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ゼロゼロ! ~距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ~【改稿版】  作者: 空色いろはに


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04話 新学期、如月さんの誘い④

「お待たせー」


 如月さんが部屋の扉をあけた瞬間、騒いでいた声が止まった。

 何人もの視線がいっせいにこちらへ向く。


「如月さんマジで来た」


「なんで如月さんが松前と?」


「えー! 二人ってどういう関係?」


(やっぱりそうなるか……)


 居心地が悪い。

 できることなら、今すぐ入口から出ていきたい。


 誰かが隣にいるってだけで、如月さんは説明しなきゃいけないことが多そうだ。


 如月さんは、まわりの反応を見てふっと笑った。

 からかわれて照れた様子はない。


(……慣れてる)


 如月さんは、こういう空気の逃しかたを知っている。

 オレなら黙るしかない場面も、彼女は笑顔ひとつで軽く流してしまえる。


「あたしが誘ったから案内してたんだよー」


 にごさず、隠すつもりもないように、如月さんはあっさり答えた。


「え、如月さんが誘ったの?」


「うん」


 如月さんは笑顔のままうなずいてから、指を伸ばして奥の席をしめした。


「松前くん、あっちの席だよ」


 笑ったときの目元がやわらかい。

 ここに来る前と違って落ち着いた雰囲気があり、周囲の騒がしさと少し浮いて見えた。


 如月さんは、オレの隣に並びながらも、扉の取っ手の前に立っている。

 逃げ道をふさいできている気がする。


(わざとじゃないよな……?)


 すぐに動けずにいると、


「ほら、座って?」


 一歩前へ出て、体温を感じられそうな近さで、にっこり笑いかけてくる。


 オレは如月さんから離れようと後ずさりして、結局あいている壁際の席へ行きついた。

 如月さんは距離をじりじり詰めながら、まっすぐこちらを見て言った。


「松前くん、そこに座って」


 抵抗する気はないが、距離が近い。

 でもそれを指摘すると、きっとおかしな空気になる。


 オレは黙って席に座ると、なるべく壁際へ寄った。


 如月さんは当然のようにオレの隣に腰をおろした。


(近いっ!)


 肩が触れそうなくらい近くて、ふわりと花のような匂いがする。


「なに? 席まで隣?」


 誰かの声と、周りからの視線が刺さる。


(無理だろこの雰囲気……)


 しかし、すでに壁際だったので避けるスペースがない。


「き、如月…さん…」


 オレは如月さんにだけ聞こえる音量で声をかけた。


 如月さんが


「ん?」


 と顔を寄せてくる。

 さらに距離が近くなった。


「ちょっと、近くないか…」


 小声で訴えると、如月さんはさらに詰めてくる。


「なに、聞こえない」


(悪化してる……)


「……なんでもない」


 オレがあきらめると、如月さんは照れたみたいな笑いを浮かべる。


(……可愛い)


 視線の置き場がなくなって、顔をそむけるように逸らした。


「松前くん、飲み物頼もう。飲み放題だから、ここから選んで」


 如月さんがオレの膝の上にメニュー表をおいてくる。


(なんでそこに置く)


