7-1 最初のトラブル
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最近、ひんぱんに思い知らされる。
教科書や本で読んで知識として知っていることと実際に体験することの間には、大きな違いがあるんだって。
例えば、『恋人のことを思うと胸が苦しくなる』なんていうのがそうだ。これまで小説や漫画で山ほど目にしてきた言葉だけれど、わたしは『胸が苦しくなる』っていうのは文学的な表現なんだと思っていた。
でも今、神楽くんのことを思うと現実にわたしの胸は痛くなる。
最初は何かの病気かと心配になったけど、そうじゃなかった。これが『胸が苦しくなる』ってことだったんだ。
そしてもう一つ。
今思い知らされている言葉は……
「いやー、『山の天気は変わりやすい』ってホントなんだねえ」
神楽くんはいかにも感心したような声を上げる。
突然降り出した雨は、山を降りようとしていたわたしたちを直撃した。そりゃあ、幽霊のメモがあったから予想はしてたけど、天気予報ではまだ時間の余裕があったはずなのに……。
わたしたちは、とりあえず大きなクスノキの影に入って雨宿りをしていた。けれど、いつまで経っても雨が止む気配はない。それに木の下にいても、激しく降り注ぐ雨から完全に逃れられるわけじゃなかった。
「なにノンキなこと言ってんの。祐一のバカ。玲様までもうビショビショになってるじゃないよ」
「須崎さん、寒くない?」
そう言いながらこっちを見る神楽くんの頬が赤い。
「う、うん、わたしはヘーキ。神楽くんこそ、顔赤いよ。風邪引いてない?」
「えっ、僕? 僕は……」
「祐一は大丈夫だよ。どうせ雨に濡れた玲様に見とれてたんでしょ。玲様こそ気をつけてね。ブラ透けとかしてない?」
「えっ?」
「悠里、おまえなんてコト言うんだ」
みぞれまじりの冬の雨は震えが来るほど冷たいのに、神楽くんと一緒だとなんだか暖かい。とはいえ、いつまでもこうしてはいられなかった。
そうだ。
雨は、最初のトラブルなんだ。
「神楽くん、わかってると思うけど、急ぐよ」
「ああ、そうだね。悠里、これを着て、出来るだけ急いで山を降りよう」
神楽くんはバッグからメモにあったレインコートを取り出した。
「おっ、さすが祐一」そう言いながらレインコートを受け取った悠里ちゃんは、急に口を尖らせた。
「危ない危ない。もうお母さん役はいいって言ったでしょ。祐一が準備してきたものは使わない」
「何言ってんだ、おまえ」
「それにレインコート一個しかないじゃない。アタシがこれ着たら、祐一はともかく、玲様はどうすんのよ」
そういえば、とりあえずメモのアイテムを揃えるのに一杯一杯で、わたしや神楽くんの分の雨具なんて考えてもいなかった。
神楽くんは、ショルダーバッグから小さな折り畳み傘を探し出す。
「……後は傘が一本」
それを見て悠里ちゃんは、小さく口笛を吹いた。
「ふーん、準備がいいのは相変わらずだけど、図々しくも相合傘をお願いしようってわけ。祐一も案外ヤるねえ」
「いや、僕はそんなつもりじゃ……須崎さん、これ使って」
「そんな、悪いよ。一緒に入ろう」
「じゃあ、ごめん」
なんだかんだで、わたしと神楽くんは相合傘をすることになってしまった。ついさっきまで失恋ムード一色だったのが、ウソみたいだ。
「ま、お二人さんがいいならそれでいいか」
悠里ちゃんはレインコートを着ると、大げさに肩をすくめてみせる。それから、わたしたちを先導して山道を下って行った。
「ちょっと急な下りになるけど、近道があるからソッチを行くね」




