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ゼロゼロ! ~距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ~【改稿版】  作者: 空色いろはに


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23話 休日の午後 、繋いだ手より近い距離②

 週明けの月曜日。

 教室はいつも通りのざわつきに包まれていた。


 オレは自分の席に座りイヤホンをつけて、スマホを見ていた。


(仲良くするなら、自分から挨拶するべきだ)


 自分でも信じられない考えだ。

 他の人からしたら、特別なことじゃないのかも知れない。

 朝の挨拶なんて、普通のことだ。


 視線を上げる。

 如月さんが、ちょうどこっちを見ていた。


(……今だ)


 オレは席から立ち上がる。

 心臓が、やけにうるさい。


 だが、その直後だった。


「ねぇ、如月さん」


 横から別の男子生徒が割り込んだ。

 オレの足が止まる。


「なぁに?」


 如月さんは笑顔だが、声のトーンが少し低い気がする。


(タイミング、最悪かよ)


 いや、別にいいだろ。

 オレには話す話題もない。


 無理に仲良くしなくても。


 そんな考えが浮かんだのに、視線は如月さんと男子に向けたままだった。


「先週の土曜日さ、駅前のカフェにいなかった?」


「うん、いたよー」


 オレの全身がこわばる。


(見られてた。まずい……)


「それって、松前と?」


 周囲の視線が、オレにはっきりと集まってくる。

 教室が、じわじわとざわつき始めた。


(やばい、見られていたなら否定するのはおかしい。どうすればいい)


 オレの動揺をよそに、如月さんは両手を頬にあて、嬉しそうに言う。


「うん、松前くんとスイーツ食べてきたの。見られてたの? 恥ずかしー」


 それを聞いた男子が、口をへの字に曲げて


「ふーん」


 と呟き、オレへ近づいてきた。


(来るなよ。……そういうの、如月さんが気にするだろ)


「おい松前、こっち来て話まざれよ」


 その時、如月さんの声もはっきり響いた。


「待って、やめて! 松前くん、こういうノリの話苦手だから」


 如月さんは、困った顔で申し訳なさそうにしていた。

 オレは、はぁと小さくため息をつく。

 逃げることもできる。

 でも、この件に関しては当事者のオレが無視するわけにはいかない。


 オレはイヤホンを外した。


「……なに」


「お前さ、なんなんだよ。新学期からずっと如月さんに付きまといやがって」


 あからさまに不機嫌そうな表情、敵意の混ざった言い方。

 オレが反論しようとすると、如月さんが割って入ってきた。


「違うよ、あたしが誘ったの。松前くんは悪くない」


「如月さんさ、なんでこんな陰キャっぽいヤツと一緒にいるわけ? ていうか、松前ってそういうの本気にしそうじゃん。あんま期待させるの可哀想じゃない?」


 その言葉で、如月さんの表情から一瞬だけ笑みがすっと消えた。

 しかし次の瞬間には、いつもの笑顔に戻る。


「えー、それ逆だよー。あたしの方が相手してもらってるっていうか、押しかけてる感じだもん」


 さらっと言う。

 重くならないように、軽くも聞こえないように。

 その絶妙な言い方に、男子は言葉を詰まらせたあと、肩をすくめて挑発を続ける。


「あのさ、どうせからかって遊んでるだけだと思うけど、ほどほどにしないと変な噂たっちゃうよ?」


「如月さん、そんなことする子じゃないけど」


 静かに言い返していた。

 言い方を考える余裕はなかった。


 教室のあちこちから小さな声が漏れる。


「否定するとこそこなんだ」


「自分じゃなくて如月さんの方」


「あれ信じてないと出なくない?」


 男子生徒は気まずくなったのか


「なんだよその態度」


 吐き捨てるように言って、自分の席へ戻っていった。

 ふと、如月さんと目が合う。


「……気にしなくていい」


 小さく、それだけ言った。

 それからオレも自分の席へ戻った。


(事実を言っただけだ)


