38話 野外活動・班決め、選ばせたくない選ばれたい①
教室では机が動かされ、あちこちで声が飛び交っていた。
一学期最大のイベントである野外活動の班決め。
普段より騒がしいクラスを、オレは窓際の席からぼんやり眺めていた。
「こっちあと一人足りねぇ」
「男女混合の方がやりやすいよな」
「火起こしとか力仕事もあるし」
自然と人がまとまり始める中、オレはその流れには乗れなかった。
(最後に余ったところでいい……)
それで問題ない。
「松前」
やけにでかい声で呼ばれ、横を向く。
ウニみたいに短い茶髪を逆立てた、日焼けした男子生徒――池沢が立っていた。
いかにも運動部、という体格と雰囲気だ。
「グループ、もう決まった?」
「いや」
「なら、うちのとこ来ないか?」
ほとんど話したこともないのに、こいつがオレを誘う理由はなんだ。
そう考えていると、池沢の視線が別の方へ向いた。
その先にいるのは如月さんだった。
オレが黙っていると、池沢は悪びれた様子もなく言う。
「松前がいたら如月さんも入ってくれるだろ」
(……やっぱそれか)
眉間に力が入る。
「オレは誘わないぞ」
先に釘を刺した。
池沢は意外そうな顔をしたあと、すぐ笑って返してきた。
「別にいいって。お前がいるだけで来るんだから」
まるでそれが当然のような口ぶりだった。
(如月さん、そういうふうに思われてるのか)
如月さんがオレに合わせて動くことはある。
けど、それを最初から当てにするのは違うはずだ。
オレは如月さんの方を見た。
周りの女子と楽しそうに話をしていて、その輪の中にちゃんと馴染んでいた。
如月さんは人間関係で無理をすることがある。
でも今は自然に、楽しそうに笑えている。
オレが同じ班になれば、如月さんはまた気をつかって、今のいい流れを手放すことになるだろう。
「じゃ、ちょっと声かけてくるわ」
池沢はそう言って、如月さんの方へ歩いていった。
(……オレがいるからって来るなよ)
池沢の声が大きいせいで、教室のざわめきの中でもこっちまで聞こえてくる。
オレは意識して、耳をそっちへ向けた。
「如月さん、そっちまだ四人だろ? うちも四人だから来ない?」
「うーん、ごめんね。あたし、グループのリーダーじゃないから決めれないの」
如月さんはにこっと笑い、やんわりと断った。
(それでいい)
池沢は引き下がらず、続ける。
「うちのとこ松前くんいるんだけど」
自分の名前が出た途端、身体が一気に固くなった。
如月さんの笑顔が崩れて、それからこっちを見た。
目が合うと表情がやわらいで、すぐ池沢に向き直った。
「あたし、リーダーの子に聞いてくるね」
そう言って如月さんは、足取り軽く女子の輪から離れていった。
その様子を見て、オレはため息しか出なかった。
(……結局そうなるのか)
オレが線を引いても、如月さんはあっさり越えてくる。
オレに関係なく、決めてほしかった。
そう思うのに、内心では少しだけ安心してしまった。
如月さんが小走りで近づいてきた。
隠す気があるのかないのか、如月さんはちょっとずつ口元をゆるめていく。
オレの机の前で足を止めると、声を弾ませた。
「いいって、合流できるって」
「……報告する相手、間違ってるぞ」
如月さんはきょとんとしたあと、ふっと笑った。
「あとで言う」
「だからそういうの……」
オレを先にするな、と言いかけて止まった。
それだと、如月さんがオレを優先していると決めつけているみたいだ。
(それは自惚れ過ぎだ)
如月さんが顔を覗き込んできた。
「なに?」
「……なんでもない」
如月さんは声を落として、耳打ちしてくる。
「だいたいさ、松前くんを餌にあたしを釣り上げようなんて失礼しちゃうよね」
「食いついてなかった?」
「ち、違うよー。こっちのグループでも話してたの、松前くん誘おうって」
「なんでオレ?」
「やっぱ男手は必要だって話になってたの。それなら松前くん優しいし真面目にやってくれそうって」
言い終えてから、さらっと付け足した。
「まぁそれはあたしが言ったんだけど。だから食いついてません」
くすっと笑い、首を振った。
(それって、根回しか……?)
放っておけば、オレはどこのグループにも入れず最後まで余る。
そうなればほとんど話したこともない連中の中に入れられて、黙ったまま学校行事を過ごすことになる。
如月さんは最初から、そうなる前にオレを引っ張っておこうとしてくれていた。
男手が必要、真面目にやってくれそう、と言えば周りにも通しやすい。
(如月さんなら、するんだよな)
「そうやって、気ィつかわなくていいから」
「松前くんだって困るじゃん。料理できない男の子だけのグループとか。知らない女の子ばっかりのグループとか」
「だからって、いつも一緒にいてくれなくていい」
如月さんの動きが止まった。
今のは引くつもりで言った言葉だったが、突き放したようにも聞こえる言い方だった。
如月さんは眉をぴくっと動かして、こちらに身を乗り出してくる。
「別にいいじゃん、いつも一緒で」
言葉が出てこない。
如月さんは頬がほんのり赤く、唇を尖らせていて、拗ねているように見えた。
オレは窓の外へ目をやって、こめかみを押さえた。
「なにその反応」
「……いや」
(なんでそんなこと平然と言えるんだ)
如月さんの言っていることに、深い意味はない。
もともと距離の詰め方が極端なところがある。
オレに作ってくれる弁当のことも、家に呼ぶことも、手を繋いでくることも、全部その延長にある。
(やっぱり……如月さんはオレを男として見てない)
兄のような、あるいは弟のような。
《いつも一緒》が許される身内に近い関係。
そう考える方が納得できる。
オレが男として見られている、と思うには、根拠がなさすぎた。
「あ、松前くん」
「ん」
「役割決めだって、行こ」
そう言って、如月さんは当たり前みたいに手を握ってきた。
「ちょっ」
声は出たけど、それだけだった。
振り払おうと思えば振り払える程度の力だ。
「ほら早く、待たせちゃ悪いから」
如月さんの声はいつも通り楽しそうで、手を握ることをもう特別扱いしていない。
引かれるまま歩き出した。
教室の中だ。
まわりから見られている。
それなのに如月さんは離すつもりがない。
(教室での距離感、これでいいのか?)
いまさら振り払うというのも、変だ。
◇
寄せあった机を囲んで、話し合いが始まる。
リーダーの女子が、役割が書かれた紙を広げながら言った。
「如月さん料理上手だから、同じグループで良かった。頼っちゃいそう」
「いや、そんな」
如月さんは頬をかきながら、照れたように笑う。
池沢が如月さんの方を向いた。
「え、そうなの?」
「家庭科ですごい褒められてたんだよ」
「ねー、如月さんの卵焼きすごかった」
話が広がっていく中、如月さんは顔の前で手を振った。
「いやいや、大げさだよー」
別の女子が、思い出したように言った。
「そういえばさ。松前くんって、如月さんにお弁当作ってもらってるんだって? 羨ましいなー」
(なんで知って……っ)
オレは反射的に如月さんを見た。
如月さんは「あ」と声を漏らして、気まずそうに笑った。
「ごめん。言っちゃった」
弁当のことを秘密にしていたつもりはない。
けど、その話題がいま出ると、急に別の意味をもつ。
池沢が、睨みつけるようにこっちを見て言う。
「へー、そういうこと」
そういうこと、ってなんだ。
(最悪だ)




