18話 休日の午後 、噂の彼女と初めての距離①
休日の駅前は、人の流れだけで息が詰まりそうだ。
オレは入口で一度だけ足を止め、それから中へ入った。
目的は決まっていた。
雑誌コーナー。
女性向けファッション誌の前。
(思ったより、場違い感がすごい……)
視線があるわけじゃない。
女子率の高い場所に立つということが、かなり居心地が悪く感じる。
それでも足を止めなかったのは、気になったからだ。
学校で見る如月理沙なら、それなりに知っている。
休み時間中、一緒にいる時間は少しずつ増えていた。
会話が多いわけじゃない。
それでも、近くにいることは前より自然になっていた。
自分が踏み込んでいい相手じゃない、とも思う。
知ったところでどうなるわけでもないが。
知らない場所で、知らない顔をしてるクラスメイト。
モデルとしての如月理沙を確かめたくて、市内でも一番大きな本屋に来ていた。
(……なんで気になってんだ)
色彩の強い表紙が並ぶ中、一冊だけ目が止まる。
《セブン》
「……これか」
手を伸ばす。
表紙には知らないモデルがいて、その端の文字の並びの中に《リサ》の名前が載っていた。
指先が表紙に触れる、その瞬間。
「あれ、松前くん?」
すぐ横から、聞き慣れた声が飛んできた。
反射で手を引っ込める。
ゆっくり振り向くと、そこに立っていたのは如月さんだった。
学校で見る制服姿じゃない。
白のブラウスに、オレンジのプリーツスカート。
私服というだけで、知っているはずの相手が別人みたいに見える。
でも、笑い方は学校にいるときと同じだった。
隣で話しかけてくる時と変わらない。
(……終わった)
如月さんが載っている雑誌に手を伸ばしているところを、本人に見られた。
うまい言い訳が一つも思い浮かばない。
「松前くん一人? なにしてるの?」
如月さんは首をかしげた。
「あ、ああ……買い物」
声がかたくなる。
買い物って、なんだよ。
ざっくりすぎるだろ。
「そうなんだー。あたしも一人」
如月さんはオレの雑な返答を気にした様子もなく、そのまま隣へ並んだ。
肩が触れそうな距離。
視線の置き場がわからなくなる。
顔を見ると近すぎる。
逸らすと不自然。
結果、ブラウスの真ん中あたりを見てしまい
(どこ見てるんだ)
と一人で勝手にあせる。
「ねぇ、これ見て。あたしが載ってる雑誌」
さっきオレが取ろうとしていた雑誌を、如月さんが迷いなく持ち上げた。
「これに載ってるんだよ」
「そうなんだ」
(バレてないのか……)
心臓が、ようやく落ち着いてきた。
「見たことない?」
「……女子向けの雑誌をオレが見てたら、気持ち悪いだろ」
如月さんが笑う。
「なぁにそれ。別に気持ち悪くないのに」
如月さんは雑誌のページをめくると、オレのほうへかたむけた。
作り込まれた背景の中、微笑む如月さんが、そこにいる。
表情も、姿勢も、視線の置き方も。
隣で笑っている如月さんとは、どこかが違って見えた。
(これ、同じ人間か?)
本の中の人。
なのに今はすぐ横で、無邪気に笑っている。
「これ好きなカット。この時、風すごかったんだよね。髪めちゃくちゃになってさー」
ページの中の、完璧に整っている如月さんを見る。
それから、横にいる如月さんを見る。
「……すごいな」
口が先に動いていた。
「え?」
「なんか、モデルって感じする」
雑な感想だった。
でも一番近かった。
如月さんは一瞬きょとんとして、それからふっと笑う。
「うんうん、モデルだよー」
雑誌の中の顔と、目の前の顔。
オレはその両方をもう一度見比べた。
それに気づいて、如月さんが不思議そうに聞く。
「なに?」
「どっちも綺麗だなって」
「……んぇ」
如月さんの口から、妙な声がもれる。
頬が、みるみる赤くなっていった。
それから、ふいっと顔を逸らした。
「ちょ、ちょっと待って。松前くん、そういうの多くない?」
「いや、そう思ったから」
如月さんは、こういうことは言われ慣れていると思っていた。
なのに今は、モデルみたいな余裕さはどこにもなくて、雑誌の中の人とは別人のように見えてくる。
「か、勘違いするから。気をつけたほうがいいよ」
「勘違い?」
聞き返すと、如月さんは小さくうなずいた。
「そんな、期待もたせるようなこと。軽く言わないほうがいいよ」
学校でも、雑誌でも、人に褒められることなんて如月さんにとって日常茶飯事のはず。
なのに、この落ち着きのない反応。
(オレの言い方が変なのか……)
《どっちも綺麗だ》が間違っていたんだとすると。
「わかった。実物のほうが可愛い」
そう言い直す。
「……へ」
その瞬間。
如月さんの顔がさらに赤くなる。
耳まで真っ赤だ。
数秒止まって。
「待って待って待って……!」
両手で顔をおおい、その場でしゃがみ込んだ。
「無理無理無理……」
くぐもった声だけが漏れてくる。
オレはその姿を見下ろしたまま動けない。
(なんでこうなるんだ)
雑誌を立ち読みしていた女子高生の二人組が、こちらへ目をやって、何か話しながら去っていった。
(この状況、客観的に見たらちょっとヤバい)
本人はしゃがみ込んだまま、顔を覆って動かない。
はたから見たら泣いているようにも見える。
「……立てる?」
「いま顔見れない」
「いや、でもここ通路だし……」
「う、うん」
如月さんがそろっと顔を上げた。
「……んしょ」
立ち上がろうとした瞬間、身体がふらつく。
オレは反射で腕をつかみかけ、直前で止めた。
代わりに、半歩だけ距離を詰める。
「……大丈夫か」
「だ、大丈夫」
手を振りながら、如月さんは髪を耳にかけた。
その仕草が、かなり女の子っぽく感じる。
如月さんは息を吐いてから、ほんの少し笑い。
そのまま何かを言いかけて、一度は止めたあと口をひらいた。
「ねぇ、松前くん」
「ん」
「このあと、お茶しない?」
「……は?」
意味を理解するまで、数秒かかる。
休日、モデル、二人、お茶。
「せっかく会ったし」
「……なんでオレと」
「ほら、さっき……」
そこで一度、言葉をにごす。
さっきの言葉を思い出したのか、また頬に赤みが戻る。
「綺麗って言ってくれたから」
「……言ったけど」
「だから、その」
如月さんはもごもごと続けた。
「お茶くらい、付き合ってくれるかなって期待するじゃん」
頭の中で、会話を繋げようとする。
綺麗って言った。
だからお茶。
(いや、どういう繋がりだよ)
もう一度よく考える。
いま、オレの言い方のせいで変な空気になっている状況だ。
その責任をとってくれ、ということだろうか。
(……つまり、埋め合わせ?)
答えの輪郭が見えてくる。
(いや……埋め合わせだとしても、相手がオレでいいのか?)
知り合いに見られたら、如月さんの方が変に思われる。
それに。
(オレと如月さんが二人で、なに話すんだよ)
学校なら周囲がいるし、その場の流れもある。
でも二人きりの空間は違う。
逃げ場がない。
きっと、長い沈黙が続いて、気まずい空気の中。
店員の「お待たせしましたー」という声だけ挟まって、向かいに座る如月さんの視線を受けるだろう。
想像しただけで、胃が変な感じになる。
(いや、でも……)
ちらっと横を見る。
顔を赤らめてこっちの返事を待つ姿が、やけに可愛く見えた。
(ここで断ったら後悔する気がする)