 如月さんの手の甲が、オレの足に触れたまま離れない。

 オレの心臓がやたらうるさい。


 わざと触っている感じには見えない。

 お互いの熱が移るみたいで、妙に意識する。


 いや、さっさと飲み物を決めれば終わる。


「コーラ……」


 オレが答えると、如月さんの口元が小さくゆるんだ。


「食べ物も一人一品選べるよ。なににする?」


「から揚げ」


 この状況を早く終わらせるため、なるべく早く答える。

 考えている余裕などオレにはない。


「いいね、ここのから揚げ美味しいよー」


 如月さんの目が細まって、笑顔になる。

 なんか、いちいち嬉しそうだ。


 オレの足からやっと手が離れ、如月さんはタブレットで注文を済ませた。

 孤立気味のオレにまで率先して注文を聞いてくれるあたり、如月さんがクラスの中心にいる理由もうなずけた。


「じゃあ景気づけに誰歌うー?」


「お前からいけよー!」


 マイクが回り始める。


 オレはソファの背もたれへぐっと背中をつけた。

 騒がしい場所というのが、そもそも苦手だった。

 だから、外ではイヤホンが手放せない。


 如月さんが小声で聞いてくる。


「大丈夫?」


「……なにが」


「帰りたくなってる?」


 不安そうに首をかしげて覗き込んでくる。

 周囲への作った笑顔とは違う顔だった。

 大きめの瞳、心配そうに下がる目尻。


 近い距離で見える顔はやはり整っている。


「……別に」


 如月さんはおろおろした様子で、視線が落ち着かなく揺れて、膝の上で指先を握った。


「あ、なにか歌う? いや、無理にとは言わないけど。もし何かあればっていうか」


 さっきまでの余裕ある感じとは違う。

 オレの様子を見て、なんとかしようとしてる顔だった。


「……いや、歌わない」


「だよね!」


 如月さんは、無理に明るく笑った。


「じゃあ、その……話しよう!」


 歌わない→じゃあ話そう、の流れが理解できない。


「えっとー…」


 と、詰まる如月さんを見て、気づく。


(そういえば……この子、さっきからオレとしか喋ってない)


 周りはもう曲の準備だとか、誰が次に歌うとかで盛り上がっている。

 誰かが如月さんの名前を呼んで、手を振っていた。


 あそこへ行けばすぐに混ざれる。

 ちゃんと場の中心にいられる。


(……如月さんは、あっち側だろ)


 なのに如月さんは、壁際で黙っているだけの自分に、何度も話を振っている。

 それはありがたいというより、申し訳ない気持ちになる。


「如月さん、オレのことは放っておいてくれていい」


 如月さんの動きがぴたりと止まった。


「え」


 短い声のあと、如月さんの言葉が止まった。


「ほら、誘ったのあたしだし」


 如月さんは笑顔をつくろうとしたみたいに、口元が揺れた。

 その言い方は、さっきまでの軽さがない。


 オレは眉間に小さく力を入れる。


 理解が追いつかない。

 気をつかわれる理由がわからない。

 自分はただの人数合わせのはずだ。


 オレの隣にいる理由が、気をつかっているだけなんだとしたら。


「如月さんはみんなと楽しんできていい」


 如月さんは言葉に詰まったように止まって、


「……ん」


 消え入りそうな声が返ってくる。


 まわりでは誰かが歌い出して、拍手や笑い声が重なる。

 如月さんは一度だけマイクの方を見て、それからすぐにオレへ視線を戻した。


「あたし、楽しませるって言ったから」


 言ってた。

 距離の近さや気まずさで頭がいっぱいで、オレはその前提を忘れていた。


(じゃあ今のオレ、どう見えてんだ)


 ただ座ってるだけで、喋らなくて、リアクションも薄い。

 それでいて「放っておいて」とか言う。


 オレは、なんとか言葉を探す。


「オレに気をつかい過ぎて、如月さんが楽しめてなさそうだから…」


 自分でも整理できていないとわかる。

 だけど、如月さんは『あっち側』だから。


 如月さんは瞬きを一回して、じっと見てくる。


「楽しいけどなぁ」


「……今はそうは見えない」


「松前くんが、どっか行けみたいなこと言うから」


 その言葉に、オレは止まる。


(……そんなふうに聞こえるのか)


 喉の奥が、ぎゅっと詰まる。

 どう言い直せばいいのか分からなかった。


『歌わない』

『放っておいてくれていい』

『みんなと楽しんできていい』


 確かに、遠ざけるつもりで言った言葉だった。


(やばいな、これ)


 ようやく理解する。

 自分の言葉は、気をつかってくれてる子を傷つけてる。


「そういう意味じゃ……ない」


 オレは短い深呼吸をしてから続けた。


「どっか行けとかも、全然思ってない」


 如月さんは、ひと呼吸置いてから、


「……そっかぁ」


 小さくつぶやいた。

 さっきまでのかたい笑顔や心配そうな目ではなくなって、安心したみたいな、ふにゃっとした顔になった。


(こういう顔もするのか)


 そのとき、ガチャと扉が開く音。


「ドリンクとフードお持ちしましたー」


 店員の明るい声が通る。


「あ、来た」


 如月さんは届いた商品を受け取るため、立ち上がった。

 オレの顔の近くでスカートがひらりと舞う。


(見える…っ!)


