2-1 お母さんテスト
(2)
日曜日の朝。
わたしは駅の券売機横の鏡で、服装チェックをしていた。
鏡に映るわたしは、どこのファッション誌から飛び出したのかと思うほどのお洒落さんだ。
もともとスリムな体型をさらに細く見せる黒茶チェック柄のワンピ、それに白いファーの襟のついた上品なボレロをプラスして大人っぽさを演出してある。おそらく、この駅を通るどんなお姉さんよりも輝いて見えるだろう。
しかも、ただお洒落なだけじゃない。
髪は滅多にしないポニーテールに結んで、顔の半分くらいまで隠れる大きなサングラスをかけていた。これなら、ちょっと見ただけでわたしだってことはバレないはず。
お洒落 プラス 変装。
われながら、100点満点のできばえだ。
きっと三谷さんはいつものボーイッシュな格好だろう。たしかに、あのスタイルは彼女のキャラにあっている。でもホントの女の子の可愛さっていうのがどういうものか、今日のわたしと彼女を見比べれば誰にだってわかるはずだ。
いや待て。別にわたしがデートに行くんじゃないんだぞ。それに今日の任務は極秘事項。見比べられるようなことがあっちゃ困るんだった。
ドキドキしている自分を落ち着かせるため、わたしは大きく深呼吸をした。
いまわかっていることは、二つ。
ひとつ目は「神楽祐一が三谷悠里の母親代わりをしている」ってこと。お母さん役の神楽祐一は、今日も三谷さんと伊藤亮介のデートに付き合って映画に行くらしい。
そしてふたつ目、もっと大事なことは「神楽祐一には秘密がある」ってことだ。三谷悠里が忘れたり失くしたりする物を、神楽祐一は毎日毎日それこそ魔法か超能力のような何かで察知している。もちろん、わたしは魔法や超能力の存在なんて信じない。きっと、なにか仕掛けがあるに違いない。
例えば、実際に三谷さんの家へ行き、時間割の終わったランドセルの中を調べて足りないものをチェックしているのかもしれない。母親代わりっていうからには、彼女の家に出入りするくらい日常茶飯事だろう。
でもそれなら、確認した時点で三谷さんのランドセルに忘れ物を補充してあげればいいんじゃないかな。わざわざ学校で貸し借りをする必要ないよね。
ってことは、神楽祐一は三谷さんのランドセルを直接調べてるわけじゃないのか。
直接じゃないってことは……じゃあ、ひょっとしてヤツは三谷悠里の家に盗撮カメラを仕掛けてる? それなら彼女が時間割をする姿を見て足りないものをチェックできる。そして、チェックした忘れ物をいかにも親切なフリで貸してあげているのかも……。
もし、神楽祐一がそんなノゾキ野郎なら、見てるのは時間割をするところだけじゃないはずだ。きっと、着替えや寝姿を覗いてウハウハしてるに違いない。
ヘンタイだ。やっぱり神楽祐一はヘンタイだったんだ。
それなら、なんとしてもその証拠をつかんで三谷さんに教えてあげなきゃ。
あーだこーだと考えた末に、わたしは思い切って三谷悠里と伊藤亮介のデートをこっそり尾行することにした。そして、なんとしても神楽祐一の犯している変態的行為の決定的証拠をつかんでみせる。
三人の待ち合わせは、駅前に十時。
腕時計に目をやった。今は九時四十五分。
ちょっと気合を入れて早く来すぎたかな? そんなことを考えていると、不意に背後から声がした。
「あれ? 須崎さん、オハヨー」
その声には覚えがある。びっくりして振り返った。
「須崎さんも、待ち合わせ?」
神楽祐一だった。
学校で見るのとおんなじ冴えない格好。それに大人が持つような大きなショルダーバックをぶら下げていて、持ち手にはやっぱり熊の人形が揺れている。
「ど、どうして、わたしだってわかったの」
サングラスもしてるし、髪型もいつもと違うし、変装はバッチリだったはずだ。
「どうしてって、そりゃわかるよ。だって……めちゃくちゃ目立ってるし」
しまった。わたしのこの天性の美しさとスター性は、尾行とか隠密行動とかにはテッテイテキに不向きなんだ。
「で、でも、なんでアンタ、こんなに早く来てんのよ。待ち合わせまで、まだ十五分もあるでしょうが!」
そう言ってから、しまったと思った。案の定、神楽くんはキョトンとした顔になる。
「なんで須崎さんが、僕らの待ち合わせのこと知ってるの?」
あわてて繕った。
「それは、その、だって、アンタたち教室で話してたじゃない。今日の十時に駅前って」
「よく覚えてるね」
「わたしはアンタたちとは頭のつくりが違うんです。一度耳に入ったことは忘れられないようにできてんの」
「そうなんだ。さすが須崎さんだね。じゃあ、僕いろいろとやることがあるから」
そう言うと、神楽祐一はくるりと振り返って足早に去って行こうとした。
カチンときた。
どうやらコイツは、学校一の美少女に駅前で偶然出会う(ホントは偶然じゃないんだけど)という超ラッキーなハプニングを、これっきりの会話で終わらせちゃうつもりらしい。まったく、もったいないオバケが出るっての!
