4-3 バス旅行
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わたしたちを乗せたバスは、駅前から国道を西へ向かった。
窓辺の景色が、住宅街からだんだん田園風景に変わっていく。
バスはこれから多々良山地に分け入り、時刻表通りだと三時間かけて終点の吉野泊にたどり着くらしい。その村から更に山を一つ越えたところに、悠里ちゃんのお母さんの実家とお墓があるんだそうだ。
ちょうど農閑期なんだろう。窓から見える田畑は作物が刈り取られて寒々としていた。
バスの中も、わたしたちの他にはお年寄りが二、三人いるだけで、なんとなく寂しい雰囲気だ。バス停に止まっても人の乗り降りはまばらだし、皆一様に暗い表情をして押し黙っている。
そんな中、わたしたち三人だけが異常な盛り上がりを見せていた。
なにしろ、神楽くんの大きいショルダーバッグからは、トランとかウノとかの遊び道具や、お菓子や飲み物が次から次へと出てくるんだ。
悠里ちゃんは、チョコを歯につけたまま笑って言った。
「お墓参りには去年も来てるんだけど、こんなに楽しいのは初めてだよ。いつもはお父さんと二人でしょ。妙にしんみりしちゃってさ。お母さんはにぎやかなことが好きだったから、二人が来てくれてきっと喜ぶと思うな。あ、そういえば祐一は前に一度来てくれたことがあったよね」
「ああ、お墓が出来たときにな」
「へー、でも墓地じゃないところにお墓があるってちょっと不思議なカンジね」
悠里ちゃんのお母さんのお墓は、普通の「何々家の墓」っていうんじゃなくて、彼女の実家の裏山の頂上に造られているんだそうだ。
「うん、でもすごく素敵なお墓だったよ。とにかく見晴らしのいいところでね。小さな山の頂上なんだけど、海が見えるんだ。でも、不便って言えばメチャクチャ不便かな。結構歩かなきゃいけないし、急な坂道もあるし。なあ、まさか僕、ホントにセーラー服で山に登るわけじゃないよな」
神楽くんの不安そうな表情に、わたしと悠里ちゃんは顔を見合わせてほくそ笑む。
「どうしようかな、ねえ玲様はどう思う?」
「もちろん、セーラー服登山に決定でしょ。でも残念だなあ。こんなことなら、わたしも中学の制服を持ってくるんだった」
「そっか、玲様、桜女学館なんだよね。あそこの制服可愛いよね。ブレザーで」
悠里ちゃんはうらやましそうに言った。そうだろうそうだろう。桜女学館は単に有名進学校ってだけじゃなくて、チェックのスカートと短い丈のブレザーが超おしゃれな女子憧れの学校なんだ。
「でも」
わたしは隣の神楽祐一をマジマジと眺めた。正直、市立中学のセーラーなんて田舎臭いと思ってたけど、こうしてみると結構イケてるかもしれない。
「まあ、そっちのセーラー服もなかなかじゃない」
「あんまりジロジロ見るなよ。あと、約束だからね。家に帰ったら絶対に携帯のデータ消してくれよ」
「さー、どうしようかな」
わたしと悠里ちゃんは撮り貯めた写真を眺めた。こうしてみると、神楽くんは完全に女の子にしか見えない。これだけ女装が似合う男子を、ランキングの中には置いておけないぞ。少なくとも上の下、うまくすると上の中くらいには行くかもしれない。
(でも、さっきから、何か大事なことを忘れてる気がするのよね)
携帯を眺めながら、わたしはそんな不安な思いに駆られていた。何か忘れてるんだけど、どうしても思い出せない。
(でも、まあいいか、思い出せないってことは、大したことじゃないんでしょ)
とりあえず気にしないことにして、バッテリーを長持ちさせるために携帯の電源を切ってポーチにしまう。すると、悠里ちゃんが心の底からうらやましそうな声を出した。
「玲様いいなあ」
「え? 何が?」
「ケータイ。ウチはお父さんが絶対ダメだって、買ってくれないんだよね」
「どうして? やっぱり危ないって? ウチのお父さんも出会い系がどうとかごちゃごちゃ言ってたけど、そういう時はこういえば一発よ『お父さん、私のこと信じてくれないの?』ってね」
「そうじゃなくてさ。お父さん、『オマエは携帯電話なんか買っても一日で失くすに決まってる』なんて言うんだよ。そんなことないと思うんだけどなあ」
悠里の言葉に、ワタシと神楽くんは思わず顔を見合わせた。なるほど、こればっかりはお父さんの方が正しいだろう。
それからわたしは心にひっかかっていた素朴な疑問を口にした。
「そういえば、これから行くところは悠里ちゃんのお母さんの実家なんだよね。普通だったら、三谷さんのお母さんは、お父さん筋のお墓に入るもんじゃないの?」
その言葉を聞いた悠里ちゃんの顔が曇る。
しまった。お墓のことっていうのはデリケートな問題なんだ。お嫁さんが、「お舅さんと一緒の墓に入るのは絶対イヤ」とか言ったりするのはよくある話だし……
「ゴメン、今のはなかったことにして」
わたしが謝ると、横から神楽くんが口をはさむ。
「ううん、別に須崎さんが謝るような特別な事情があったわけじゃなくて、実家の裏山にお墓を造ってほしいってのが沙希さんの遺言だったってだけの話さ。さっきも言ったけど、山の頂上にあるお墓でね。見晴らしはいいし、とにかくすごくいいところなんだ」
「沙希……さん?」
「ああ、亡くなった悠里のお母さん。すっごく綺麗な人だったんだよ」
「へえ、そうなんだぁ」
なんだろう。神楽くんが他の女の人を褒めるのを聞くと、妙にイライラする。
これがジェラシーってやつなのか?
