28話 平日の午後、お邪魔してます⑤
松前くんが玄関の扉へ手をかけた。
(……もう帰るんだ)
「今日はありがと、来てくれて」
足を止めて、振り返った。
あたしは少しだけ笑って続ける。
「あとさ……手、合わせてくれてありがと」
松前くんは、視線をそらしながら
「……別に普通だろ」
短く返す。
この家でご飯を食べた。
だから家の人に挨拶した。
たぶんそれだけの感覚なのだろう。
その普通みたいにやる感じが、嬉しかった。
「……じゃ」
松前くんが短く言って、玄関のドアを開けた。
夜の空気がひんやり流れ込んでくる。
一歩踏み出してから、思い出したように慌てて振り返った。
「……ばいばい」
「うん! また明日!」
扉が閉まる。
(……帰っちゃった)
やっぱり、ちょっと寂しい。
でも。
流し台には空のお皿とグラス。
松前くんがいたあとが残っている。
そう思ったら、なぜか嬉しくなった。
◇
「なあ今の見たか?」
「何が」
「今さ、あの家から出てきたやつ」
「あそこ、如月さんの家だろ?」
「いま出てきたやつ、松前じゃね?」
「は?」
「いやマジあいつだって。背とか髪とか」
「如月さんの家に、松前?」
「さすがにないだろ。如月さんが家に入れるとしても、松前じゃない」
「だよな。普通もっと選ぶ」
「それでもし本当に松前だったら、あいつが選ばれた側になるだろ」
「やめろその言い方」
「いやでもそうなるだろ」
◇ ◇ ◇
翌日。
教室に入ると、いつもより空気がざわついていることに気づく。
(……なんだ?)
オレが机に鞄を置いたところで、横から声が飛んできた。
「おい松前」
同じクラスの男子数人がやけに真剣な顔で立っていた。
「昨日さ。如月さんの家、行ってたよな?」
(見られてたなら、下手に隠すほうがおかしくなる)
「行ってた」
あっさり返すと、別の男子が身を乗り出してきた。
「何してたんだよ!?」
「普通に」
「普通って?!」
食い気味に詰められて、オレは眉をひそめた。
「飯食ってた」
短い沈黙。
「なに食った?」
「オムライス」
そこから一気に空気が変わり、質問に勢いがついていく。
「なんでお前が如月さんの家で飯食ってんの?」
「それって手料理?」
「味どうだった?」
「如月さんの家ってどんな匂いした?」
「お前さ、靴どこ置いた?」
「靴ちゃんと揃えた?」
質問が質問にかぶさって、もはや誰の声かもわからない。
とりあえず、ちゃんと聞こえた最初の質問にだけ答える。
「誘われたから行ったんだよ」
「誘われた!?」
そこが一番食いつかれた。
「お前が如月さんに?」
「ん」
短く終わらせると、男子たちの表情がさらに崩れた。
先頭のやつが、急に真面目な顔つきになる。
「でさ、どうやったら家に誘われる?」
(なに言ってんだこいつ)
という顔を、オレは隠さなかった。
「如月さんってさー、普通に話してても無理じゃん」
「俺ら全滅だし」
「お前だけなんか別枠っぽいんだよ」
どうやったら誘われるかなんて、オレだって知らない。
別に昨日だって「明日も来る?」なんて言われてない。
(あんなの、どうせ1回きりだろ)
そう思った瞬間、胸の辺りがもやっとしたせいで、突き放すような口調になった。
「普通に話せてるならいいだろ」
「だからそれでダメなんだよ!」
「如月さんって、どういう話をすれば盛り上がるんだ?」
聞かれて、少し考えた。
だいたい如月さんが勝手に隣に来て、勝手に話して、勝手に笑う。
こっちはそれに相槌を打ち、たまに思ったことを言うだけだった。
話を盛り上げたことなんて、考えても思い当たらない。
自分から面白い話をふった記憶はほとんどないし、何か気の利いたことを言った覚えもない。
「……話は、あんましない」
「え?」
「黙ってても向こうが喋る」
「それでなんで会話が成立するんだよ」
「オレにも分からん」
「なんでお前がわかんねぇポジなんだよ!」
距離を詰められる。
面倒だ。
(こいつらの方が、よっぽど如月さんと喋ってなかったか?)
如月さんと盛り上がる話題なんて、こっちが教えてほしいくらいだ。
聞く相手を間違えている。
「でさ、結局どうすりゃいいんだよ。如月さんと仲良くなるには」
全員がこちらを見た。
オレはため息まじりに、正直に答えた。
「オレが知りたい」
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