03話 新学期、如月さんの誘い③
(いや待て、二人?)
理解したら、頭の中が一気に忙しくなる。
大勢で移動するものだと思った。
それはそれで嫌だ。
気をつかうし、騒がしいし、どうせ端の方を気まずく歩くことになる。
でも今だけは、そのほうがまだマシに思える。
二人で歩くとなると、逃げ場がない。
何を話せばいいのか分からない。
どこを見ればいいのかも。
でも、ここで断ったらまた重い空気になる。
「松前くん?」
名前を呼ばれて、ようやく顔を上げた。
如月さんは、もう行くつもりで立っている。
「……行く」
しぼり出すように言うと、如月さんはぱっと表情を明るくした。
「うん、行こ!」
◇ ◇
校舎を出て、並んで歩き出す。
オレは如月さんとの歩幅をずらして、半歩だけ後ろに下がった。
しかし、如月さんはすぐに気づく。
何も言わず、歩く速さを少し落とす。
こっちが半歩遅れにならないよう、すっと横へ並んでくる。
(……合わせられた)
あまりに自然な動きに戸惑う。
オレはイヤホンの音量を上げようとして、やめた。
(今それやるのは違う……)
並んで歩いて、初めて気づく。
(身長同じくらいだ……)
そのせいで、目線が近い。
身長は同じでも、肩や腰は細い。
歩く姿勢も綺麗だった。
立っているだけで、絵になる。
(いや、見すぎだ)
そのタイミングで、如月さんが口を開いた。
「松前くんってさ」
名前を呼ばれただけで、肩に力が入る。
「……なに」
できるだけ短く返す。
喋れば余計なことを言う気がして、必要最低限へ寄ってしまう。
「あんまり喋らないタイプ?」
「まあ……得意じゃない」
如月さんはくすっと笑った。
(……今の、なにが面白いんだ)
「いいね。あたし、お喋りな男の子ちょっと苦手だから」
返す言葉が止まる。
喋らないことを、悪いものとして扱われなかった。
如月さんが、なにを考えているのかオレにはまだわからない。
でも、顔がいいとかスタイルがいいとかだけで、まわりに人が集まっているわけじゃない。
それだけは、わかった。
如月さんはオレが黙っていても気にした様子はなく、また別の話題を出してきた。
「松前くんはいつもなに聴いてるの?」
「……音楽」
「それは知ってるよー」
また笑われる。
肩が小さく上下して、目がやわらかく細まる。
その笑い方が、妙に可愛い。
作った感じがしなくて、心から楽しそうだった。
なのに、オレは。
(今の、素っ気なかったよな……)
短く返しすぎた気がして、不安になる。
会話を切ったように見えていないか、冷たい奴だと思われていないか。
如月さんは、まだ柔らかい表情で笑っている。
「ジャンルとか歌手とかさー」
「……別に、適当」
話したくないわけじゃないのに。
ただ、話せる形にする前に、頭の中で言葉が詰まる。
また、会話を切ったみたいになった。
他の人なら、ここで終わる。
けれど如月さんは、終わらせなかった。
「そっかー、あたしはロックとかが好き。聞いててテンション上がるんだよね」
「……そう」
(……ロック)
関係ないはずの情報だ。
覚えておく理由なんてない。
「もー、松前くんさー」
「……なに」
「もうちょっと、あたしに心ひらいてよー」
如月さんは笑っている。
冗談っぽく言われた雰囲気なのに、オレは受け止め方がわからない。
(心ひらくって、何をどうすればいいんだ……)
オレは、素っ気ない返事しかしていない。
なのに如月さんは、変わらず会話を続けてくる。
歩く速さを合わせて。
短い返事も笑って受けて。
話が途切れそうになるたびに、次の話題を出してくる。
ちゃんと話せない自分に、如月さんが合わせてくれている。
(こういうの、普通ならめんどくさいってなるだろ)
オレなら避ける。
なのに、如月さんはそういう顔をしない。
逃げずに、向き合おうとしてくる。
(こんな綺麗な人に、わざわざそんなことさせてるのか)
ここで黙ってるのは失礼だ。
『心ひらいてよー』
これはきっと、黙っている理由を言えってことだ。
オレは間をおいて、息を吸って、軽く吐いてから言った。
「あの、正直……如月さんみたいな綺麗な人と……なに喋っていいか分からない」
言った直後、如月さんの足が止まった。
「……へ」
間の抜けた声。
頬のあたりが赤くなったのが横目でも分かった。
すぐに顔ごとバッとそらされる。
(え……なんだ、この反応)
ただ黙っている理由を説明しようとしただけだ。
如月さんは、可愛いとか綺麗だとかは言われ慣れているはず。
(なにがマズかった? 変なこと言ったか?)
