4-1 まちぶせ
(4)
次の土曜日の朝。わたしは、伊藤亮介と駅前のバス乗り場で待ち合わせをしていた。
「たいちょぉー! ご苦労様です!」
通りの向こうから、バカが大声を上げて駆け寄ってくる。
「それはもういいわよ」
「レンジャー!」
「レンジャーもういいって言ってるの」
わたしの言葉に、伊藤亮介は少し残念そうな顔をする。
「あ、そうか? 実は結構気に入ってたんだけどな」
呆れてため息をついた。
まあたしかに、単細胞なこいつならレンジャー部隊とか軍隊とかに入ったら案外出世するかもしれない。
「それより須崎はもう来ないもんだと思ってたんだけど、いいのか? 勝手について来たら絶交されちまうかもしれねぇぞ。なんで気が変わったんだ?」
「……夢を見たの」
「夢?」
昨日の夜、遊園地の夢を見た。
夢の中でわたしは神楽祐一と二人では遊園地に行き、そこでなんと結婚式を挙げることになっていた。
晴れた空の下、バージンロードを歩く二人。
どういうわけか、ウェディングドレスを着ているのは神楽くんで、わたしはタキシード姿だった。わたしが花婿で神楽くんが花嫁という設定らしい。
でも、まあそこまでは良かったんだ。神楽くんの花嫁姿は結構似合っていたし。
様子がおかしくなったのは、参列者の中に神楽くんの娘がいたことだ。もちろん、その娘っていうのは悠里ちゃんだった。
結婚式がはじまると、悠里ちゃんはやれ消しゴムを忘れただのエプロンを忘れただの騒ぎまくり、そのたびに神楽くんが世話を焼くハメになる。そして、とうとう神楽くんと悠里ちゃんは結婚式を放り出してどこかへ行ってしまった。
きっと、アレは予知夢だ。
せっかくわたしが神楽くんからデートのお誘いを受けたっていうのに、このままじゃ必ず三谷さんも付いてくる。別にそこまで神楽くんとのデートを楽しみにしてるわけじゃないけれど、人生初のデートをいい思い出にしたいと願うのは女子として当然の権利だ。
そのためには、あの二人の仲がこれ以上進展しないようにしなくちゃ。
「うるさいわね。どうでもいいでしょ。それより、どのバスに乗ればいいの?」
わたしの質問に、伊藤亮介は肩をすくめた。
「それがわかりゃ、苦労しねえよ」
結局、神楽くんはわたしたちがお墓参りに付いていくことを許してくれなかったんだそうだ。ただ悠里ちゃんから漏れ聞いた情報によると、二人の出発は本日、場所は駅前のバスターミナルで間違いないらしい。
「じゃあ、なに? 今日の何時に、このターミナルのどの乗り場に二人がくるか、全然わからないってこと?」
バスターミナルは結構広くて、1番から17番までの乗り場がある。おまけに駅の北口と南口にわかれていた。
「しょうがないだろ。でも大丈夫、昨日一晩かかって練りに練った作戦があるからな」
「えっ? ……それって、アンタがその頭で考えたの?」
「うっせーなあ、オレだって言うほどバカじゃねえよ。イヤなら帰れ」
「誰もイヤなんて言ってないでしょ。聞かせてもらおうじゃないの、その作戦とやらを」
すると伊藤亮介は得意そうに胸を張って、練りに練ったという作戦を披露した。
「作戦はこうだ。オレたちは二手に分かれて張り込む。須崎が北口で、オレが南口にしよう。でもってバスの乗り場をこっそり監視する。どちらかがうまく二人を見つけたら、ケータイで連絡を取り合おう。で、こっそり後をつけて一緒のバスに乗り込む。あとは目的地までゴーだ。さすがに現地についてしまったら、神楽も帰れとは言わないだろう」
「それって作戦? ただ待ち伏せするだけじゃん」
わたしは呆れるを通り越して、すこし感心してしまった。作戦を練りに練っていたら一回りしてずいぶん薄っぺらになっちゃったってわけね。
「うっせーな、シンプルイズベストなんだよ。いいか、この作戦で肝心なのは目的地に着くまで絶対二人に気づかれないことだぞ」
伊藤亮介は、不必要に大きな声を出して不利な立場をごまかそうとする。まあ、男子にはよくあることだ。
「OK、その作戦でいきましょ。アンタこそ、みつかんないでよ」
しかたなく、わたしは伊藤亮介の作戦に乗っかることにした。まあたしかに、この際、単純に待ち伏せするしかない気はするし。
