7-2 雨中の告白?
雨は一段と激しさを増していた。にわか雨かと思ったのにちっとも止む気配がない。
悠里ちゃんの選んでくれた近道はたしかにショートカットなんだけど、雨でぬかるんだ草地を下りるのは正直簡単じゃなかった。
おまけに傘を差していても、横殴りの雨は容赦なくわたしたちの身体を濡らす。
「悠里、須崎さん、これ使って」
神楽くんが、バッグの中から使い捨てカイロを出した。
「おっ、あったかーい。やっぱり祐一は準備がいいよね」
悠里ちゃんに褒められても、神楽くんは浮かない表情のままだった。もちろん、わたしもだ。
「雨」の次は「寒さ」。幽霊のメモから想像した通りだ。
じゃあ、次に来るのはなんだろう? 怪我か? 落下か? 遭難か? いずれにしても、ここからはもう準備がない。
悠里ちゃんを助けてあげられるアイテムはもう品切れなんだ。
「この辺には、昔の防空壕のあとがあるらしい気をつけてね!」
前を歩いていた悠里ちゃんが振り返って、わたしたちにそう教えてくれた。
「ぼうくうごう?」
「戦争中に掘った縦穴で、もちろん今は使われてないんだけど、落ちたら滅多なことじゃ上がってこれないらしいよ」
わたしと神楽くんは思わず顔を見合わせる。
「その防空壕って、もしかして深さ十メートル以上あるの?」
「えっ、なに?」
――その時だった。
「あ、危ない!」
突然、後ろ向きに歩いていた悠里ちゃんがバランスを崩した。彼女の身体は、山道を滑って転がり落ちる。
「悠里ちゃん!」「悠里!」
神楽くんとわたしが慌てて駆け寄ると、悠里ちゃんは一メートルくらい滑ったところで止まっていた。
「いてててて」
彼女は足を押さえてうずくまっている。
「大丈夫か!」
「へへへ、大丈夫。動かそうと思えば動くから、折れてはいないみたい」
レインコートからのぞく生足の右足首が赤くなって腫れていた。神楽くんはバッグから湿布を取り出すと、腫れている右足首に貼り付ける。
「さすが祐一、やっぱ準備がいいねえ」
そう言って微笑む悠里ちゃんの眉間には、痛みからか深い縦シワが寄っていた。
「悠里ちゃん歩ける?」
「うん、何とか大丈夫そう」
悠里ちゃんは気丈に立ち上がろうとしたけど、すぐに足首を押さえてうずくまる。
わたしの頭の中を幽霊のメモが横切った。
レインコート、使い捨てカイロ、ロープ(十メートル以上)、携帯電話、そして松葉杖。
幽霊は松葉杖が必要だと教えてくれていたんだ。ということは、きっと悠里ちゃんは松葉杖がなきゃ歩けないだろう。
「やっぱり、メモの通りなんだ」
神楽くんが呟いた。
「僕が準備してなかったから……僕は母親役なのに、かってに役目を降りた気になって……」
彼の声が胸に突き刺さる。こうなることはわかっていたはずだ。わたしの判断が間違っていたのか。伊藤亮介が来るのを待つべきだったのか。それだけじゃない。携帯電話もだ。わたしがバッテリーを切らさなきゃ、こんなときすぐに助けを呼べたのに。
「神楽くんのせいなんかじゃない。もちろん、わたしもだよ。誰も悪くなんかない」
わたしは、自分の両方の頬っぺたをバチンと叩いた。
うじうじするのは、須崎玲菜の流儀じゃない。やるべきことはまだまだある。
「神楽くんは、悠里ちゃんに肩を貸して雨宿りできそうなところに移動して」
「えっ?」
「家には、わたしが一人で戻るよ。そして応援を連れて戻ってくるから」
悠里ちゃんが動けない以上、わたしか神楽くんのどちらかが行くしかない。
「そんな、須崎さん一人でなんて無理だよ」
「大丈夫。それに、これから悠里ちゃんにはまだ何か起こるかもしれないんだよ。だから神楽くんは悠里ちゃんと一緒にいて。わかってるでしょ」
そうだ。メモのアイテムはまだ二つ残っている。
ロープと携帯電話。この二つが何を意味するのか分からないけど、どう考えてもロクなことじゃないはずだ。
「わかったよ。須崎さん」
神楽くんはうなずくと、ショルダーバッグから何かを取り出した。
地図と方位磁石だった。地図の上を指でなぞりながら、帰り道を教えてくれる。
「たぶん、このあたりが現在地だと思う。悠里のおじいちゃんの家までは、こういうルートだから」
こんなときだっていうのに、その横顔にちょっと見蕩れてしまった。
どこまでも真面目な神楽くん。
きっと彼は、悠里ちゃんのお母さん役に本当に心から取り組んでいたんだろう。
お母さん役を果たせていたのは幽霊からの指示があったおかげだ、なんて彼は言っていたけれど、きっとそれだけじゃない。この地図や方位磁石はメモにはなかったし、さっきの湿布薬や、来るときのバスで出してくれたお菓子や飲み物だって、神楽くん自身が考えて悠里ちゃんのために準備したものだろう。
「やっぱり、神楽くんはいいお母さんだったんだね。だって地図や方位磁石にしても、さっきの湿布にしても、幽霊に教えてもらったことじゃないでしょ。幽霊の手助けがないところでも、神楽くんは自分の力で頑張ってた」
「えっ?」
「それに、もし沙希さんとの約束がなくても、神楽くんは悠里ちゃんを助けるために全力を尽くしたんじゃないかな」
「……須崎さん」
「わたし、そんな優しい神楽くんが、す、す、」
「す?」
いつのまにか「好き」という言葉が咽喉まで上がっていた。
「す、す、すす、き」
わたしって、そんな積極的な子だったっけ?
あまりに急なアプローチに自分でもビックリだ。自分の気持ちに気がついて半日もしないうちに、ホントにもう告白しちゃうんだろうか。しかも、こんな状況で?
神楽くんが好きなのは、どうやら悠里ちゃんのお母さんの沙希さんって人らしい。沙希さんは二年前に亡くなっていて、神楽くんはその人との約束でずっと悠里ちゃんの母親役を務めてきた。
さぞかしステキな人だったんだろう。
忘れようと思っても、簡単には無理忘れることはできないだろう。
でも、わたしが神楽くんを好きな気持ちはホンモノだ。
それに、これからわたしは一人で雨の山道を下山しなきゃならない。できれば、その途中の心の糧になるものか欲しかった。すぐにOKはもらえなくても、神楽くんがわたしの告白を受け止めてくれたら、きっとわたしは頑張れる。
ふと横を見ると、悠里ちゃんが目で「頑張れ」と合図を送ってくれていた。
勇気を振り絞れ。
さあ、彼にわたしの想いを伝えるんだ。