 別に言わなくてもよかったかも知れないが、口が勝手に動いていた。


◇   ◇


 あたしは、まだぼーっと考えていた。

 『如月さん、そんなことする子じゃないけど』

 『気にしなくていい』

 胸の奥が、じわっと熱くなる。


(かっこ良すぎなんだけど……)


 でも、その朝の一件をきっかけに、女子グループの話題はいつもと方向を変えていた。


「朝のあれさ、普通にかっこよくない?」


「分かるー。静かに言い返す感じいいよね」


「普段あんまり喋らないのに、ああいう時だけしっかり言い返すんだね」


 女の子たちは、少し興奮気味だった。

 あたしは表面上、笑って相槌を打っている。


「ね、かっこよかったよねー」


 あたしの笑顔は、今もちゃんとできている。


「ちょっと見方変わっちゃうよね」


(うん、だよね)


「ああいうタイプ好きな人は好きそう」


(松前くん、カッコいいもん)


「うんうん、今日の見てちょっと気になったもん」


(やだ。なんで、あたし以外が)


 あたしは笑ったまま。

 声も、いつも通り。


「うん、優しいよ。落ち着いてるし」


(この中じゃ、あたしが一番、松前くんのこと知ってる)


 松前くんがかっこいいこと、教えたくなかった。

 評価が上がって、嬉しいはずなのに、胸がざわつく。


(松前くんは、あたしのなのに)


 自分で、自分の思考に息をのんだ。


(なにそれ、なに考えてるの)


 まだ何も始まっていない。

 付き合っているわけでもない。

 なのに、《あたしの》なんて重すぎる。


 胸の奥のぐちゃぐちゃを誰にも見せないまま、あたしはいつも通りの笑顔を浮かべていた。


◇   ◇


 授業が終わったあと。

 オレはいつものように、席でスマホを眺めていた。


「ねぇ、松前くん」


 如月さんが机の横まで来て、声をかけてくる。

 目元がやわらかくて、口元がほんの少しゆるんでいて、話をする前から嬉しそうにしていた。


 来てくれた。

 しかも、なんか楽しそうだ。

 如月さんに話しかけられた時点で、気分が浮いていることを悟られたくない。

 なるべく平静を装った声で返す。


「……どうした」


「朝のやつさ、女の子の間で話題になってたよ。カッコ良かったって」


「……そうか」


「もっとなんかない? ちょっとは嬉しいとかあるでしょ」


「……あんまないかな。まわりにどう思われてるとか、関係な」


 途中で止めた。

 なんか、ノリ悪くないか。

 如月さんは、オレにとっていい話題のつもりでもってきてる。

 それを、興味ないみたいな反応はまずい。

 せっかく話しかけてくれてるのに。


 オレはぼそっと付け足した。


「……悪い気はしないけど」


 如月さんの肩が揺れる。

 笑っている。


「あたしも惚れ直しちゃった。松前くん、カッコイイ」


 その言葉に、オレの喉が一回だけ小さく動く。


 視線が泳いだ。

 スマホ。

 机。

 窓。

 落ち着き先を探すように動いて、また如月さんへ戻した。


(惚れ、直し……?)


 脳内が一気に騒がしくなる。

 前から惚れてたみたいな言い方だろそれ。

 いや待て。


(いつ、惚れて……)


 しかも、『カッコイイ』。

 他の女子にも言われてるって聞いても平気だったのに。

 如月さんに直接言われると、破壊力が違う。


 心臓がうるさい。

 何か返さないと。

 でも、変なこと言ったら終わる。

 いやもう終わってる。

 顔が熱くて、絶対赤い。


(落ち着け)


 しかも如月さんは、普通にこっちを見てる。

 逃げ道がない。

 数秒止まったあと。

 オレはようやく、返した。


「……そうか」


「ふふ」


 如月さんは、満足げに微笑んだ。

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