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ゼロゼロ! ~距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ~【改稿版】  作者: 空色いろはに


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17話 球技大会・当日、如月さんの応援は近すぎる③

 保健室が見えたところで、如月さんが口を開く。


「……ねえ、松前くん」


「なんだ」


「さっきの、あたしのせいだったらごめんね」


「は?」


「あたし、ひとりで勝手に盛り上がっちゃってさ……あんなふうに応援されたら、勝たなきゃって思わせるよね」


 勝たなきゃ、と思ったわけではない。


 変なところを見せたくなかっただけ。

 心配されるだけのやつで終わりたくなかっただけ。


「……如月さんのせいじゃない」


 如月さんは、まだ少しだけ引っかかっているようだった。

 けれど、それ以上は踏み込まず、表情をゆるめる。


「そっかー」


 いつもの明るさに戻した声だった。

 如月さんのせいじゃないのは確かなのに、どこか引っかかりを残したまま、話が止まった。


ガチャッ


 如月さんが、保健室のドアを押して開けた。


「あら、先生いないね」


 球技大会でみんな外に出ているせいか誰もいなかった。


(……二人きりか)


 その認識だけが、遅れて頭に入ってくる。

 如月さんは迷いなく足を踏み入れ、近くのベッドを指した。


「とりあえず、ここ座って」


 整えられたシーツの無機質な白。

 ここで躊躇するのはおかしいと思い、オレは言われるまま腰を下ろした。

 体重がかかった瞬間、足首にじん、と鈍い痛みが走る。


「ちょっと見せてね」


 如月さんがしゃがみ込むと、離れたはずの距離がまた詰まった。


「靴、脱げる?」


「……ん」


 足を動かそうとした瞬間、やはり痛みが走った。


「ごめん、動かなくていいから」


 手を添えて、靴紐をためらいなくほどいていく。


(……え)


 そのまま靴が脱がされて、靴下にも手がかかる。


「ちょ、いや……」


「大丈夫、大丈夫」


 軽く流されて、するっと脱がされる。


(……いやいやいや)


「うん、これは捻挫ね」


 腫れた足首をじっと見て、如月さんは言う。

 棚に手を伸ばし、氷嚢とタオルを取り出す。

 水を入れて、氷を入れて、戻ってくるまでの動きに無駄がない。


「冷やすね」


 氷嚢が当てられて、ひやっとした感覚が広がった。

 時計の音だけが響いて、静かな時間が流れる。


 会話があるわけではない。

 ただ、如月さんが近くにいる。

 それが、妙に落ち着く。


(……なんだこれ)


「……これくらいでいいかな」


 如月さんが小さく呟いて、氷嚢をはずした。


 タオルで水気を拭き取ってテーピングを巻いていく。

 角度を見ながら位置を調整する手つきに迷いがない。


 最後に軽く固定を確認して、心配そうにこっちを見てくる。


「痛みどう?」


「……さっきよりだいぶマシ」


「よかった。今日は無理しちゃダメだよ。ちゃんと安静にしててね」


 如月さんはほっとしたように小さく笑う。

 それから、すっと立ち上がりオレの隣に腰かけた。


 また、静かになる。


 足の痛みは、さっきより引いている。

 手当てが終わった今、如月さんがここに残る理由は薄い。


 ふと思い出すのは、如月さんに声をかけていた連中だ。

 『絶対来てねー』とか言っていたあいつら。


 如月さんに応援されたら、やる気が出るのは分かる。

 クラス全体のことを考えるなら、そっちに行った方がいい。

 少なくとも、怪我人の横でじっとしているよりは。


(……別に、オレのもんじゃないし)


 自分のせいで、如月さんをここに引き止めるのは、違う。

 そのまま、ぽつりと口に出る。


「……もういいぞ」


「え?」


「手当ても終わったし……他、見に行ったほうがいいだろ」


 少しだけ間があって、如月さんがまばたきををする。

 くすっと笑う。


「えー、なにそれ。追い出そうとしてる?」


 そんなつもりはない。

 他に見るべきものがあるからそっちへ、という意味で言った。

 なのに、「ここにいなくていい」と受け取られた。


(また……オレの言い方か)


 目元に力が入る。

 うまく訂正できないまま黙り込んだ。


(……いてほしくないわけじゃない。むしろ、逆だった)


 言葉にすると、変になる気がした。

 引き止めるのは悪い。

 だけど、遠ざけようとしたわけでもない。


 オレが黙ったままなのを見て、如月さんはふっと表情を緩める。

 軽い口調で言う。


「ま、行かないけど」


 行かない、その一言。


 確かに、如月さんはずっと朝からオレといた。

 他のところには行っていない。


 試合を見ていたのは、心配だったから。

 保健室まで来たのは、怪我をしたから。

 じゃあ今は、どうしてここにいる。


 そこで思考を切った。


(いや、別に特別じゃない。深い意味なんてない)


 そう結論づける。

 隣にずっと誰かがいることに慣れていないせいで、変な方向に考えてしまう。


「こんなこと言ったらさ」


 如月さんはそこで一瞬だけ言葉を止めた。

 言っていいのか迷ったみたいに、視線が少し揺れる。

 それから、目を細めて笑う。


「怪我した松前くんに申し訳ないけど、ラッキーって思ってる」


(ラッキー?……どういう意味だ)