ってことは、やっぱりわたしはホントに神楽祐一のことが好きなんだろうか?
でも、ちょっとおかしくないか。悠里ちゃんのお母さんならどんなに若くたって三十歳は越えているわけで、さすがに恋愛対象にはならないだろう。そんなオバさんに対してまでヤキモチを焼くなんて、どんだけ嫉妬深いんだわたしは。
「お母さん、白血病でね。死んじゃう一年くらい前からずっと入院してたんだ。その一年の間、アタシには『早く良くなって帰ってくる』ってそればっかり言ってたんだよ。でも、そんな遺言を遺すってことは、ホントは自分が死んじゃうってわかってたんだよね」
そうか、それで悠里ちゃんは暗い顔をしてたのか。
いかんいかん、わたしは神楽くんと一緒の旅行だなんて浮かれ気分だけど、ホントはこれは悠里ちゃんのお母さんのお墓参りなんだ。
何を隠そう、わたしはこれまでお墓参りというものをしたことが無かった。パパもママも両方の祖父母も健在だし、身近な知り合いが死んでしまったことすらない。だから、早くにお母さんを亡くした悠里ちゃんの気持ちを、ホントは全然わかってないんだろう。
(人は死んだら、どうなるのか)
わたしの考えはこうだった。
(人は死んでも、どうにもならない)
死体は焼かれてなくなるし、魂とか霊魂とかだって残りはしない。生まれ変わりや死後の世界なんてものも存在しない。仮に生まれ変わりがあったとしても過去の記憶は一切残らないし、死後の世界があっても行ったきりで二度とこの世界には戻って来れない。つまり、存在しないのと同じことなのだ。
だから、何かの歌じゃないけど、お墓の中には誰もいないし何もない。
でも、それは身近に死を経験していないわたしだから言えることなんだ。
そっと、悠里ちゃんの手を握った。
「じゃあ悠里ちゃんがお墓参りに行ったら、きっとお母さん喜ぶね。悠里ちゃんがこんなにイイコに育って、しかももう中学生だもんね」
「そうかな」
「そうに決まってるでしょ。こんなに可愛い娘が訊ねてくるんだもん。だから元気出しなよ。悠里ちゃんが幸せで元気でいれば天国のお母様も嬉しいし、悠里ちゃんが悲しんでたら悲しくなると思う」
それはたぶんウソだった。
死んだお母さんは、喜んだり悲しんだりはしない。でも、どうしようもない悲しみを忘れて前向きに生きるために、ちょっとだけ人はウソをついたり、ウソだとわかってても信じたフリをする。それでいいんだよね。
気が付くと、隣で神楽くんが泣きそうな目をしていた。
その姿があまりに可愛くて、思わずまた写メってしまう。
「何するんだよ。やめてよ」
泣きながら身体をくねらせて抵抗するから、わたしはさらに写真を撮りまくった。
「絶対、他の人に見せちゃダメだからね」
「見せない見せない」
「伊藤くんとかにも見せちゃダメだからね」
「なんで、伊藤亮介が出てくんのよ……ああっ!」
思い出した。
忘れてた大事なこと。二人を見つけたら、携帯で伊藤亮介に連絡をする約束だったんだ。
あわてて電源を入れなおすとと、未読メールと着信記録が二十件近く入っている。それが全部、伊藤亮介からだった。
―そっちはどうだ?―
―どうした? 何かトラブルか?―
―おい、ブス、寝てんのか?―
―おまえ、北口のどこにいるんだ? メールよこせ!―
―まさか、一人で二人に付いてったんじゃないよな。だったら承知しねーぞ!―
時刻を見ると、もう十二時近い。終点の吉野泊まではあと少しだった。ってことは、伊藤亮介は三時間近く、この寒空の下で一人張り込みを続けているわけか……。
(まあ、いいか。それに、神楽くんのこの格好を伊藤亮介に見せるわけにもいかないしね。大丈夫、大丈夫、伊藤亮介のことだから、その内に飽きて家に帰るでしょ)
「玲様、大丈夫? 何か大事なメール?」
「ううん、迷惑メールだった」
過ぎたことを悔いても仕方がない。前向きに生きるために何かを信じるっていうのは必要なことだよね。
わたしは目をつぶって、携帯の電源をオフにした。




