2-2 ダブルデート?
その三時間後。
映画を観終わったわたしたちは、映画館近くのファストフードの店にいた。
「ったくよぉ。いったい、どういうことなんだよ」
目の前で伊藤亮介が不愉快そうにつぶやいた。この男、三谷さんの前では借りてきた猫のように大人しくしてるクセに、彼女がトイレに立つや否やブウブウ文句を垂れ始めたのだ。
「だいたい今日はオレと三谷さんのデートなんだぞ。なのに、なんでおまけがゾロゾロとついて来るんだ。まあ五十歩譲って、三谷さんの保護者代わりの神楽が来るのはいいさ。百歩譲って、その採点役の須崎が来るのも大目に見る。でもなあ」
まったく器の小さい男だ。わたしだったらこんな男とデートなんて死んでもゴメンだわ。
「なんで、この並びなんだ!? 何でオレが須崎と飯喰わなきゃいけないんだよ!」
週末の繁華街は人が一杯で、ファストフードのお店も四人掛けの席が空いていなかった。そこで二人二人に別れて座ることになったのだけど、三谷さんの鶴の一声で、彼女と神楽祐一、わたしと伊藤亮介の二組に分かれるハメになったのだ。
それだけじゃない。
映画館での席順も、三谷さん・神楽祐一・伊藤亮介・わたしの順番だった。これじゃあ、知らない人が見たら三谷さんと神楽祐一、わたしと伊藤亮介でダブルデートに来たとしか思わないだろう。
「うっさいわね! わたしだってアンタと一緒なんて真っ平だっつうの」
愚図る伊藤亮介を一喝して口をつぐませると、わたしは斜め向かいにある神楽祐一と三谷さんの席を観察した。コイツと一緒なのは不本意だけど、今日本来の目的は神楽祐一の謎を探ることだ。多少のことは多めに見ることにしよう。
神楽祐一は、まるで忠犬ハチ公のようにトイレに行った三谷さんを待っていた。いまのところ怪しい素振りは見られない。
(怪しくはないんだけど……)
おもわず腕を組んで首をひねった。
デートの間中、神楽祐一は実に甲斐甲斐しく三谷悠里の世話を焼いていた。電車で彼女が咳き込んだらすぐにのど飴を出し、映画館の売店では彼女の好きなメロンソーダとポップコーンの塩味を注文し、映画のクライマックスになると涙ぐむ彼女にハンカチを差し出す。
普通、彼氏だってここまで手取り足取りはしてくれないだろう。神楽祐一の三谷さんに対する献身ぶりは、まさに母親役、しかもかなり過保護なお母さんだ。
ということは、神楽祐一は本当にただの親切なヤツなんだろうか?
いや、そんなはずはない。ただの親切で、毎日毎日三谷悠里の忘れ物をフォローするなんてできっこない。神楽祐一には、必ず何か秘密があるはずなんだ。
わたしは、どんな些細な仕草も見逃すまいと神楽祐一をにらみつける。そんな様子を不審に思ったのか、伊藤亮介がオズオズと話を切り出してきた。
「あのさあ、神楽ってホントにただの保護者代わりなのかな」
(知らないわよ、そんなこと)
返事の代わりに伊藤亮介をギロリとにらみつける。わたしに睨らまれたら、先生だって平気じゃいられない。伊藤はさらに小さくなった。
「オレには、正直、神楽の良さってのがわかんないんだよね。アイツのどこがいいんだ?」
「なんでわたしに聞くのよ」
「いや、おまえって、神楽狙いじゃねえの?」
ウーロン茶を吹きそうになった。
「ち、違うわよ、何言っちゃってるの?」
「じゃあ今日、何しに来たんだよ。ホントは神楽と三谷さんの関係が気になって来たんだろ」
バカだと思っていたが、伊藤亮介は本物、証明書付きのバカらしい。このわたしが神楽祐一狙いなんて有り得ない。そりゃあ神楽祐一と三谷悠里の関係が気になってはいるけど、それは恋愛感情というものとは程遠い、彼女を変態の手から守ろうという純粋な正義の心なのだ。
だいたい神楽祐一なんて、いくらランクアップしたって所詮は中の中、ごくごく平凡な男子だ。一年のときは入学式で新入生代表の挨拶をし、二年で学校案内パンフの表紙を飾り、三年の学習発表会では主役のスイミーを演じ、四年のときに書いた読書感想文が県知事賞を受賞、五年の鼓笛隊では総指揮を務め、六年で児童会会長に選ばれたこの須崎玲菜様にふさわしい相手じゃない。
「だから三谷さんとオレがくっつけば、おまえだって得するわけだからさ。上手いトコ協力し合おうぜ」
「うっさいわね。おだまりっ!」
わたしは、もうひとにらみして伊藤亮介を黙らせた。
ちょうどそこへ、三谷さんがトイレから出て戻ってくる。
今日の彼女のファッションは、わたしの予想通りボーイッシュなデニムと赤いネルシャツに白黒のスタジアムジャンパーだった。シンプルなコーディネートはたしかに彼女の素材の良さを引き立てているけど、所詮は小学生のオシャレ。とうてい、わたしと張り合えるレベルじゃない。
そんなことを考えながら帰ってきた三谷さんを眺めていて、ふと気がついた。彼女の表情はどういうわけか青ざめている。明らかにどこかつらそうだった。
大丈夫? と声を掛けようとしたけど、その前に三谷さんは神楽祐一にささやいた。
「やだ、もう最悪、はじまっちゃったよ」
えっ? はじまったって? もしかして?