 頭の中で、ゆっくり意味を探す。


 興味のない球技の応援に行かなくていい。

 あの男子たちと面倒なやり取りをしなくていい。

 それで楽ということか。


 それとも。

 この時間そのものか。

 2人でここにいること自体か。


(いや……前者だろ)


 すぐに変な期待は切り捨てる。

 わざわざ考えるまでもない。

 深い意味なんて、ない。


 それでも、さっきからずっと如月さんは隣にいて、他には行かないという事実はある。


 丁寧に巻かれたテープと、ついさっきまで触れていた感触が残る足に、視線を落とす。


(……まあ、いいか)


 理由なんてどうでもいい。

 今ここにいる、それだけで十分だと思う。


(この時間、独占できているなら……オレの方がラッキーだろ)


◇   ◇   ◇


 HRまでの短い休み時間。

 球技大会の片付けも終わりかけた教室は、だらっとした空気に包まれていた。


「つっかれたー」


「マジで足終わったわ」


 あちこちでそんな声が飛び交う中、男子の一人がふと言う。


「そういやさー、如月さん途中からいなかったよな」


 その一言で、何人かが反応した。


「あー、確かに」


「途中から見てない」


「どこ行ってたの?」


 あたしは言葉を選んで、笑顔で返す。


「んー、ちょっとね」


 軽いノリだったから、これで流せると思った。

 別の男子が不満そうな声で言った。


「あれだろ、松前と一緒に消えてたやつ」


 その一言で、一気に食いつかれる。


「え、マジで?」


「保健室だろ?」


「何してたの?」


「えー、何もしてないよー」


 目を逸らして返す。

 でも、その言葉を口にした瞬間、頭の中に保健室の光景が戻ってきた。


(……何も、してない?)


 自分の言葉に引っかかった。

 嘘じゃない。

 二人で何かをしたわけじゃない。


 でも、何もなかったと言い切れるほど、胸の中は片付いていなかった。


 ◇  ◇


 白いカーテン。

 静かな部屋。

 保健室の光景が、そのまま浮かぶ。


「戻れる」


 そう言って、松前くんは無理に立ち上がろうとした。

 次の瞬間には、ぐらっと身体が傾いて


 どさっ


 そのまま、押し倒されるみたいな形でベッドに沈んだ。


「え」


 松前くんの腕がすぐ横につき、髪が触れそうなくらい顔が近かった。

 立っているときは同じ高さなのに、上から覆われるような体勢になると、思っていたより身体がずっと大きく感じた。


 鼻先が触れるかどうかというくらいの距離で止まっていて、少しでも動けば頬が触れてしまいそうだった。

 前髪が額をかすめて、息がかかるのがはっきり分かるくらい、近い。


 事故。

 完全に事故。

 分かっている。

 バランスを崩して、咄嗟に手をついただけ。


(や、やば……)


 顔が熱い。

 息が浅くなる。


 松前くんも完全に固まって、目を開いたまま止まっていた。


(あ、これ松前くんも焦ってる……)


 互いの視線が外せないまま、数秒が過ぎた。


 そのあと、松前くんが身体を起こして、


『……悪い』


 と低い声で言って離れた。


 ◇  ◇


 思い出した途端に、顔が熱くなる。


「え、なんで赤くなってんの」


「待って、なにそれ」


「絶対なんかあっただろ」


 男子たちの声が重なって、はっとする。


「な、なにもないから!」


 強めに否定した。

 自分でも分かるくらい裏返って、声が変になっていた。


「いや今の反応は黒だろ」


「松前ー」


「お前何した?」


 一斉に松前くんのほうへ視線が向く。

 松前くんはやや面倒そうに顔を上げて、


「……何もしてねぇよ」


 短く返した。

 その顔はいつも通りだった。


「ほんとかよ」


「保健室で如月さんと二人きりだぞ?」


「何もない方がおかしいだろ」


 からかう声が続く中、松前くんは小さくため息をついた。


「オレは怪我してるんだけど」


 それだけ返す。

 男子たちは


「つまんねー」


 と笑いながら興味を失っていった。


 男子たちの声が離れていくと、教室の喧騒がまた元の大きさに戻る。

 あたしはふっと息をついて、窓の外へ目をやった。


 球技大会は、本当は嫌いだった。


 背が高いから。

 目立つから。

 それに、そういう体型だから。

 勝手に、運動もできそうに見られた。


 でも実際は、スポーツなんて得意じゃない。

 ボールも怖いし、走るのも速くない。


 できないところを見られるたびに「意外だね」とか「できそうなのに」って言われて、そのたびに「えへへ」と笑って流してきた。

 そうすればその場は終わる。

 でも「また言われた」っていう引っかかりだけが、ずっと残った。


 カッコ悪いところを、いつもより人に見られる日。

 けれど今日は違った。


 松前くんを見ていた時間が長かった。


 避けていたところ。

 パスしていたところ。

 周りを見て動いていたところ。

 少しだけ前に出ようとしたところ。


 いつも教室の端にいる松前くんが、コートの中にいた。


 好きな人の、いつもと違うところをたくさん見た。

 嫌いだったはずの球技大会なのに、思い出すものがそればかりになっていた。


(……今日、楽しかったな)

ここまで読んでくださってありがとうございます。

少しでも気に入ってもらえたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。

今後の励みになります(・v・)♥

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