如月さんの足は、その場から動かない。
目を合わせないまま、上ずった声で言う。
「……な、なにそれぇ」
「ごめん」
即答で謝った。
事実としてそう思っているから、緊張して困っている。
そう伝えたつもりが、うまく形にならなかったんだろう。
如月さんは、こちらを見ないまま言う。
「ちょ、ちょっと待って。お世辞? 本心? からかってるの?」
なんでそんなことを聞かれるのか分からない。
本当のこと言っただけだろ。
べつに距離を縮めようとして綺麗と言ったんじゃない。
むしろ、距離を取る理由として言ったつもりだ。
お世辞ならもっと上手く言う。
「……本心」
如月さんは、片手で顔を仰ぐようにぱたぱたしている。
耳まで赤くなっているのが、横目でも分かった。
「え、いや待って。いやいや、急にそんな……言われても」
「……ごめん」
「いや、謝んなくていいけどねっ」
強めに言いながらも、落ち着かない声だった。
如月さんはうつむいて、唇を押さえるみたいに指先を当てる。
「……その、なんていうか。松前くん、そういうこと、言わないタイプだと思ってた」
「そういう如月さんは、言われ慣れてるんじゃ……」
「言われるけどぉ」
如月さんは、ふたたびゆっくり歩き始めた。
オレも続く。
言葉を探す間ができる。
「松前くんから言われるのは、なんかこう……軽くない……というか」
今の反応は、嫌がっている感じではない。
だからといって、ここで何を返せば正解なのかも分からない。
オレは目線を足先に落とす。
可愛いとか綺麗とか言われ慣れてるはずの人だ。
なのに、オレが言うと「重い」になる。
「悪い……もっと、軽く言えばよかったか」
如月さんの肩がぴくっと揺れる。
「軽くないっていうのは、あたしの受け止め方の話でぇ」
どういう意味だ。
オレの言い方の間違いではない。
如月さんの聞こえかた……そういう意味か。
頭が混乱する。
如月さんはまだ頬を赤くしたまま、こちらに顔を向けた。
「でも、ありがとね。褒めてくれて嬉しい」
やわらかい声で、にっこり笑う。
最後には、その笑顔だけで場を明るくしてくる。
それがすごいと思った。
(……慣れてるんだな、こういうの)
相手が気まずくならないように。
空気が重くならないように。
そういう言い方がすぐに出てくる。
(……オレにはできない)
黙るか。
変なことを言って場を凍らせるか。
自分ができるのは、そのどっちかだ。
(この子が、オレに気をつかうことないのに……)
「別に……」
言ってすぐ失敗したと思う。
(いや、別にって何だよ)
嬉しいと言われた。
だったら、もっとまともな返し方があるはずだ。
でも、その返し方が分からない。
そのまま会話が途切れた。
沈黙、オレはさらに焦った。
(ここで終わりか?)
嬉しいと言われ、そこで会話がなくなるのは違う気がする。
(なんか言え……なんか)
頭の中が忙しくなる。
カラオケだから、歌。
音楽。
流行。
女の子が好きそうな、そういう話題。
(好きな曲……いや、さっき聞かれて自分がまともに答えなかったことを聞くのはおかしい)
今さら同じ話を引き戻すのも不自然な気がする。
(カラオケ、よく行くのか。とか……いや、普通すぎる)
違う、たぶん普通でいいはずだ。
オレは横目で如月さんを見る。
さっきまで赤かった頬も、少しずつ落ち着いてきているようだ。
ときどき、こちらの様子をうかがうように視線が動く。
でも、話しかけてはこない。
(気をつかわせてるな、これ)
そう思うと、余計になにか言わなければいけない気がした。
(さっきの、変な意味じゃないってもう一回言うか?)
いや、しつこい。
謝りすぎるのも変だ。
何度も謝られたら、相手の方が困る。
(じゃあ、ありがとう? 何に? オレと喋ってくれて? いや、なんか重い)
考えれば考えるほど、失敗する未来しか見えなかった。
黙ったままのオレに、如月さんが歩調を緩める。
急かさず離れすぎず、横の距離をたもってくれている。
合わせてもらってばっかりだ。
(……なんか言えよ)
何を話せばいい。
女の子にどうやって合わせる。
オレは何も言えないまま歩いた。
結局、「別に」で会話を終わらせた。
その沈黙を、如月さんは平気そうに受け止めている。
気まずそうにも、退屈そうにも見せなかった。
(すごいな……)
そう思ったちょうどそのとき、視界のはしにカラオケの立て看板が目にはいった。
「あ、お店ここだよー」
如月さんが先に足を止めた。
取っ手に手をかけ、扉を開けて身体を横にずらす。
「どうぞー」
「……うん」
オレは目線を下げたまま店に入る。
(助かった……ここまで来れば、二人きりじゃなくなる)
入口をまたいだ瞬間、気づく。
(いや、そこは「うん」じゃなくてありがとうだろ……)
如月さんに扉を開けさせて、自分が先に通る形になっていた。
オレが通るのを確認してから、如月さんもすぐ横に並ぶ。
(そもそも……こういうの、オレがやるやつだったんじゃないのか)
やったことがあるわけじゃない。
そういう場面に慣れているわけでもない。
でも、頭の中にはふんわりと浮かぶものはあった。
如月さんみたいな子は、そういうことをされる側にいる人だ。
誰かに扉を開けられて、先に通されて、自然に気をつかわれる側の人。
隣を歩くなら、たぶんこっちが先に気づかなきゃいけなかった。
少なくとも、自分が何もせずに通される側になるのは違う。
なのに実際は、如月さんのほうが扉を開けた。
当たり前みたいに道を作って、どうぞーなんて軽く言って、すぐに案内の続きを始めている。
(そういうのが、さりげなくできる……)
できない自分と、できる如月さん。
その差が、遅れてじわっと刺さった。
「えっとね、部屋はこっちの大部屋」
そう言って、如月さんは軽い足取りで案内を続ける。
オレは短くうなずいて、受付を抜けて通路へ向かった。
◇ ◇
大部屋の扉の前で、如月さんが取っ手に手をかける。
「お待たせー」
ガチャッ