わたしはビックリして心臓が止まりそうになった。
三谷さんの様子からして、はじまっちゃったっていうのは女の子のアレだろう。
でもそんなことを、いくら幼馴染のお母さん代わりだからって同じ年の男の子に言うか、フツー!?
ところが、驚きの出来事はそれでは終わらなかった。
「うん」
神楽祐一は小さくうなずくと、ぶら下げた大きなショルダーバッグの中から茶色い紙の包みを取り出して三谷さんに手渡した。それを受け取った彼女は、小走りにトイレへと戻って行った。
「アレ? 三谷さん、またトイレか。どうしちゃったんだろ?」
伊藤亮介がノンキな声を上げる。
わたしは立ち上がって、神楽祐一の席へ向かった。ショルダーバックの中を満足げにながめる彼の前に仁王立ちになると、ドスンと一つ足踏みをする。
「えっ? 須崎さん、どうしたの?」
神楽祐一が目を丸くしてこっちを見る。わたしは、犯罪の証拠を掴んだ刑事の気分だった。
「まさか、アレも自分用をたまたま持ってたなんて言う気じゃないでしょうね」
「な、なんのこと?」
「何って、さっき三谷さんに袋渡してたでしょ!」
「さ、さあ、何か渡したっけ?」
コイツ、あくまでシラを切るつもりらしい。
わたしは舌打ちを一つして、三谷さんを追ってトイレに駆け込んだ。
洗面所で、個室から出てくる三谷さんを待ち伏せする。彼女はわたしの顔を見ると、気まずそうに笑った。
「はははは、まったくヤになるよね。どうして女の子だけこんなメンドクサイ思いしなきゃいけないのかな」
やっぱり、わたしのカンは当たっていたようだ。
「さっき、神楽くんにもらってたよね」
「うん、そろそろだとは思ってたんだけどイキナリなんだもん。ぜんぜん準備してなくて焦っちゃったよ。アレ? 玲様も使うの? まだ残りあるよ」
三谷さんは、そう言いながら茶色い紙袋を振ってみせた。さっき神楽祐一が渡してた紙袋だ。その中には間違いなく生理用品が入ってるんだろう。
「そんなわけないでしょ。そうじゃなくて、おかしいと思わないの? なんで神楽祐一がそんなもの持ってんのよ」
「あーあ、そう言われればそうだけど、祐一は昔から神懸り的に準備がいいんだよね。困った時は祐一に頼むと、絶対何だって出て来るんだモン。おかげでアタシもついつい自分でちゃんと準備しないクセがついちゃって」
三谷さんは、無邪気な笑顔を浮かべる。
準備がいいって、いくらなんでも生理用品はその域を超えてるでしょ。そう反論しようとしたわたしの顔に、彼女はその紅いほっぺを近づけてきた。
「だから祐一はお奨め。彼氏にするときっと一生忘れ物とかで困らないよ。見た目はパッとしないから女子にはイマイチ人気薄だけど、祐一の良さを見抜くなんて、さすがは玲様だよね」
はぁ? また、わたしの目が点になった。
伊藤亮介といい、三谷さんといい、いったい何を勘違いしてるんだろう。
「な、なんでわたしが……」
しどろもどろになっているわたしに、彼女は瞳をウルウルさせながら訴えかけてきた。
「アタシのお母さんは四年生のときに死んじゃってね、それから祐一が、お母さんの代わりだってアレコレ世話を焼いてくれてるんだ。それはホントにありがたいんだけど、このままじゃイケナイとも思うんだよね」
「えっ?」
「小学生生活もあとわずかなんだから、祐一ももっと思い出に残るようなことをしないと。で、もし玲様が祐一の彼女になってくれたらこんなスゴいことないでしょ。だってあの玲様なんだよ。小学生生活の思い出どころか、もう一生モンの勲章じゃない」
そのクリクリとした大きな瞳は、昔飼っていたハムスターを思い出させる。
さっきまで、毎日忘れ物したり、同級生をお母さん役と称してこき使ったりで、ちょっとイヤな女子かと思ってたんだけど、話をしてみると三谷さんはなかなか話のわかるいい子みたいだ。
でもだからって、はいそうですかと神楽祐一の彼女になってあげるわけにはいかない。
「そういう三谷さんはどうなの? 思い出作りなら、三谷さんが神楽くんの彼女になればいいじゃない」
「三谷さんなんて言わないで悠里って呼んでよ。アタシは祐一はパスかな。小さい頃から近くに居過ぎるっていうか、だってホントに男の子として意識してたら、いくらアタシでもナプキン借りれないよ」
「……まあ、たしかに、それはそうよね」
「でしょぉー。それに彼氏にするなら、やっぱり年上じゃないと」
「ホントに? 三谷さん、じゃなくて悠里ちゃんも年上好きなの?」
「ってことは、玲様も? すごーい。じゃあ、今の一番人気は誰です?」
「そうねえ、やっぱり水嶋ヒロかな」
「さすが玲様、わかってるぅ」
いつのまにか、わたしと悠里ちゃんはファストフードのトイレで大盛り上がりしてしまっていた。




