4-2 制服の少女
「すいません、トイレ借ります」
店員さんに声を掛けてお店の奥のトイレに入ろうとすると、先客がいたらしくいきなりドアが開いた。
(??)
さっきまで、このコンビニにわたし以外のお客はいなかったはずなのに?
トイレの中から出てきたのは、紺のコートを着た女子中学生だった。近くの市立中学の指定コートを着て、風邪を引いているのかマスクにマフラーという重装備だ。
(もしかして、悠里ちゃん?)
と思ったけど、目の前の女子中学生は明らかに三谷悠里よりも背が低い。
中学生は、わたしをみると驚いた様にビクンと身体を振るわせた。手にした大きなボストンバックの持ち手に、どこかで見たような熊の人形が結ばれている。
ちょっと、待って?
もしかして、もしかすると……このヒト……
声を掛けようにも、あまりの驚きに咽喉がかすれて声がでない。まごまごしているわたしの背後から、聞き覚えのある声がした。
「ねえ、もうすぐバス出るよ。早く出て来なよ」
悠里ちゃんの声だ。あわてて振り返ると、そこにはショートカットに日に焼けた肌の三谷悠里がいた。
「み、三谷……さん」
悠里ちゃんはわたしに気が付くと、いつもの調子で人懐っこい笑みを浮かべた。
「あ、玲様、オハヨー。土偶だねー、こんなところで会うなんて」
「土偶って、ああ、奇遇ね……そ、そうね、」
言葉に詰まった。いくら脳内とはいえ、さっきまでさんざん価値がない女扱いしていたから、まともに悠里ちゃんの笑顔をみれない。すると彼女は、そんなわたしの肩をポンポンと叩いた。
「どうしたの? 玲様元気ないね? それに、三谷さんなんてやめて言ったでしょ。悠里って呼んでよ。一緒に映画見に行った仲なんだし」
うー、この子はいい子だ。なのにゴメンね。さっきのは嘘。本心じゃないんだよ。わたしはムリヤリ笑顔を作った。
「そんなことないよ。元気、元気。それより悠里ちゃんのそれ、制服?」
今日の彼女は、学校でも時々見せるパンツルックだった。けれど、穿いているズボンはただのズボンじゃないし、腕に抱えているのも普通のジャケットじゃない。
「見て見て、結構似合うでしょ。来年から着る中学の制服なんだよ。これからお母さんのお墓に行って、制服姿を見てもらうんだ」
「そ、そうなの。でも悠里ちゃん、悠里ちゃんが着てるのって男子の制服じゃない?」
悠里ちゃんが手にしているのは中学生男子用の詰襟制服、つまり学ラン。穿いているのも男子用の制服ズボンだった。それを指摘されても、彼女にはまったく悪びれる様子がない。
「だってアタシ、あんまりスカート穿いたことないんだもん。なんかスースーしてヤなんだよね。もちろん来年になったら頑張るけど、とりあえずお墓参りの間はズボンでいいや」
「いいやって、お母様はちゃんとした制服姿を見たいんじゃない?」
「うん。だからそれは、祐一に任せた」
「??」
「セーラー服は、祐一に着てもらうことにしたから。ね、祐一」
やっぱり、そうなの?
わたしは、恐る恐る振り返ってトイレから出てきたばかりの女子中学生をガン見した。
彼女は大きめのマスクをして、さらにマフラーで顔をグルグル巻きにしている。しっかり変装したつもりかもしれないけど、目元までは隠せない。
前髪に隠れた、細くて少し垂れ気味の目。
間違いない、ここにいるのは神楽祐一その人だ。
神楽くんは、頬を真っ赤に染めると声を震わせながら言った。
「須崎さん、僕言ったよね。もし付いてきたら絶交だ、って」
数日前は胸を締め付けられたその言葉も、セーラー服少女から聞かされるとまったく迫力を感じなかった。
わたしの唇から、自然に笑みがこぼれる。
「フッフッフッ、神楽祐一、アンタなんてカッコしてるの? もしかして、そういう趣味だったの?」
「そんなわけないだろ! これは悠里がどうしてもって言うから仕方なく……」
なるほど、普段ボーイッシュな悠里ちゃんは、スカートがいやで代わりに神楽祐一にセーラー服を着せてるのか。悠里ちゃんのために生理用品まで用意する神楽くんだから、彼女に頼まれたら、きっと女装だって二つ返事でOKするに違いない。
でもそんなんでお参りされちゃあ、墓の下のお母さんは泣いてるぞ、と思うけど……しかし、目の前でいかにも恥ずかしそうに身をよじる神楽祐一の姿は、なんというか、こう……アリだった。
ピンピロリーン
わたしは思わず携帯で神楽くんのセーラー服姿を撮影していた。
「な、何すんだ。ヤメてくれよ!」
「あら、絶交なんじゃなかったの? まあ、神楽くんがそんなこと言える立場かどうかはわかんないけどね」
なんだか、急に目の前が明るくなった気がする。
そうだ。つまり、神楽くんが付いて来るなっていったのは、わたしたちにセーラー服姿を見られたくなかったからなんだ。
神楽祐一は、顔に巻かれたマフラーを剥がしながら言った。
「もう我慢できない。これは脱ぐ。だいたいよく考えたら、今から着てなくったって、お墓の前で着替えりゃいいだけの話だろ」
「えーっ、祐一似あうのに!」
悠里ちゃんがブーイングする。確かに、ここで脱がせるのはもったいない。
「そうよ。せっかくなんだからずっと着てなさい。もし脱いだりしたら、さっきの写メ、わたしのアドレス帳全員に一斉送信するわよ」
「なっ、須崎さん、キミねえ!」
「あと、お墓参りにも同行させてもらいますからね。悠里ちゃん、いいでしょ」
「玲様も一緒に来てくれるの? もちろん大歓迎。お母さんもきっと喜ぶよ」
「悠里、何言ってんだ? 泊めてくれるおじいさんちの都合だってあるだろ」
「平気だよ。おじいちゃんアタシの言うことなら何でも聞いてくれるもん」
「悠里ちゃん、ありがと。じゃあ、神楽くんも文句ないわよね。何と言っても、お母様のお墓参りに行くのは悠里ちゃんで、アンタはただの付き添いなんだから」
「うぐぐぐぐぅ」
数分後。
バスターミナルの出るバスの後部座席には、仲良く並ぶ三人の女の子の姿があった。




