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ゼロゼロ! ~距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ~【改稿版】  作者: 空色いろはに


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07話 新学期、片耳だけ空けた距離②

「勝手に決めつけないで。あたし楽しくなさそうにしてた? それなら謝るけど」


 オレは言葉を失う。


 楽しくなさそうだったか、と聞かれて思い返す。

 笑っていた。

 ずっと。

 無理してる感じも、少なくとも分かりやすくはなかった。


 答えが出ないまま、


「そういう意味じゃなくて……」


 それだけ返す。

 如月さんはじっと見ている。

 さっきまでの柔らかさはなくて、棘のある視線。


 でも、その表情さえ。


(……可愛い)


 頬を膨らませて、むすっとしているのに崩れない。

 普段とのギャップのせいで、余計に印象に残る。


「……如月さんがオレといる理由が分からなくて」


 如月さんの口元が、かすかに動くのが見えたが、オレは一気に吐き出した。


「普通に考えておかしいだろ。クラスの中心にいる人が、わざわざオレみたいなのと一緒に帰るとか」


 言ってから、もちろん後悔する。

 如月さんが、気をつかい続けてくれたことを否定している。


(最悪だろ……)


「だから……罰ゲームとか、そういうのだって思ってた」


 言い切ったあと、沈黙が落ちた。

 如月さんの表情は、動かない。


 やがて口を開くと、


「じゃあさ、断ればいいじゃん」


 声を震わせ、一歩近づいてくる。


「こっちだって期待して、浮かれてたの。バカみたいじゃん」


 何も言えなくなる。


「松前くんには、罰ゲームにしか見えなかったんだ」


 まっすぐ向けられる視線の中、


(違う……いや、でも……)


 言い訳が浮かんでは消えて、何を言っても言い逃れにしかならない。

 自分が傷つけたのは分かるが、空気の直し方が分からない。


(違う、けど……じゃあなんだ)


 罰ゲームだと決めつけたが、一緒に帰れたことまで嫌だったわけじゃない。

 まともな言葉は出そうにないのに、なにか言わなきゃという焦りだけが先にくる。

 口をついて出た。


「罰ゲームだとしても、嬉しかったから」


「……はぇ?」


 小さく漏れた声は、さっきまでの強さが嘘みたいに弱かった。

 如月さんの顔が、一気に真っ赤に染まった。


「嬉しかったって」


 如月さんは、もう一歩近づく。

 さっきより、さらに距離が詰まる。


 罰ゲームだとしても、それでも。


(……ちゃんと、嬉しかった)


 目の前にいるのはあの如月さんで、並んで歩いて、少し話した。

 それだけで、もう十分だった。


「……一緒に帰れて」


 さらに言葉を重ねる。

 如月さんからの返事は、なかった。


(……終わったな)


 言い方は最悪だし、なんのフォローにもなっていない。

 それでも、これ以上とりつくろうよりマシだと思う。


 如月さんは何か言いたそうに唇を動かして、閉じる。

 まだ怒った顔のままだが、さっきほどまっすぐ責める感じではない。

 視線を落とした。


「ご、ごめん……あたし感じ悪かったよね。そんなん先に言ってくれてれば、勘違いしなかったのに」


(違う、そうじゃない)


 謝らせたいわけじゃなかったのに、うまく伝えられない。


「……いや。別に、感じ悪いとか思ってない」


「怒ってないの?」


「……怒ってない」


 うまく自分の言葉が出てこない。

 如月さんが言ったことを反復しているだけだ。


 でも、如月さんは、ほっとした顔で笑ったあと


「松前くん、優しいね。だから早めに帰してくれようとしてたんだ………ありがとね」


 やんわりと言う。

 急に空気が軽くなった。


 如月さんの目が泳いで、自分の指先を絡めたり、離したりしている。


「ま、松前くんてさ……そういうの、けっこう平気で言うんだね。口説き文句みたいなの」


「言ってない」


 即座に否定する。

 口説き文句なんて、口の上手いやつができることだ。

 自分にはほど遠いこと、言えるわけがない。


 如月さんが、むっとした顔になる。


「言ったよ、一緒に帰れて嬉しいって」


(それが口説き文句……?)


「違う。それはただの事実」


 口説いたわけじゃない。

 そもそも如月さんは、オレなんかが気安く口説いていい人物だということくらいは理解していた。


 如月さんは耳まで赤くして、困った顔をしている。

 視線が定まらないまま、焦っている。

 何を焦っているのか分からないが。


(おい……なんか、また気まずくなったぞ)


 なんでこんな、すぐ変な空気になる。

 そもそも罰ゲームじゃないなら、如月さんはなんでオレと帰る必要がある。


 結局、わからないのはそこだ。

 それを分からないままにするから、きっと変になってる。


「如月さんがオレと帰る理由ってなに?」


 聞いた。

 如月さんは、少しだけ言いにくそうに話し出した。


「今日は全然喋れなかったから、今しかないなって。松前くん、その……ずっとイヤホンしてたし。音楽好きでしょ? 聴いてるの邪魔しちゃ悪いかなって。授業中以外、ずっとしてたから……話しかけるタイミング、帰り際までなくて」


