7-6 最後のアイテム
一メートル、二メートル、
火事場の馬鹿力ってやつだろうか。ずっと以前に見たロッククライミングのテレビを思い出しながら、微妙な起伏を利用して少しずつ上へと身体を移動させていく。
(よし、いいぞ、この調子だ)
見上げると、灰色の空から雨粒が落ちてきた。
一瞬、気がゆるんだのだろうか。濡れた泥に手を滑らせてバランスを崩してしまった。わたしの身体は、あっという間に穴の底の地面に叩きつけられる。
「……だい……じょう……ぶ?……」
心配そうに訊ねてくる神楽くんのその声が、すでに全然大丈夫そうじゃなかった。
地面に落ちた体の痛みなんて、ちっとも大したことじゃない。それよりも、神楽くんの苦しみを救えないことのほうが何十倍もつらい。
目の前に、わたしたちの荷物が転がっていた。ピクニックシートの上に自分のポーチと神楽くんのバッグが並んでいる。なにか壁を登るのに役に立つ道具がないか、中を探ってみた。
わたしのポーチにあったのは、まずバッテリーの切れた携帯電話。恨めしいのはコイツだった。こんなに早くバッテリーが切れるなんて。たしか、電波の入りにくいところだと電話の方がひんぱんに電波を出すからバッテリーが切れやすいと聞いたことがある。あと、気温が低いと電池の発電量が減ってやっぱりすぐにバッテリーが使えなくなるって話だった。あとワンコールだけ、ちょっとだけ電話が使えれば……。
携帯以外は、リップグロスや幸運のお守りやハンカチなんかで、とてもじゃないけど壁を登る役には立ちそうもない。
神楽くんにバッグにあったのは、スポーツ飲料に携帯食料。虫除けスプレーに、日焼け止め、百円ライター。湿布薬の残りと虫刺されの塗り薬。
やっぱり、役に立ちそうなものはなかった。
くやしい。くやしかった。
結局、わたしはただの小学生なんだ。
普段どんなに勉強が出来たって、どんなに偉そうなことを言ったって、肝心なときには何もできない。大事な男の子を守ることさえできないなんて。
腕時計を見るとやっと十二時を回ったところだ。おじいさんとおばあさんは、もう炊飯器の手紙を見てくれただろうか? 気が付いて助けにきてくれるだろうか。
ゴホゴホという神楽くんの咳の音は、どんどん強くなっていく。
だめだ。
「助けて! 助けてください!」
気が付くと、わたしは外に向かって叫んでいた。
こんな雨の中、こんな山の中に人が通るわけがないけれど、もうわたしにはこれ以外にできることがない。
プライドもヘッタクレもなかった。
「お願いです! 病人がいるんです! 助けてください!」
「防空壕の中です! 穴の中に落ちちゃったんです! お願いです! 救急車を呼んでください!」
のども裂けよとばかりに叫び続ける。
「す……須崎さん、……無理……しないで」
神楽くんが心配そうに声をかけてくれる。彼の出すか細い声は、わたしのどんな大声よりも体力を使うはずだった。
「助けてください! 子供なんです! 出られないんです!」
いくら叫んでも答えはない。
そのうちに、体が熱くなってきた。手足は冷え切っているのに、頭と胸は熱い。レインコートとダッフルコートを脱いだ。セーターの上に、神楽くんのくれた使い捨てカイロが貼ってある。熱くなったそのカイロも剥ぎ取った。
そういえば、これも五つのアイテムの一つのくせに、ほとんど役に立っていない。神楽くんに貼ってあげたら少しは喘息もおさまるんだろうか? でも、こんな小さなカイロで温められる所なんてたかが知れてる。
(……チイサイカイロデアタタメラレルトコロ)
頭の中で、何かが閃いた。
そうだ。
もしかしたら、これで上手くいくかもしれない。
使い捨てカイロを振り直してもう一度温度を上げると、携帯電話の電池パックのところに巻き付けた。どんなタイプの電池でも、酸化還元反応を使って電子を取り出すという原理は同じだ。そして、その酸化還元反応は温度が低いと進みにくくなる。だから気温が下がるとバッテリーが早くが減るんだ。ってことは、無理やりにでも温めてあげれば電池の反応は進んで発電量が上がる……かもしれない。
温めること五分。
後はもう、神に祈るしかない。
この世にもし幽霊がいるんだから、神様だって絶対いるはずだ。
(お願い、神様! 神楽くんを助けて!)
目をつぶって、電源ボタンを力いっぱい押し込んだ。
………………
…………
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