北口のバスターミナルは、だだっ広いアスファルトの上にポツポツとバス停の標識が立っているだけだった。辺りをヒューヒューと冷たい北風が吹きぬける。毛糸の手袋にマフラーにダッフルコートという最強装備でも、寒さが染み込んでくるようだった。
伊藤亮介に言われたとおり、二人に見つからないよう、どこかに隠れてバスターミナルを監視しなくちゃならない。辺りを見回して、上手い具合にバスターミナルから車道を一本はさんだ向かいにコンビニがあるのを発見した。
コンビニの中に入って一息ついていると、携帯電話が鳴る。
「おう、須崎、大丈夫か?」
伊藤亮介だった。
「ちょうどコンビニがあったからそこに避難してる」
「そりゃいいな。こっちは電話ボックスぐらいしかねえや。うーっ寒ぅ」
「頑張って。二人を発見したらすぐに電話ちょうだいね」
「おう、須崎も、三谷さんを見つけたらソッコー電話くれよ」
「うん」
時計を見ると、朝の九時過ぎだ。
ちょっと心配になった。伊藤亮介に電話をしようとしたけど、電池の残量が気になってメールにした。
―まさか、もう出発した後ってことはないよね。―
絵文字は入れない。っていうか伊藤亮介に打つ絵文字はない。すると、アイツもヒマなんだろう。すぐに返事が来た。
―これも三谷さん情報だけど、彼女、土曜日朝八時半のアニメは絶対リアルタイムで観るんだって。だから九時前に出発することはないはずだよ―
(ふーん、アニメねえ)
雑誌売り場を眺めるフリをしながら、外のバスターミナルに目を配る。今日の寒さのせいか、それとも長引く不況のせいなのか、ターミナルを利用する乗客はまばらで、しかも皆の表情は暗かった。
別に、わたしは悠里ちゃんのことが嫌いってわけじゃない。映画のときの印象では、むしろけっこう気さくないい子だと思った。小学六年にもなって土曜のアニメを欠かさないってことだって、それを責めるつもりはない。
でも、内心湧き上がる気持ちを抑えつけることができなかった。
彼女は――そんなに価値のある女の子だろうか?
神楽くんがあんな風に甲斐甲斐しく面倒を見たり、伊藤亮介が(あいつはバカだから仕方ないかもしれないけど)夢中になったりするほどの女子だとは思えない。たしかに可愛くないとは言わないけど、同じボーイッシュ系でも三組の原田さんとか一組の一条さんとかの方がよっぽどランクが上なのに……
「……わたしって、イヤな子だ」
こんなことを考えるなんて、どうかしてる。
これまでのわたしは、こんな子じゃなかった。須崎玲菜はもっと自分に自信満々だった。他人のことをいちいち気にしたり、ましてや価値があるとかないとかで友達をランク付けしたりする子じゃなかったはずだ。
それが、どうしちゃったんだろう。
くだらないことが気になったり、イライラしたり。今日だってそうだ。同級生の非行を阻止するとかワケのわからない理由で、こんな所でストーカーみたいなことをしてるなんて。
もしかして、わたしはホントに神楽くんのことが好きなんだろうか?
そんなこと、ありうるのかな。わたしは彼のことは何にも知らない。六年で一回隣の席になっただけ、一回映画を観に行っただけ(しかも四人で)、一回割ぽう着が似合うって言われただけだ。
……でも、似合うって言われたときは嬉しかったな。
そしてそれ以上に、お墓参りについてきちゃダメっていわれたときはショックだった。なんで神楽くんは、あんなに嫌がったんだろう。ついてきたら絶交だ、なんて。
よっぽど、悠里ちゃんと二人っきりがいいのかな?
悠里ちゃんがそこまで価値がある女の子だとは思えないんですけど……あ、思考がループしてしまった。
ダメだ、わたし。
(なんか、吐きそう……)
だんだん、胃がムカムカしてきた。どうする? コンビニのトイレを借りようか? でも、その間に二人が来ちゃったらマズイしな。
そもそも、なんだってわたしがこんな目に合わなきゃいけないんだろう。
コレも全部、神楽祐一のせいだ。
墓参りくらいついていかせてくれたっていいじゃないの。そんなに悠里ちゃんと二人きりがいいってのか、あのエロ小学生。だいたい、悠里ちゃんにそこまでの価値があるとは思えないんですけど……って、ああ、またループ。しかもだんだん回転のサイクルが速くなってるし。
(もう我慢できない、トイレに行って来よう)
とうとう胃のムカつきに耐えられなくなって、コンビニのトイレを借りることにした。




