46話 イヤホン買いに、行かないって言ったのに②
教室の中なら仲がいいクラスメイトで済む。
でも、放課後の駅前に制服で並んだ途端、見ている側にはただの買い物には映らなくなる。
カラオケに行っただけであれだけ騒がれた。
外はまずい。
オレと行けるなら自分でもいける、そんな雑な見方がどこかで生まれる。
如月理沙は、軽く扱われていい子じゃない。
それに、電気屋に行けば同じ棚を前にして、あれこれ言い合うことになる。
たぶんオレは、それを楽しいと思ってしまう。
楽しいと思ったら、変な期待をして、線を引けなくなる。
如月さんは、まだ押してきた。
「クレープ奢るから」
「そうじゃなくて」
「マリオンの」
「行かないって」
少しだけ強い言い方になったのは、自分でも分かった。
如月さんの表情が止まる。
目を伏せかけたが、もう一度顔を上げた。
「わかんないから、選んでほしいだけ……他なんもない」
一緒に行きたい、ではなくて、分からないから選んでほしい。
そう言い換えられると、すぐには返せなかった。
それでも、二人で並んでいるところを見られて、また『どうせ男をからかって遊んでるだけ』と言われたら、如月さんが傷つかないはずがない。
「選ぶのは、店員でいい。オレはいらない」
「……そっか」
声の弾みは落ちていたが、表情は崩れない。
目だけが、期待の色を失っていた。
如月さんは小さく息を吐いて、いつもの調子に切り替えた。
「じゃあ、イヤホンいいや」
軽い声だった。
さっきまで机の横で真剣に悩んでいたことまで、一瞬で引っ込めた。
「またね」
如月さんは何もなかったように軽く笑ってその場を離れた。
オレは、謝ろうとして開きかけた口を閉じた。
これでいいはずだ。
ちゃんと断った。
一緒に行く理由はないし、選ぶのは店員でいい。
それなのに、さっきの一言が引っかかっている。
『イヤホンいいや』
あれだけ聞いてきたのだから、まったくいらないものではなかったはずだ。
さっきまでのやり取りが、耳の奥に残っている。
『ぶるーちゅーす………聞いたことある』
『線ない方がいくない? 松前くんはなんで線あるやつ?』
『ぽあたん? ぽあたん?』
普通に楽しかった。
如月さんは、分からないことを素直に聞いてくる。
自分がうまく返せなくても、勝手に次を持ってくる。
会話が止まらない。
(楽しかったのに)
その気持ちだけが、遅れて浮かんだ。
断ったことは間違っていない。
問題なのは、一緒に行って隣に並ぶことだ。
(イヤホン、必要ではあったんだろ)
◇ ◇ ◇
自動ドアが開いた。
冷房の匂いと家電特有の乾いた空気。
制服のまま入った駅前の電気屋は、平日なのにそれなりに人がいた。
大したことをしに来たわけじゃない。
イヤホンを買うだけだ。
そう自分に言い聞かせた。
イヤホン売り場は広く、壁一面に商品が並んでいた。
有線、無線、ノイキャン、スポーツ向け、低遅延、重低音特化。
無意識に腕を組んだ。
多すぎる。
如月さんは、歌を聴くと言っていた。
なら、まずノイズキャンセリングはあった方がいい。
(じゃあ、ノイキャン強いのは……)
視線は真っ先にSONYの棚へ向かった。
まあソニーか、と思う。
音の傾向は万人向けで、ノイキャンも強いし、変なクセも少ない。
値段を見た。
(……たっか)
上位モデルは、三万円近い。
性能が高いのは分かる。
分かるけど、高校生が渡す額じゃない。
同じSONYの棚に、一つ下のモデルもあった。
ノイキャンは付いているし、音質も十分。
値段も安くはないものの、上位モデルよりはかなり下がる。
如月さんの家は金持ちだ。
この辺を普通に使っていてもおかしくない。
だからこそ難しい。
安すぎると適当に選んだ感が出るし、高すぎれば重くなって引かれるかもしれない。
(なんだこれ……)
イヤホンを選びに来ただけなのに、急に難易度が高い。
棚の前を順に見て回った。
白、黒、ネイビー。
黒は違う。
如月さんが黒いイヤホンをつけているイメージが浮かばなかった。
白は無難だけど普通すぎる。
(デザイン重視か?)
