、庭にある梅の木がよく見える。ちょうど今は梅が満開の時期だった。もうすぐ二月もおしまいになる。小学生でいられるのは、もうあとわずかだ。
「でもあいつ、わたしのことすごく可愛いって言ったよね」
映画館でもファストフード店でも、神楽祐一は悠里ちゃんの世話に夢中で、わたしのことなんか目に入ってないみたいだった。
でも、あいつは言ったんだ。わたしはおしゃれで可愛い。悠里ちゃんも、わたしみたいな格好をすればいいのにって。それって結局、悠里ちゃんよりわたしのほうが可愛いってことだよね。
なんだかドキドキしてきた。
きっと、伊藤亮介や悠里ちゃんに変なことを言われたからだ。いくら神楽祐一がランキング赤丸急上昇中だからって、所詮は中の上。一年のときは入学式で新入生代表の挨拶をし、二年で学校案内パンフの表紙を飾り、三年の学習発表会では主役のスイミーを演じ、四年のときに書いた読書感想文が県知事賞を受賞、五年の鼓笛隊では総指揮を務め、六年で児童会会長に選ばれたこの須崎玲菜様にふさわしい相手になるのは、まだまだ先の話だっていうのに。
しょうがない。時間割を済ませて、今日はもうとっとと寝よう。
わたしは連絡ノートを見て眉をひそめた。明日はあんまり得意じゃない家庭科の授業がある。調理実習でジャガイモ料理とかを作るらしい。なんだか憂鬱な気分になってきた。持って行く物は、エプロンとバンダナ。
ふと、時間割をする手が止まった。
もしわたしが、エプロンとバンダナを忘れたら……「神懸り的」とまでいわれたアイツは、ひょっとして……