 授業中以外、ずっと。

 ずっと見ていたと分かる言い方に引っかかる。


 けれどすぐに、自分が気にするのはそこじゃないと気づく。


(……オレのせいか)


 今日、如月さんと言葉を交わしたのは朝の挨拶だけだ。

 だから、放課後に急に誘われたことが、オレにはおかしなことだと思った。


(だから罰ゲームだと思った)


 でも、如月さんは話しかけようとしてくれていて、声をかけるタイミングを探ってくれていた。

 なのに。


(自分で壁《げんいん》つくってた……)


 無意識にやっていたことを、初めて言語化する。

 ふさいでいたのは耳だけじゃなく、人との距離もまわりの空気もだ。


 イヤホンを外していたら、少なくとも話しかけられる余地はあった。

 罰ゲームだろ、と決めつけることもなかった。


(でも、なんでそれがオレなんだ)


 次にそれがくる。


 今日、話せなかった。

 イヤホンをしていたから。

 そこまでは分かった。


 自分が聞いたのは《オレと帰る理由》だ。

 聞かない方がいい気がした。

 でも、このまま曖昧《あいまい》にしておく方が、もっと危ない。

 勝手に期待しそうになる前に、線を引くべきだ。


 オレは、なるべく声がかたくならないように、責める感じにならないように聞いた。


「喋る相手なら、オレじゃなくてもよくないか?」


「い、いや……松前くんじゃないと……意味ないっていうか」


 昨日も似たようなフレーズを聞いた。

 「松前くんじゃないと意味ない」とは。


 如月さんの目が逃げて、口を開きかけては閉じる。

 すごく言いづらそうだ。


「いま言うと変な誤解されそうで……」


 そこまで言って、また止まった。


(あるのに言えないのか)


「どういう誤解?」


 間を置いて確認するように聞く。

 如月さんはフリーズして、


「え。いや、その……えっと……あの……だから、言いたくなくて……」


 完全に詰まっている。


(言いたくないか、なら仕方ない)


 それ以上踏み込むのは違う。


「……そうか、無理に言わなくていい」


 それだけ返す。


 納得はしていないが、自分のほうが何も言おうとしない人間だ。

 それなのに、如月さんに言わせようとするのは違う。

 言いたくないことをこれ以上詮索するべきじゃない。


 如月さんは小さく息を飲んで、言葉を選び直そうとする。


「ごめん、そうじゃない。言いたくないんじゃなくて……その、今じゃないっていうか」


 声がうわずって、混乱がにじんでいた。

 如月さんの「言いたくない」は拒絶じゃないことに気づく。


(……分かるな、それ)


 頭で整理できていないことを口に出そうとすると、すべてが崩れる。

 たしかに、オレが聞いたことは答えるのが難しいかもしれない。

 人と話す理由なんて、いちいち確認するほうがおかしい。


 それなら、さっきのオレの「無理に言わなくていい」も言い直さないといけない。


「……じゃあ、今じゃなくていい」


 これで終わらせる。

 もう踏み込まない。

 追いかける質問もしない。


 如月さんは、しばらくぼーっとしていた。

 オレの顔を見ながら、どこか遠い目をしている。


「うん」


 短く返ってくる。

 でもその声は、しっかり落ち着いていた。


(これでいいんだろ)


 自分に言い聞かせて前を向く。

 如月さんも、まだ少し赤い顔のまま、ゆっくり歩き出した。


「松前くんってさ」


「ん」


「思ってたとおりの人で安心した」


「……そうか」


 自分でもよく分からない返事だ。

 聞かれなかったことに安心したのか、待ってもらえたことに安心したのか。

 きっと、悪い意味ではないんだろう。


 如月さんは嬉しそうに話を続ける。


「同じクラスになったばっかりで、お互いのこと知らないじゃん? 自己紹介していい?」


「ん」


 自分のことを話すのは苦手だけど、聞くだけならいい。


「あたしセブンて雑誌で読者モデルやってるんだ。まだ全然めだってないけど」


「ふーん」


「あんまり興味ない? なんか最近モデルだからって近づいてくる人多かったから。これ言ったら松前くんも、あたしに興味もってくれるかと思っちゃった」


 如月さんは、苦笑いを浮かべた。


 興味がないわけじゃない。

 ただそれは、モデルとかそういうのじゃない。


 見た目も雰囲気もよくて、空気の作りかたも上手くて、いるだけで場が変わる人だ。

 モデルという肩書きがなくても、十分意識を持っていかれる存在だ。


「いや、噂では知ってたから。それに、モデルだとかはあんまり関係ないし」


 その言葉に、如月さんはすぐには返事をしなかった。

 何かが引っかかったのか、黙って考えこんでいる。


(オレの言い方、まずかったか……)


 言葉を足す。


「如月さんみたいな子だったら、モデルじゃなくても興味はもつ」


 如月さんがちらっとこちらを見てくる。

 顔が真っ赤だった。


 この子は、こっちがなにか言うたび、すぐ赤くなる。

 教室ではいつも愛想笑いで本音を隠しているのに、たまにすごく顔に出るのが不思議だ。


 如月さんが口をひらく。


「興味あるなら、普通はもっといろいろ聞いてくるじゃん?」

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