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6-3 名探偵わたし

「ふーん」

「何?」

「じゃあ、何でわたしには話したの? わたしだって信じなかったかもしれないでしょ。第一、今だって完全に信じてるわけじゃないし」

「でも、……須崎さんなら大丈夫かなって。キミなら、信じてくれなくても僕や悠里のことを見捨てたりはしないだろ」

 フフン、そうかそうか。

 そこまで、信頼されてるなら仕方がない。

 一年のときは入学式で新入生代表の挨拶をし、二年で学校案内パンフの表紙を飾り、三年の学習発表会では主役のスイミーを演じ、四年のときに書いた読書感想文が県知事賞を受賞、五年の鼓笛隊では総指揮を務め、六年で児童会会長に選ばれたこの須崎玲菜の実力を見せてやろうじゃないの。

 手渡されたメモをじっと睨んだ。

 そこに並んだ角ばった文字を目に焼き付ける。

 レインコートと、松葉杖と、十メートル以上のロープと、携帯電話と、使い捨てカイロ。

 これが、今日の悠里ちゃんが忘れていったもの、彼女に必要なものってわけだ。

 わたしは浴衣の裾をサッと裁くと、畳の上に正座した。

「しょうがないわね。じゃあ、神楽くんも座って。一緒に悠里ちゃんを助ける作戦を練りましょう」

 すると、神楽くんは焦れたような声を出す。

「そんな悠長なこと言ってられないよ」

 そんな彼を一喝した。

「いい加減落ち着きなさい! 悠里ちゃんはまだ大丈夫だから」

「……なんで、そんなことがわかるのさ」

「わかるわよ。このメモをよく見なさい。いい? もし仮にこれがホントにお母さんからの指示だとして、ここにある五つの物を悠里ちゃんが持っていれば彼女は大丈夫なのよね」

「たぶんそうだと思う。少なくとも、これまではそうだった」

 それを聞いて、わたしは大きくうなずいた。

「それじゃあ、間違いない。今日一番最初に悠里ちゃんに降りかかるトラブルは『雨』だから。外はこんなにいい天気でしょ。メモの五つが必要になるのはまだ先の話よ」

 神楽くんは、きょとんとわたしの顔をみつめている。そうだろうそうだろう。いくら神楽祐一がかっこよくて可愛らしい上の上のヒーローだったとしても、この須崎玲菜様の頭脳には敵うまい。

 そこで、わたしは丁寧に説明してあげた。

「メモにある五つのアイテムは、それぞれ彼女に降りかかる災難とその解決法を表してるわけよね。松葉杖が必要ってことは、彼女は足に怪我をする。でも、そんなに大怪我じゃないと思う。だって、もし骨折とか命に関わるような怪我なら、松葉杖があったって大丈夫ってことにはならないでしょ。それなら幽霊はその怪我を回避するようなアイテムを指示するはずだもの。きっと、とりあえず松葉杖があればいい程度の、捻挫とかそのくらいの怪我なのよ」

「そうか、そうだよね。良かった」

「ロープが必要ってことは、穴にでも落ちちゃうのかな。使い捨てカイロは、当然寒さ対策でしょ。レインコートは雨避け。あと携帯電話も必要ってことは、神楽くんが言うように遭難しちゃって誰かに助けを求めなきゃいけないって可能性が高いよね」

「……やっぱり」

 蒼ざめる神楽くんをよそに、わたしは話を続けた。

「さて、ここで問題です。もし悠里ちゃんが五つのアイテムを全部持っているとして、一番最初に怪我をしたり、穴に落ちたり、遭難したとしたら、彼女どうすると思う? たぶんそれぞれのアイテムを使って、とっとと帰ってくるでしょ。お墓参りはもう中止になるわね。そしたら、使い捨てカイロもレインコートの出番はない。 幽霊は先のことを何でもお見通しなんだから、きっとそんな指示は出さないわよね」

「それは、そうかも……」

「だから、悠里ちゃんにまず起こるトラブルは雨。つぎに雨のせいで気温が下がって寒くなる。怪我をしたり落下したり遭難したりするのは、そのあとよ」

 襖を開けてみる。外は雲ひとつないいいお天気だ。

 山の天気は変わりやすい、なんて話は何かで聞いたことがあるけど、とりあえず雨なんて降りそうもなかった。つまり、まだ時間に余裕はある。

「須崎さん、キミってなんかすごいね」

「今頃気が付いたの? とにかく今のうちにしっかり準備して、雨が降り出す前に悠里ちゃんを探しに行きましょう。必要なものは五つ。そのうち携帯電話はわたしが持ってるし」