わたしは、神楽祐一のあとを追いかけた。
「やることって、なによ?」
「えっ? それは……電車の時間調べたり、切符買っておいたり」
なんでも神楽祐一は三谷さんのデートの下見をするために、わざわざ十五分も早く駅に来たんだそうだ。
半ばあきれながらつぶやいた。
「今日は、三谷さんと伊藤亮介のデートなんでしょ。なんだって神楽くんがそんなに張り切ってんの?」
「だから僕、お母さん代わりだし」
思い切って聞いてみる。
「んなこといって、三谷さんのことが好きなんじゃないの? それでいろいろ面倒見てるんでしょ」
「そんなことないよ」
「仮に、神楽くんが三谷さんのお母さん役ってのを認めるとしてもだね。だいたい六年にもなってデートにお母さん付いて来ないでしょ」
神楽祐一の足がピタリと止まった。
「えっ、須崎さんちはそうなの? じゃあ須崎さんがデートするときは、お母さんどうしてるの?」
問い返されて言葉に詰まった。
ここだけの話、わたしはまだ、男子と二人っきりでデートというものをしたことがなかった。
もちろん、モテないからじゃない。わたしにふさわしい男の人があらわれないだけだ。
でも、一年のときは入学式で新入生代表の挨拶をし、二年で学校案内パンフの表紙を飾り、三年の学習発表会では主役のスイミーを演じ、四年のときに書いた読書感想文が県知事賞を受賞、五年の鼓笛隊では総指揮を務め、六年で児童会会長に選ばれたこの須崎玲菜様の立場を考えると、そんなこと口が裂けても言えるはずがなかった。
「も、もちろん、うちのママは家で普通にしてるわよ。だってぇ、わたしのデートなんて毎週なんだから、いちいち付き合ってらんないでしょ。まあ三谷さんのモテ具合は、わたしとじゃ比べ物にならないと思うけど、毎回デートに同伴してあげる神楽くんはよっぽどマメで世話好きなお母さんってことになるんじゃない?」
それを聞いた神楽祐一は、なぜだか嬉しそうにうなずいた。
「いやあ、そこまでホメられると照れるな」
……いや、別にホメたつもりはないんだけど。
マメなお母さん認定を受けた神楽祐一は、ウキウキしながら三谷さんが好きだという『栗の入ったあったかいお汁粉』のある自販機を探し始めた。
背の小さい彼が甲斐甲斐しく動き回るその姿はなんだか妙に微笑ましい。女子が作ったランキングでは中の下に位置している神楽祐一だけど、もう少し上、中の中くらいには入れてあげてもいい気がしてきた。少なくとも、彼が同級生の女の子の家を盗撮するヘンタイだなんて想像もできなかった。
……いや待て、騙されちゃいけないぞ。
どこの世界に、昼間っから自分の正体をさらけ出す変態がいるもんか。おそらく神楽祐一は、わたしの前だからって真面目人間を気取ってるんだ。
予定通り、ちゃんと神楽祐一の素行をチェックしなきゃ。
わたしは気を取り直して、活動を再開することにした。
でも、困ったな。計画じゃ、こっそり尾行して神楽祐一の秘密を探るつもりだったのに、こうまではっきり顔を合わせちゃって、いまさら後をつけるなんてできるはずもない。
こうなったら、もう正面突破しかないか。
わたしは、駅の売店で飲み物チェックをしている神楽くんの背中をチョンチョンとつっついた。
「よし、じゃあ、今日はわたしが神楽くんのお母さんぶりをチェックしてあげるわよ」
「えっ?」
「だからぁ、三谷さんたちのデートに付き添うアンタに付き添って、どのくらいちゃんとお母さんできてるか採点してあげるって言ってんの。ありがたく思いなさい」
今日一日張り付いていたら、さすがの神楽祐一もきっとボロを出すに決まってる。
「いや、そ、そんないいよ。須崎さん、忙しいんでしょ」
また、カチンときた。
コイツはわかってない。理由はどうあれ、この街一番の美少女が一日を一緒に過ごしてあげると言ったんだぞ。そんなの、宝くじで三億円当たるのとどっちがいいかガチで悩むくらいのスーパーラッキーじゃないか。それを拒否するなんて、やっぱり神楽祐一は人に知られたら困るような変態的な秘密を持っているんだ。
わたしは、断固宣言した。
「神楽くん、アンタもしかして自分に拒否権があるとでも思ってるの。ちゃんちゃらおかしいわ。わたしがその気になったら、明日から神楽くんのあだ名を『酢昆布』にすることだって簡単なのよ」




