7-4 穴の中
「キャッ!」「ウワァッ!」
わたしたちは短い悲鳴とともに穴の底に尻餅をついた。下が柔らかな泥だったせいか、着地の衝撃は思ったほどじゃない。痛いところもどこにもなかった。
それよりも、最後に神楽くんが放った一言の方が衝撃だ。
わたしは神楽くんの首根っこをつかんで叫んだ。
「サイテー!」
「……ごめん、助けられなくて」
「そんな事どうでもいいわよ! それより、重いってどういうこと!」
「えっ、怒ってるの、ソコなの?」
「あったりまえでしょ! 重いなんて、まるっきりわたしがデブみたいじゃない!」
「ご、ごめん、もちろん須崎さんはデブなんかじゃないよ。ただ僕の力が足りなかっただけで」
神楽くんは、わたしが凄むとすぐ謝る。
せっかく助けに来ても、やせっぽちの女の子一人引っ張り上げられない。
弱虫で、軟弱で、ひ弱で。
「ありがとう。来てくれて」
でも、わたしを助けに来てくれた。
「須崎さんが……ありがとう?……大丈夫?」
「何よそれ」
「頭打ったんじゃない? 気持ち悪くない?」
「わたしをどんなキャラだと思ってるの……って、それより神楽くんなんで来たの? 悠里ちゃんを置いてきちゃダメじゃん」
嬉しさのあまりすっかり忘れていたけど、神楽くんはケガをした悠里ちゃんに付き添ってなきゃダメなんだった。あの子には、これからまだ何があるかわからないんだから。
わたしは神楽くんを責めるようにニラミつけた。すると、やっぱりすぐ謝ってくる。
「ご、ごめん。でも、ちょうどいい雨宿り場所があったから悠里は大丈夫だよ。それより須崎さんが一人で山を下りるほうが心配で、つい追いかけてきちゃったんだ……ダメだったかな?」
ズルい。そんな風に言われたら、もう何にも言えなくなるじゃない。
「そんなこと言ったって、結局、全然役に立ってないじゃん」
精一杯の憎まれ口をたたくと、顔が真っ赤になっているのを気づかれないように立ち上がった。
穴は、底の部分が畳み二畳分くらいの小部屋になっている。途中からフラスコのように首がすぼまって、地上までは直径一メートルくらいの細い穴でつながっていた。穴の中を照らしているのは入り口から差し込む光だけで、立ち上がるとお互いの顔もよく見えない。
わたしは、ぼんやりと光る穴の入り口を見上げた。
さすがに十メートルとは言わないけれど、地上まではかなりの高さがありそうだ。不幸中の幸いは、その深さのおかげで雨がほとんど降り込まないことか。
「早いトコここを出て、おじいさんの家に行かなきゃ。いくら雨宿りできるっていっても、悠里ちゃんが風邪引いちゃう」
「たぶん無理じゃないかな。悠里の話だと、結構有名な防空壕らしいんだ。落ちたら大人でも自力じゃ登れないって……」
「そんな危険な穴だったら、なんでとっとと塞ぐか埋めるかしないのよ。まったく」
わたしは腹立ち紛れに穴の壁を拳で叩いた。すると、手に粘土のぬるっとした感触が伝わってくる。このまま粘土の壁が上までつながっているのなら、たしかに簡単には上がれそうになかった。
もし、このままここから脱け出すことができなかったらどうなるだろう?
もちろん、命に関わるようなことがあるとは思えなかった。夕方になれば、おばあさんは炊飯ジャーに入った手紙を見てくれるだろうし、そうじゃなくても帰りが遅いことを心配して探してくれるかもしれない。
ここが有名な防空壕なら、まず捜索の対象になるだろうし。
でも、それはわたしにとってはサイテーな状況だ。
悠里ちゃんを助けに来たつもりが、足を怪我した彼女とはぐれた挙句、自分たちが救助されるなんて。
一年のときは入学式で新入生代表の挨拶をし、二年で学校案内パンフの表紙を飾り、三年の学習発表会では主役のスイミーを演じ、四年のときに書いた読書感想文が県知事賞を受賞、五年の鼓笛隊では総指揮を務め、六年で児童会会長に選ばれたこの須崎玲菜に、そんな失態が許されるわけがない。
「なにボサッとしてんのよ。上れないかどうかなんて試してみなきゃわかんないでしょ」
「えっ?」
「ほら、もちろんアンタが下なんだからね」
「下って、なにするの?」
「組み体操よ。おぼえてないの? 電信柱のポーズ。アンタの肩の上にわたしが立つの。で、あの細い穴を上れないか試してみる」
わたしたちが落ちてきた細い穴、つまりフラスコのすぼまった口のところまで行ければ、なんとか手足を突っ張って上まで上がれるかもしれない。
何回か失敗しながら、わたしたちは暗い穴の中で電信柱を成功させた。
そして、出口につながる穴に手を掛けたのだが、その壁は予想以上にヌルヌルとつかみどころがなかった。おまけに、雨水が壁を伝わって垂れてきて手が滑るなんてもんじゃない。
――三十分後。
泥の壁との激しい格闘の末、とうとうわたしたちは自力での脱出をあきらめる他なかった。




