1-2 放課後の訪問者
下校の時刻になって、とうとうしびれを切らしたのか、神楽祐一が話しかけてきた。
「よく見てるんだね」
「?」
「さっき、悠里が毎日何か借りに来るって」
な、何を言い出すんだ、コイツは。それじゃあ、まるでこのわたしがコイツのことを気にかけてるみたいじゃないの。
「勘違いしないでよね。別にアンタを見てるわけじゃないから」
とりあえず思いっきりニラミつけてやった。ちょっとウワサになったからって、いい気になるんじゃないっつうの。
すると、神楽祐一はあわてた様子で両手を振った。
「も、もちろん、そんなこと大それたことなんて思ってないよ。……ただ」
「ただ?」
「さっき須崎さん、変なメモくれただろ。僕がまるで悠里の忘れ物を前もって予測してるみたいだって」
「だって、そうとしか思えないでしょ!」
「それって、僕が予知能力者だってこと? それとも魔法でも使ってると思ってるの? 須崎さん、超能力とか魔法とか、そういうの信じてるの?」
まるで子供扱いするような言い方に、わたしはカッとなってまた怒鳴った。
「信じるわけないでしょ! 子供じゃあるまいし! バッカじゃないの!」
それを聞いた神楽祐一はニッコリと微笑んだ。
「よかった。さすがは児童会長の須崎さんだね。でもこれからは、あんまり余計なことを気にしない方がいいと思うな。だって、そんな現実離れした話をして、周りから変な目で見られるのは須崎さんだよ。桜女学館の名前に傷がついたら困るだろ」
わたしは思わず、ぐっと唇をかんだ。
(もしかして、コイツ……)
コイツ、わたしを脅してるつもりなの?
そりゃあ、超能力とか魔法とかそういう風に言われると何も反論できなくなる。誰か大人に相談したって、こっちの頭がおかしいと思われるのがオチだろう。それをわかっていて、神楽祐一はわたしにこう言いたいんだ。
『これ以上、僕の秘密を探るな』
やっぱり神楽祐一は絶対に普通じゃない。その証拠に、今こうしてわたしの前で微笑んでみせてるけど、コイツの目は全然笑っていなかった。
コメカミがまたヒクヒクしてきた。
いい度胸じゃないの。
この須崎玲菜様は、同級生の男子に脅されておとなしく引き下がるような星の下には生まれていないんだ。
とりあえず、何か言わなきゃ。
そう思って口を開こうとすると、後ろから誰かにぶつかった。
隣のクラスの男子、伊藤亮介だった。こいつは体はデカいけどガキの典型みたいな奴だ。
「ちょっと、痛いじゃないのよ」
わたしが文句を言うと、伊藤はチラリとこっちを見た。
「うるせー、ブス」
そう言って、そのまま背中を向ける。
ブ、ブス?
この美少女のどこをみたらそんな言葉が出てくるっていうんだ。わたしは後ろから殴りつけたくなる衝動を必死でこらえた。神楽祐一と違って伊藤亮介には何の秘密もない。言葉を知らないだけの、ただのガキだ。こんな奴を相手にしても時間の無駄でしかない。
ところが、伊藤亮介は意外な言葉を口にした。
「神楽祐一って、オマエだよな」
どうやらコイツは神楽祐一に会いに来たらしい。でも、友だちが遊びに来たってわけじゃなさそうだ。
「ウンそうだけど……っていうか、伊藤くん、三年生のとき同じクラスだったじゃん」
「んなこと、どうでもいいよ。オレさ、三谷さんを映画に誘ったんだけど」
伊藤亮介はぶっきらぼうな口調だった。
「悠里を? ああ、悠里は映画はアニメしか見ないよ」
「だってな。今やってるだろ、ジブリの新作。今度の日曜日なんだけど、オマエ空いてんのかよ」
「うん、大丈夫。いけるよ」
「じゃあ、十時に駅前な」
全然、話が見えない。
伊藤亮介が三谷悠里を映画に誘ったのはわかった。それで、なんで神楽祐一と待ち合わせをするんだろう。
「アンタたち、なんの話してるの」
わたしは思わず口をはさんだ。
すると伊藤亮介だけじゃなく、神楽祐一までなんとなく嫌そうな顔をする。さっきから神楽祐一の態度はわたしのカンに障りまくりだった。
「聞いてたんならわかるだろ。三谷さんを映画に誘ってんだ。もうすぐ卒業だし、中学は別になっちゃうからな。須崎には関係ねえし」
「小学生だけで映画館に行くのは禁止なんですけど」
「うっせーな、そんなの誰も守ってるヤツいねえだろ」
「だからって、神楽くんまで巻き込むことないでしょ」
「オレだって好きでこいつを誘ってるわけじゃねえよ。でも三谷さんが、こいつと一緒じゃなきゃダメだって言うから」
何、それ?
わたしの頭に、授業中の女子の噂話がリプレイされた。
『神楽くんは、召使いとか執事みたいなもんなんだって』
じゃあなに? 三谷さんは他の男子とデートするときに、執事よろしく神楽祐一を同伴して連れて行くっていうの?
「それって、全然理解できないんですけど」
わたしの問いかけに、神楽祐一は頭を掻いた。
「あ、僕、悠里の……母親代わり、なんだよね。だから、男の子と二人で出かけるときは一緒について行く決まりになってるんだ」
なんじゃ、そりゃ!
母親代わりって? 神楽祐一、あんた小学六年の男子でしょ?
あまりに予想外な神楽祐一の告白に、わたしは返す言葉をなくして縁日の金魚みたいに口をパクパクさせていた。
「言っとくけど、オレ、おまえの分までおごったりしないかんな」
「うん、それはわかってるよ」
男子二人は、呆然とするわたしを無視して再度日曜日の約束を交わし、めいめいランドセルを背負って教室から出て行ってしまった。
ハッと我に返ったときに、放課後の教室はすでに無人になっていた。
「なによ、母親代わりって。そんなの、ぜんっぜんわかんない。ぜんっぜん納得できないんですけど」
誰に言うでもなくつぶやく。しかしその声は、無人の教室にむなしく響いただけだった。がっくり肩を落とすと、一人淋しく帰り支度をして放課後の教室を後にした。
(今日はさんざんな一日だったな。クラスの皆にはヘンなうわさを立てられるし、神楽祐一には脅しをかけられるし、伊藤亮介はバカだし)
なんだか胃の上の方がムカムカしてくる。
ふっと神楽祐一の言葉を思い出した。
『桜女学館の名前に傷がついたら困るだろ』
(アイツ、わたしが桜女学館に合格したの知ってたんだ)
自慢して回ったつもりはないけど、わたしが名門桜女学館に合格したことは女子の間でかなり有名な話になっている。それでも、神楽祐一のようなフツウの男子にまで知られているとは思わなかった。
(さすが、わたし。人気者はプライベートがなくてもう大変だわ)
そう思ったら、ちょっとだけ気分がマシになる。
でも、胃のムカムカは夜になってベッドに入ってもなかなか治まらなかった。




