↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロゼロ! ~距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ~【改稿版】  作者: 空色いろはに


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/50

45話 イヤホン買いに、行かないって言ったのに①

 屋外セットの撮影現場は、思っていたより騒がしかった。

 スタッフさんの足音、機材が触れ合う金属の音、遠くから飛んでくる指示の声。

 あたしはセットの中心から少し離れたところで、邪魔にならないように立っていた。


 今日は初めてのコラボ撮影だ。

 現場の雰囲気が悪いわけじゃない。

 むしろみんな優しい。


 ただ《初めて》だと思うと、笑顔の作り方が普段とずれている気がした。


 隣にいた先輩が、顔をのぞき込んで声をかけてくれた。


「緊張してる?」


「あ……コラボ初めてで。迷惑かけないかなって」


 自分でも、声が固いのが分かった。

 先輩は軽く笑って、あたしの緊張をほぐすみたいに明るいトーンで言った。


「最初はそうだよね。私はねー、撮影前に好きな音楽聴いてる。気分あがっていいよ」


「音楽……」


 その言葉で、思考が止まった。

 あたしのスマホには、松前くんの歌が入っている。


 最近のカラオケは、歌をそのまま録音できる。

 前に二人で行った時、あたしはそれをこっそり保存した。

 スマホに移してからは、ほとんど毎日、家で再生している。


 外で聴こうとしたことだけはなかった。

 聴いている時の自分の顔を、誰にも見られたくなかったから。


(でも、いま松前くんの声聞けたら……)


 バッグからスマホを出した。

 音量をできるだけ小さくして、イヤホンがない代わりにそっと耳へ押し当てる。


 松前くんの歌が流れだす。


 一瞬で、周囲のざわつきが遠のいた。

 スタッフさんの足音も、笑い声も薄れて、耳に残るのは松前くんの声だけ。


 張っていた肩の力が抜けて、呼吸がゆっくり戻ってきた。


 音の向こうに、本人の姿が浮かぶ。

 教室でぼそっと喋る姿。

 視線をそらす仕草。

 不器用に、短く返してくれる声。


 その全部とは別の、音に乗って歌っている松前くん。

 想像した瞬間、頬がゆるんだ。


 普段の松前くんも、もちろん好き。

 でも歌っている松前くんを知ると、別の好きが増えてしまう。


 歌う時だけは、口を大きく開けてくれる。

 普段は喋ってくれないから、声だってあんまり聞けないのに。


 歌い出す前の、少し照れている松前くんまで浮かんできて、余計にダメだった。


「リサちゃんなに聴いてるの?」


 先輩に呼ばれて我に返り、顔を上げた。


「ご、ごめんなさい。うるさくしちゃって」


「いや、ここ普通に騒がしいから気にならないよ。カバー曲でしょ? 誰が歌ってるのかなって」


 誰が。

 耳の奥には、まだ松前くんの声が残っていた。

 熱が顔まで駆け上がった。


 誰が歌っているのかを聞いただけなのに、顔を赤くしているあたしを、先輩が不思議そうに見ている。


「いい声だから誰が歌ってるのかなって」


「クラスの……と、友達です」


 スマホを見つめたまま、どうにか絞り出した。


「え、歌うま。なに、彼氏?」


「ち、違いますぅ」


 声が、明らかに上ずっていた。

 先輩は楽しそうに笑った。


「好きなんだー。まっさきにそれ聴くなんて可愛いじゃん」


「や、あの……なんていうか」


 うまく説明できない。

 そこへ、別の先輩が通りかかった。


「なに、なんの話してんの?」


「リサちゃんの恋バナ。好きな男の子が歌ってくれたやつ録音して聴いてるんだって」


「うそ、可愛すぎ」


 二人の声が弾んで、場が一気に明るくなる。

 その中であたしは、固まって動けなくなっていた。


◇   ◇


 撮影が終わった控室。


 テーブルに置かれたあたしのスマホからは、松前くんの歌が流れていた。

 「少しだけ聴かせて」と先輩たちに言われて、断りきれなかった。


 最初の一音から、音程が正確に置かれる松前くんの声。

 立ち上がりにブレがなく、サビに向かっても軸が揺れない。

 スピーカー越しでも、ざわつきの中でも、声が濁らずに耳に届く。


「これ高校生が歌ってるの? 原曲超えてるじゃん」


「ね、ここの英語の発音とかよすぎる」


 リズムに乗って肩を揺らす先輩の隣で、あたしは身を縮めていた。


 すごいと褒められるのは嬉しい。

 問題なのは、顔の熱が全然引かなくて、うまく返事ができないことだった。

 歌が流れている間ずっと、心臓の音の方がうるさかった。


(やばい、これ普通に耐えられないかも)


 頭に浮かぶのはカラオケの部屋。

 あたしに向かって歌ってくれていた、あの場面。


「イヤホンとかでちゃんと聴いた方がいいよ、全然違うから」


 先輩の言葉に、あたしはぼんやりしたまま頷いた。


(イヤホン……イヤホンか。うん、松前くんの声を聴くなら、いいやつがいるよね)