女子ってそういうところあるよな、とぼんやり思う。
「これのオレンジとか……ないのか」
思わず、声に出ていた。
如月さんはオレンジが好きそうだ。
スマホ、ヘアゴム、ペンケースの色。
温かいオレンジ色を見ると、如月さんっぽいと思う。
なのに、オレンジのイヤホンは意外とない。
白、黒、ピンク、水色。
オレンジだけが、見事に存在しなかった。
(なんでだよ)
棚の端に、目がとまった。
淡いピンク。
近づいて、手に取る。
変に派手じゃなくて、落ち着いた色合いだった。
如月さんの髪の色や、私服の柔らかい色味に、合いそうな気がする。
(……結構いいかも)
そう思ってから、いや待て、と手を止めた。
色で選ぶのは違うんじゃないか。
持っていたものを棚に戻して、横にある別メーカーのほうを見る。
使いやすさも、考えなきゃいけない。
如月さんは設定とか苦手そうだから、操作が簡単な方がいい。
アプリで細かく調整するタイプは無理そうだ。
ケースの開閉、ボタンの配置、タッチ操作。
説明文も、一個ずつ読んで確かめた。
(タッチ誤爆しそう……却下)
(バッテリー短い……却下)
(ケースでっか……却下)
気づけば三十分が過ぎて、店内BGMは二周目に入っていた。
オレは棚の前にしゃがみ込んで、スマホで型番とレビューを調べた。
『女性にも人気!』
それ誰目線だよ。
『低音が魅力』
如月さん、そこ求めてなさそう。
一度は別の棚へ移ってみるけど、結局また同じ場所へ戻ってしまう。
時間だけが、勝手に過ぎていく。
ため息をついた。
でも、不思議と嫌じゃない。
むしろ、楽しかった。
(これ、如月さんに似合いそうだな)
如月さんがイヤホンを耳につけて「え、かわいいー」と笑う顔が浮かんだ。
「松前くんが選んでくれたの?」と、嬉しそうにしている顔。
口元が緩んでいることに気づいて、すぐ真顔に戻した。
(……なにニヤけてんだ)
誰も見ていないだろうが、一応周囲を確認した。
結局、最初に気になっていた淡いピンクに戻ってきた。
SONYの一つ下のモデル。
値段は、高校生のプレゼントとして変じゃないぎりぎりのライン。
ノイキャンあり、音質も十分、見た目も重くない。
(……これか)
二時間近く悩んだあとで、ようやく手に取った。
どっと疲れがくる。
(終わった……)
レジで会計を済ませていると、店員が笑顔で聞いてきた。
「ラッピングお付けしますか?」
思考が止まった。
(ラッピング……?)
いるのか。
女の子に渡すものだし、相手は如月さんだし、むき出しで渡すより、ちゃんとしていた方がいい気もする。
如月さんが受け取って「え、これ……あたしに?」と目を丸くするところが浮かんだ。
嬉しそうに笑う顔まで想像して、頭の中で急ブレーキをかける。
(いや待て)
ラッピングなんてしたら、完全にプレゼントになる。
絶対に重い。
「え、なにこれ。怖……」みたいな反応をされたら、立ち直れない。
店員が笑顔のまま待っている。
「……いや、大丈夫です」
断って、レジ袋だけを受け取った。
店を出た瞬間、また長いため息をついた。
人生の重大イベントをひとつ乗り切ったような気分だ。
駅前の風が、少し涼しい。
袋の中には、小さなピンクの箱。
喜ぶだろうか。
ちゃんと使ってくれるだろうか。
さっきから頭の中では、如月さんが何回もイヤホンをつけたり外したりしている。
(……気持ち悪いな、オレ)
冷静になって、もう一度袋を見る。
その瞬間、足が止まった。
(……待て)
重大イベントは、終わってない。
むしろ、これからだ。
(どうやって渡すんだよ、これ)




