6-2 予知された危険
「はあ?」
わたしは神楽くん相手にかなりのマヌケ面をさらしてしまっていた。目は丸く見開かれ、口はだらしなく半開きになっている。つまりそのくらい呆気に取られていたってことだ。
「ユウレイって、あのユウレイ?」
「あのユウレイっていうのが何を指すのか、僕にはわからないんだけど」
「だからつまり、あのウラメシヤーとかっていう、あのユウレイってことなの」
「そうそう、その幽霊だよ」
「それ、本気で言ってるの?」
驚きが、だんだんとイラ立ちに変わっていく。
だって、そうだろう。
わたしがこの頭脳を駆使して散々悩み考えていた「神楽くんの秘密」の正体が幽霊だなんて、そんなの上中下三分冊の長編推理小説の最後の一ページで密室殺人のトリックが、実は「丑の刻参り」の呪いでしたぁって明かされるようなもんじゃないの。
前にもいったと思うけど、わたしは幽霊とか死後の世界とかは、一切信じていない。
「幽霊のおかげだ」なんて言われるくらいなら、「僕は予知能力者なんだ」って言われるほうがまだ科学的だし、思い切って「僕は魔法少女なんだ」くらい言ってもらったほうがまだ話のネタになっていい。
そう神楽くんを非難しようとして、わたしは思わず口をつぐんだ。
神楽くんの表情が、真剣そのものだったからだ。それどころかいよいよ切羽詰った様子で、その目にはうっすら涙がにじんでいた。
「もちろん本気さ。信じられないかもしれないけど、本当に幽霊のおかげなんだ」
「そんなこと言われても……じゃあ、その幽霊って一体どこにいるのよ」
「今も、ここにいるよ」
「えっ」
「ほら、ここに」
そう言って、神楽くんはポケットから何かを取り出した。それは手のひらに乗るくらいの小さなクマのぬいぐるみだった。古ぼけて茶色くなったその人形には、見覚えがある。いつも神楽くんのバックにくくりつけてあるやつだ。
神楽くんの話はこうだった。
彼が小学校四年生の冬、悠里ちゃんのお母さんは一年間続いた闘病生活を終えた。彼女の最期に立ち会ったのは、偶然にも愛娘の悠里ちゃんではなくその幼馴染の神楽少年だった。
「悠里をよろしくね」
その言葉とともに、彼に渡されたのは一体のクマのぬいぐるみ。
おそらく、残していく娘に渡してくれという意味だんだろう。でも、その後しばらく悠里ちゃんの家はお葬式でごたごたしていて、神楽少年はぬいぐるみを悠里ちゃんに渡しそびれてた。
それから二週間後。
悠里ちゃんが学校に復帰する日の朝に、最初の事件がおこった。
神楽くんの勉強机の上に置いてあったぬいぐるみの下に、一枚のメモが挟まっていたのだ。
『国語教科書』
メモにはそう書かれていた。
あきらかに自分の字じゃない綺麗な文字で書かれたメモを見て、神楽少年は不思議に思いながらもランドセルに国語の教科書を追加したという。
「……もしかして、それを悠里ちゃんが借りに来たの?」
「たまたま時間割変更の連絡が漏れてたんだって。それで悠里は、隣のクラスだった僕にダメモトで借りに来たんだ」
神楽少年は、メモを書いた人物を探した。自分の父親か、母親か、もしかして悠里のお父さんとか、悠里自身の可能性もある。
でも、メモの筆跡は誰にも当てはまらないし、夜中に彼の部屋に入り込んだ人間もいなかった。
不思議な気持ちのまま次の日の朝を迎えた神楽少年は、またもや机の上を見て驚いた。
そこにはまたメモがあり、『分度器・三角定規』と書かれていたのだ。そして、学校に分度器と三角定規を持って行くと、またもや悠里ちゃんがそれを借りに来た。
それから毎朝、ぬいぐるみの下には悠里ちゃんの忘れ物や必要な物を書いたメモが挟まっていた。彼はメモに従って準備をし、おかげで悠里ちゃんを助けることができたのだった。
「きっと、このぬいぐるみに沙希さんの霊が宿ってるんだ。そして僕に悠里の面倒を見るよう、メモに必要なものを書いて指示をしてくれてるんだよ」
神楽くんは、断言するかのように言った。
「ありえないよ、だってそんなのありえないでしょ」
わたしはまるでテレビで見る渋谷のギャルみたいに「ありえない」を連呼していた。イマドキの「ありえない」っていうのは普通は普通にありえることに使う言葉なのに、今回の「ありえない」はホントの意味でホントにありえない。
だって、幽霊だよ。それがぬいぐるみに取り付いてる? このクマさんが毎晩毎晩ペンを持って動き出すっていうの?