「買います」


 口が勝手に動いていた。


「うんうん。その子と一緒に買いに行ったらいいよ」


「誘っても、あんまり……断られること、多くて」


 ぽつりと出た声は、自分でも驚くくらい小さかった。

 先輩が軽く驚いて、すぐに笑う。


「照れてるんだって。高校生でしょ? 男の子ってそういう時期だよ」


「あー、確かに。可愛い子に誘われて、緊張してるんだって」


 照れてる。

 確かに。


「そういうのは、言われたことあります。綺麗だから、緊張するって」


 先輩が嬉しそうに身を乗り出した。


「やっぱそうじゃん」


「脈ありすぎじゃん。誘った方がいいよ、絶対」


「でも……」


(脈、あるかな……)


 考えようとしても、うまくまとまらない。


「向こうが折れるまで、グイグイいったほうがいいよ」


(グイグイいく子、好きかな……)


「男の子ってさー、女の子から来てくれた方が嬉しいんだよ」


「そうなんだ……」


「可愛いって言ってくれるの?」


「……はい」


 いっぱい言ってくれる。

 普通に、当たり前みたいに。

 思い出しただけで、心臓がまた少し騒がしくなった。


「それむこうも好きじゃん」


(好き?!)


「待ってるだけじゃ進まないよ?」


(確かに)


 《どこ》に進むのかは、分からないけど。


「のんびりしてると取られちゃうよ? 歌聴いただけで惚れそうだもん」


(それはダメ!)


 取られるという言葉が、やけに残ってすぐには消えなかった。

 あたしはスマホをぎゅっと握りしめたまま、うつむいた。


(のんびりしてられない)


◇   ◇   ◇


 休み時間の教室は、イヤホンをしていてもうるさかった。

 窓際のオレの席だけ、その騒がしさから少し切り離されている。

 いつも通り、ぼんやりスマホを眺めるだけの時間だった。


 足音が近づいてくる。

 顔を上げなくても分かった。


 視界の端で、髪が肩の上で軽く揺れて、立ち止まる直前に遅れて落ちる。

 声をかける前の、息を吸う音が聞こえた。


「ねえ、松前くん」


 如月さんが、オレの机の横に立っていた。


「なに」


「あたしのスマホ、イヤホンさすとこないんだけど。どうやって歌聴くの?」


「……Bluetooth(ブルートゥース)で無線イヤホン」


「ぶるーちゅーす……聞いたことある」


 オレの喉が、ひくっと動いた。


「……っく、やめろ」


「なに?」


(ブルーまでは合ってる。チュースはどこから来た)


「いや……」


 今さら言うまでもないが、如月さんは普通に可愛い。

 見た目が整っていて、声が柔らかくて、首を傾げるだけで視線が集まる。

 そんな子が、何でもない顔で話しかけてくる。

 それが、オレにはちょっと荷が重い。


 オレみたいなやつが如月さんと気軽に話していると、周りが変な基準を作る。

 あいつと話しているなら、自分もいける。

 そんなふうに雑に見られる入口に、オレがなってしまう。


「線ない方がいくない? 松前くんはなんで線あるやつ?」


(線じゃなくてコードだろ)


 口には出さなかった。

 出したところで説明が増えるだけだ。


「……音質。いや、値段の問題」


「高いの?」


「数千円の有線イヤホンの音質で聞きたいってなったら、無線だと数万するから」


「えっ、そうなんだ。それだとスマホかえたくなるね」


「いや、ポタアンとかあるけど……」


「ぽあたん? ぽあたん?」


 発音が難しいのか、アクセントを変えて繰り返していた。


(間違ってるのは発音じゃないだろ)


 笑いそうになって、すぐ飲み込んだ。

 ここで笑ったらバカにしたみたいになる。


 オレは、如月さんが持っているスマホの下側、充電ケーブルをさす場所を指先で示した。


「ここからイヤホンさせるように変換できる」


 端子を見てほしいだけなのに、如月さんはスマホを動かさないまま顔の方を近づけてきた。


「へー」


 近い。

 オレの視界には如月さんの横顔がドアップで入ってくる。


 素直なだけだ。

 でも、その素直さが距離を曖昧《あいまい》にする。


「まあ、ちゃんとしたやつ買おうとするとやっぱり高い」


「あー、そうなんだー。いろんな方法あるんだね。どうしよっかな」


 顔を離しはしたけど、身体はまだ机に寄ったまま。

 この近さを、本人はたぶんまったく気にしていない。


「音質違うって言っても、そこまで悪いわけじゃないから。普通に無線でいいと思う」


「そうなんだー。電気屋さん行かなきゃ」


 独り言、深い意味はなさそうだった。

 イヤホンの話をして、音質の話をして、ポタアンを間違って覚えて、それで終わるはずだった。


「電気屋さん行きたいなー」


 その言葉で、先が読めてしまう。


 さっきまでの会話は楽しかったし、頼られるのも悪くなかった。

 けれど、この流れには嫌な予感がした。


 如月さんが身を乗り出した。

 上体が前に出た分、夏服の胸元が目の前に来る。

 一瞬、視線の置き場を失った。


「あたし分かんないから、教えてくれる人きてほしい」


「電気屋なら店員が詳しいから。駅前の電気屋いいぞ、知識あるし押し売りもない」


 自分が行く前提を消すための説明だった。

 しかし、如月さんが声を弾ませる。


「松前くん一緒に」


「行かない」


 食い気味に返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この回の如月さんかわいすぎるーー!! 最初から最後まで可愛すぎる!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。