6-1 悠里の本気
(6)
(……さん……きて)
なんだろう? どこかで、誰かが叫んでいる。
(……きさん! ……きて!)
どこかで聞いたような男の子の声。ちょっと甲高いけど、それが耳に心地いい。わたし、この声好きだなあ。でも、一体何を叫んでるんだろう?
「すざきさん! 起きて!」
(須崎さん? えっ? わたし?)
びっくりして目を覚ました。すると、いきなり視界に見慣れた男の子の顔が飛び込んでくる。神楽くんが、わたしの寝ている布団の上に馬乗りになっていた。
「えっ? 何?」
慌ててはだけかかっていた浴衣の胸元を押さえる。
横を見ると悠里ちゃんはとっくに起きたあとみたいで、辺りに二人以外の人の気配はなかった。枕もとの時計では、もう午前九時を過ぎている。開け放たれた襖の向こうから、まぶしい朝の光が差し込んでいた。うっかり寝過ごしちゃったらしい。
「須崎さん、お願いだ」
神楽くんの頬は赤く、鼻息は荒い。
お願いって、一体何? 朝っぱらからなんだけど、もしかしてもしかするとMDD方面の話? そういえば昨夜悠里ちゃん、わたしを応援するなんて言ってたっけ。彼女が神楽くんをけしかけたとか?
どど、どうしよう?
どうすればいい?
わたしだってもうすぐ中学生だ。神楽くんにここまで情熱的にお願いされて、無下に拒絶するほどの子供じゃない。
問題は、どこまで許すかだ。
許しすぎはダメ、かといってモッタイつけすぎるのも……
「悠里がいなくなったんだ。頼む、一緒に探してくれ!」
……ま、どうせそんなことだろうと思ってたけどね。わたしは、興奮する神楽くんを落ち着かせて話を聞いた。
「朝、食卓の上にこんな手紙が置いてあったんだ」
そう言って、神楽くんはわたしにアニメキャラの入ったピンクの便箋を手渡した。そこには、お世辞にもキレイとは言えない文字でこう書かれていた。
ユーイチへ
ちょっと、ひとりでお墓参りに行ってくるねぇ
慣れた道だから心配ナッシング
玲様と、のんびりおうちで友情を深めててチョーダイ
ではでは、
ユーリ
P.S.
今日からアタシのお母さん役を解雇します
アンタももう中学生なんだから、お母さんなんてキモいよ
(そっか、悠里ちゃん、わたしを応援するって本気だったんだ)
ありがとう、マイフレンド。
熱くなった目頭をおさえるわたしの隣で、神楽くんも泣きそうな顔になっていた。
「……うーん、神楽くん。まあ、母親役をクビになって寂しい気持ちはわかるけど、アンタもそろそろ子離れするチャンスなんじゃない」
「そうじゃないんだ」
「なにが?」
「悠里が危ないんだ。だから一緒に探してくれ」
「危ないって、いくら山の中っていっても慣れた道なんでしょ。心配ないって書いてあるじゃない」
神楽くんはグッと唇を噛み締めた。
「これから話すことは、今まで誰にも、悠里にも話したことがないんだ。信じてもらえるかわからないけど」
「……う、うん」
彼の顔は真剣そのものだ。っていうか、いつものほほんとした神楽くんがなんだか急に男っぽく見えて、ちょっとだけドキドキしてしまう。
ところが、
「前に、須崎さん言ったことあるよね。僕が毎日悠里にいろいろと貸して上げられるのはおかしいって」
(!?!)
神楽くんの切り出した話は、どうやら例の神楽くんの秘密に関係することらしい。突然の話の展開に、わたしはあいづちを打つのもわすれて息を呑んだ。
「あのとき予知能力や魔法を使ってるわけじゃないって言ったけど、実は、前もって悠里に必要なものがわかるのには、理由があるんだ」
やっぱり、そうだったのか。
あまりの緊張に、手が汗ばんでくる。
わたしと隣の席になって一ヶ月、いや、聞いたところによるとおよそ二年にわたって、神楽くんは神懸り的な準備の良さを発揮してきた。それが偶然なわけはない、何か秘密があるはずだと信じてはいたけど、こうやっていざ彼自身から告白されるとなると胸のドキドキがとまらなくなる。
わたしは、全神経を集中して神楽くんの次の一言を待った。やがて、彼の乾燥気味の唇が動いて言葉を紡ぎ出した。
「実は、それは全部……幽霊のおかげなんだ」