 そう思ったのに、反射で視線が上がってしまった。

 暗いスカートの奥の、淡いピンク。

 柔らかそうなレースのふちまで見えた。


 耳まで熱くなる。

 如月さんは気づいていない。

 一瞬だったのに、見えたものが頭から離れない。


 如月さんがぱっと振り返って目が合った。


(……終わった)


 うまく声が出ない。

 しかし、如月さんのほうは


「はい、松前くん」


 何事もなかったみたいに、コーラを差し出してくる。


「あ、あ……ありがと」


 受け取ったときに指先が触れた。

 その感触のせいで、さらに落ち着かなくなる。


 如月さんがソファへ座り直すと、今度は太ももに視線が引っ張られる。


(……見たらダメだ)


 グラスを両手で握りしめて、冷たさで無理やり思考を切り替えようとした。


「松前くんストロー使う?」


「いらない」


 つい、即答した。

 余計な間を作りたくなかった。


 だけど、今のは。


(素っ気なさすぎるだろ…)


「そっかー」


 如月さんは自分の注文したピンク色の飲み物にストローを差して、くるくると回した。


 その動きが、べつに気にしていないという感じに見えて、安堵する。


 オレはコーラを一口飲んだ。


(……さっき見たものは、忘れろ)


 自分へ言い聞かせるみたいに、息を整える。

 隣を横目で見た。


 如月さんは、ストローを軽くかみながら、オレの目の前に置かれたから揚げの皿を気にしている。


(なんだ……?)


 ストローをくわえたまま、上目遣いで、こっちを見る。


「……な、なに?」


 思わず聞き返していた。


「松前くんのから揚げ、1つ貰ってもいい」


「……え」


 間の抜けた声が出た。

 なんだ、そんなこと。


「べつにいいよ」


「やった」


 嬉しそうに笑うと、テーブルに置かれた箸を手に取って、如月さんが身を乗り出した。


「では、いただきますねー」


 明るく言うと、から揚げを一つ箸で摘まんで皿へ乗せ、ゆっくり口へ運んで嬉しそうに頬張った。


「やっぱ美味しい」


 と、声を落として笑った。

 手で口元を押さえて、照れたようなその横顔が、今日のなかで一番可愛く見えた。

 

(……こういうの、普通に美味しそうに食うんだな)


 読者モデルで、クラスの中心で、遠い存在で、自分とは違う場所にいる子だった。

 それなのに今は、から揚げひとつ貰っただけで、喜んでいる普通の女の子。


 だけど、それは地味に困る。


(遠い人間だと思ってたほうが、たぶん楽だった)


 如月さんは何も知らない顔で、二個目のから揚げへ手を伸ばしていた。


「えっ、まだ食うの?」


 思わず出た。


 如月さんが驚いて手を引っ込める。


「ご、ごめん。松前くんのだった。美味しくてつい…」


「いや、食ってもいいけど…」


「いいの?」


 顔がぱっと明るくなる。


「ああ」


「えへへ、やったー」


 嬉しそうに笑いながら、ふたたび箸を伸ばした。

 から揚げを摘まむ前に、一回だけオレの方を見て、照れくさそうにする。


 如月さんはから揚げを食べながら、満足そうにこくんとうなずく。

 頬がゆるんでいて、口いっぱいにしたまま幸せそうに目を細めている。


 オレはその表情を見て、


(可愛いな)


 と、思った。


 隣にいるのは、自分だ。

 気の利いたことは言えない。

 盛り上げられるわけじゃない。

 会話すらまともにできていない。


 それなのに如月さんは、つまらなそうにはしていない。

 気づいたら、自分も


(なんか、楽しめてる気がする)


 カラオケが楽しいわけじゃない。

 騒がしい場所は相変わらず苦手だし、できれば早く帰りたい気持ちだって、完全に消えたわけじゃない。


 でも、如月さんが隣で楽しそうにしているだけで、ここにいてもいい、そんな気持ちになった。


 突然、


「お前ら、さっきからなにイチャついてんだ」


 マイク越しの声が飛んだ。


 オレと如月さんの肩が同時に跳ねた。

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