7-3 雨・トラブル・彼
* * *
それから、わたしは一人山を下った。
冷たい雨が降りつけるのも、悠里ちゃんから譲り受けたレインコートのおかげでほとんど気にならない。ただ、地面はかなりぬかるんでちょっと気を抜くと滑ってしまいそうだった。足の指に力をこめながら慎重に一歩一歩進んでいく。
地図の通りにうまく進めば三十分しないで家に戻れるはずだ。
時計を見ると、十一時を回っていた。そろそろ伊藤亮介が着いている頃だろう。
それに、この雨だ。悠里ちゃんのおじいさんとおばあさんも農作業から戻っているかもしれない。きっと家に着いたらすぐに、助っ人を連れて神楽くんと悠里ちゃんのところに戻れるはずだ。
ギッキョキョルゲェー!
突然、得体の知れない音が響いた。わたしは恐怖のあまり頭を抱えてしゃがみこむ。すると、どこかで鳥が羽ばたく声がした。
「なんだ、鳥かぁ」
立ち上がってお尻に付いた泥を払い落とす。
それから、一つため息をついた。
どうしてこんなにわたしはビビリなんだろう。
『わたし、そんな神楽くんが、すき……スキップするとこ見てみたいな』
やっとの思いで喉からしぼり出した初告白の言葉は完全に意味不明だった。悠里ちゃんの視線は一転して冷たくなり、神楽くんは戸惑った声で答えた。
『あ、うん、僕のでよければ……帰ったら、いくらでも見せるよ』
わたしってば、ホントはできない子だったのね。
ギョッギョルギョェギョェー!
また、気味の悪い鳥の声がする。
「もう! いい加減にしろ、このバカ鳥!」
ムッとして、音のした方向に石を投げようとした。
――その時だった。
踏み出した足の感覚がなくなってフワッと浮き上がったような気がした。
みると、足下にポッカリと大きな穴が開いている。わたしの身体はその大穴に吸い込まれそうになっていた。
(防空壕?)
悠里ちゃんが言ってたやつか。戦争中に掘られた縦穴で、たしか、落ちたら大人でも自力では出られないんじゃなかったっけ。
(マズイ!)
慌てて付近の草木をつかんだ。それでも滑り落ちる勢いは止まらない。ブチブチっという草のちぎれる音がして、つかんでいた草ごと防空壕に引き込まれる。
どうしよう。10メートル以上ある深い穴。もし、いまこんな穴に落ちたら、二人を助けにいけないじゃない。
わたしはこれ以上滑らないように、必死で手足を突っ張った。でもやっぱり、ずるずると身体が下に引きずられる。地球の重力って、こんなに強かったっけ?
(もう、ダメかも)
いったい、どうしてこんなことになったんだろう? この穴に落ちるのはわたしじゃなくて悠里ちゃんのはずなのに。
「須崎さんっ!」
どこかでわたしを呼ぶ声がした。それと同時に体の落下が止まる。わたしの右腕が誰かに捕まえられていた。
「神楽くん?」
上を見ると、神楽くんがいた。
「へへへ、危なかったね」
そう言ってヘラヘラと笑っているけれど、神楽くんが寸前のところで助けてくれたんだ。
「た、助かった。神楽くん、ありがとう」
やっぱり神楽くんはわたしの王子様だった。ランキング上の上なんてモンじゃない。AKBならセンター、お肉ならA5ランク、吉本ブサイクランキングならとっくに殿堂入りだ。
ところが――
……ズズズッ、ズズ
いったん止まっていたわたしの体が、また下へと滑り始めた。
「ちょっと、神楽くん、引っ張ってよ」
「やってるよ、でも!」
「でも、なによ!」
「でも……重い!」
ザザーッという大きな音とともに、わたしと神楽くんは地下に開いた穴に落下した。