「レインコートと使い捨てカイロは僕が持ってる」

「後は、ロープと松葉杖か……ロープはともかく、松葉杖なんて普通の家にはないわよね」

 わたしは携帯電話の電源を入れた。

 するとそこには、昨日に引き続き、百件近い着信とメールの履歴が表示されている。そして、その全部が伊藤亮介からだった。

(あちゃー、アイツメチャクチャ怒ってるなー)

 まあ、気にしてもしょうがない。わたしは着信履歴にリダイアルした。

 プルル、カチャ

「おい、このブス! てめえ、なんのつもりだ!」

 0・5コールでいきなり罵詈雑言を浴びせかけられた。伊藤亮介、アンタにはカルシウムが足りないぞ。

 とりあえず、ヤツの発言は無視して用件のみを伝えた。

「今すぐ多々良山地にある吉野泊の先の吉野郷ってとこまで来て。バスじゃ遅いからタクシーで。それから、来る前に買ってきて欲しいものがあるの、十m以上のロープと松葉杖」

「おまえ、昨日さんざんオレのことシカトしてたくせに。いきなりなんなんだよ!」

「なんなんだって、わたしがアンタに話すことなんて一つしかないでしょ!」

「……三谷さんのことか……チクショー、ウチから多々良山地までなんてタクシーでいくら掛かると思ってんだ。……わかったよ。お年玉取り崩して行くから、もう少しくわしくことを教えてくれ。松葉杖って、三谷さんケガでもしたのか」

「まだしてないけど、これからするかもしれないの」

「? どういうことだよ?」

 そこで、わたしは伊藤亮介に事の次第を説明した。

 これまで悠里ちゃんを助けるために神楽くんが神懸り的な準備の良さを発揮していたこと、その準備の良さは沙希さんの幽霊が書き記すメモのおかげだったこと、そして今日のメモに悠里ちゃんの遭難を示唆する内容が書かれていたこと。

 話が終わっても、伊藤亮介からの返事は無かった。

「……まあ、急にこんなこと言って、信じろってのが無理な話だとは思うんだけどさ……聞いてる?」

「……」

 そりゃそうか。いくらアイツが単細胞のバカだからって、いきなり幽霊だとか遭難だと非現実的なことを言われて、素直にわたしの頼みを聞いてはくれないか。そもそも、昨日だってすこぉしだけ伊藤亮介には悪いことしちゃったわけだし。

 ややあって、電話口の同級生男子はようやく重い口を開いた。

「うーん、あんまよくわかんなかったんだけどさあ。簡単に話をまとめると、三谷さんが危機一髪な状態で、いまからオレがロープと松葉杖を持って行ったらヒーローになれる、ってことでOK?」

 バカだ。

 こいつは正真正銘のバカだった。わたしの説明のどこをどうまとめればそういうこと話になるんだろう? でもまあ、そう思ってもらってた方が都合がいいかもしれない。

「理解が早くて助かるわ。アンタって案外、頭いいのね」

「よせよ、照れるぜ。それにオレは三谷さん一筋だからな」

「それは残念。でも、ロープはともかく、松葉杖なんてどこで買えばいいかわかる?」

「ああ、オレのじいちゃんのトコ行って借りてくるよ」

「おじいさん? おじいさんの松葉杖でサイズが合うのかな」

「何言ってんだ。ウチのじいちゃんなんか身長百八十センチあるぜ。合うわけないだろ。違うよ。ウチのじいちゃん、整形外科医なんだ。知らねえか? 駅前の緑野整形外科医院って、ずいぶん昔からあるんだけどな。ちなみにその向かいにあるのがオレのかあちゃんのクリニックな」

 ……知らなかった。こいつ、バカのクセに医者の息子ボンボンなんだ。

「じゃあ、こっちに着いたらケータイに電話して。電池がもったいないから切るわよ」

 わたしは、タクシー代半分出すと申し出るつもりだったのを中止して電話を切った。

 どうやら、ラッキーの女神はわたしに味方しているらしい。メモのアイテム五つは予想外に上手く揃いそうだ。


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