だいたいわたしは、幽霊とか霊魂の存在とか信じてないし、死後の世界だってあるわけないと思っている。そりゃあ、小さい悠里ちゃんを残したお母さんに心残りがあって死んでも死にきれない気持ちだったことは想像できるけど、だからって幽霊になれるのなら、世界中の人たちが朝起きるたびにメモ書きだらけで大変なことになってるっつうの。
ありえない。絶対にありえない。
――でも、
神楽くんの話が本当だ考えると、全てのことに説明が付けられるのも事実だった。
なぜ、神楽くんが毎日毎日悠里ちゃんに必要なものを準備できたのか?
生理の日まで予知していたことや、誰に必要なのかもわからずに酔い止めを準備したことも、幽霊からの指示を神楽くんが実行しただけと考えれば納得がいく。
それよりも何よりも、わたしには、目の前にいる神楽くんがウソをついているようには見えなかった。もし彼がわたしを担ぐためにウソをついてるんだったら、きっと神楽祐一は歴史に名を残す天才詐欺師になるだろう。
「……そうだよね。いきなりこんなこと言っても信じてもらえないよね」
そう言って神楽くんはガックリとうなだれる。
気が付くと、いつの間にかわたしは彼の手をしっかと握り締めていた。
「幽霊なんて信じない。だって、見たことないものを信じられるわけないでしょ。……でもね、わたし、神楽くんのことは信じるよ」
「須崎さん」
「だから続けて。神楽くん言ったよね、悠里ちゃんが危ないって。それどういうこと? 幽霊と何の関係があるの?」
わたしの言葉に、神楽くんはニッコリと微笑んだ。それは、彼の今日始めての笑顔だった。やっぱり、彼には笑顔が一番似合う。
「ありがとう」
それから神楽くんは、ポケットに手を突っ込んで一枚の紙を取り出した。
「このメモが、今朝枕元にあったんだ。いつもと同じメモなんだけどね」
そこには、神楽くんが言った通りの綺麗な文字でこう記されていた。
レインコート
松葉杖
ロープ(十メートル以上)
携帯電話
使い捨てカイロ
(……なんだコレは?)
わたしは思わず神楽くんと顔を見合わせた。
「……これが今日の悠里ちゃんに必要なもの?」
神楽くんの表情がまた歪む。
「な、おかしいいだろ。いったい、どんな状況なら十メートル以上のロープや松葉杖が必要になる? ひょっとして悠里は山で遭難してるんじゃないかな。十メートル以上の崖から落ちて、足に怪我をしたとか。そして、携帯で助けを呼ばなきゃならないような、人のいないところで動けなくなったんだ。おまけに雨が降ってきて、こうしてる今も寒さに振るえているかもしれない」
「神楽くん、落ち着いてよ」
慌てる神楽くんを落ち着かせようと、わたしはあえて笑顔を作った。
「長いロープが必要だからって事故とは限らないじゃない。急に綱引きの練習がしたくなったとか、あとほら、亀甲縛りなんかにも使えるし」
「じゃあ、松葉杖は? 松葉杖なんて怪我する以外に使い道ないだろ」
……わたしの人生初の下ネタはあっさり無視された。まあ、その方が良かったけど。
「そんなことないわよ。ええと、ほら、エアギターの練習にピッタリ」
「もういい! 僕一人で探してくる!」
外に出ようとする神楽くんを、わたしは腕を掴んで制止した。
「神楽くん一人で行ったって二次遭難するかもしれないでしょ。悠里ちゃんのおじいさんとおばあさんには相談したの?」
「二人は隣の山まで農作業に出てて夕方まで帰らないって。それに例え連絡がついたとして、いったいなんて言うんだよ。沙希さんの幽霊が教えてくれたなんて信じてもらえるはずないだろ」
いらだったように唇をかむ神楽くんの顔を、わたしはじっと覗き込んだ。




