16話 球技大会・当日、如月さんの応援は近すぎる②
二試合目も後半から呼ばれる。
「松前、入れ替え!」
「……ああ」
さっきより、体が動いた。
(……当たらなきゃいい)
それだけを意識して動く。
横から飛んできたボールを、ぎりぎりでかわした。
外野の声が飛ぶ。
「今の避けるのか」
「意外とやるじゃん」
「うるせぇって」
無理はしないが、前にも出すぎない。
それでも、一試合目より消極的すぎない場所にいた。
視線をコートの外へ向ける。
如月さんが、そこにいる。
こっちを見ている。
(……いるな)
それだけで、足が動いていた。
試合終了。
うちのクラスは、また勝った。
コートを出るとすぐ声がかかる。
「松前くん、おつかれー」
如月さんの手には新しいタオルがある。
さっきと同じ流れだと分かって、先に言った。
「……いい」
一応、断った。
でも、声に力が入っていないのが自分でも分かる。
一回目は止めるタイミングを失っただけだった。
今度は何をされるか分かっている。
なのに、逃げない方の言い訳を探してしまっていた。
汗が目に入るから。
如月さんがそうしたいなら、強く拒む方が変だから。
如月さんは、すぐにはタオルを当てなかった。
一瞬、顔を見てくる。
オレが本当に嫌そうなら、たぶんそこで止めたんだろう。
目を逸らしただけでオレが動かないのを見て、そっとタオルを頬に当ててきた。
(……何してんだ、オレ)
周りの目が、さっきより露骨に刺さってくる。
妬み混じりの声が聞こえた。
「またやってるぞ」
「なんだよあれ」
(……知るか)
如月さんは周囲などはじめから見えていないみたいに、試合の話をする。
「最後のやつ惜しかったねぇ」
「当てれなかったけどな」
「でもカッコ良かった」
迷いなくフォローされて、オレは返す言葉に詰まる。
(……カッコ良くはないだろ)
◇ ◇
三試合目。
また後半から呼ばれた。
「松前ー、頼むわ」
「点差あるから攻めろよー」
「……無理言うな」
ぼそっと返してコートに入ると今度はコートの内側から、笑い混じりの声が飛ぶ。
「おい松前、彼女が見てるぞ」
「カッコいいとこ見せろよー」
(……違ぇだろ)
即座に否定が浮かぶが、オレの目は勝手に如月さんを探していた。
やっぱり、いる。
無難にパスをこなしながら、今まで面倒でしかなかった球技大会をちゃんとやろうとしている自分に気づく。
理由は分かっている。
(……見られてるからだ)
無難に、ミスしないように、それだけを考えて動いた。
「ほんとにいいとこ見せやがって」
味方の声が飛ぶ。
(……別に大したことしてない)
試合が終わった。
コートを出るとまた如月さんが来る。
それはもう、驚くことじゃない。
気にするべきなのは、自分の目が如月さんを探していることだ。
「さっきの避け方すごくない?! びっくりしたんだけど!」
「パスするのもめっちゃ早いよね! ちゃんと周り見えててすごいなー!」
ぽんぽん褒め言葉が出てくる。
(……褒めすぎだろ)
避けたのもパスしたのも、たまたま大きなミスにならなかっただけだ。
上手かったから見ていたんじゃなく、危なっかしいから目が離せなかっただけだろ。
だから、「ありがとう」は違う気がして、いい返しが出てこない。
コート内の声、『彼女が見てるぞ』『カッコいいとこ見せろよ』が引っかかったまま、口が先に動く。
「オレより、活躍してるやついるだろ。他のやつの方がすごい」
目を逸らして言った。
如月さんは焦った様子で笑う。
「そ、そうなんだ? あんま見てなくて……次はもっとよく見とくねー」
(……なんだそれ)
言葉に詰まる。
あんまり見ていなかったと言うわりに、如月さんはオレの避け方もパスの早さも細かく拾っていた。
他と比べての称賛じゃなく、オレの動きばかり見ていたように聞こえる言い方だ。
(……なんか、調子狂う)
そう思っていると、遠くから声が飛んできた。
「松前ー! すぐ試合だって」
「早く戻れー!」
「ああ」
足をコートへ向けると、如月さんがまだこっちを見ている。
「いってらっしゃい」
へらっと笑って手を振ってくる。
(……また見るのか)
でも、逃げたいとは思わなかった。
「……行ってくる」
ぼそっと返して、コートに戻る。
◇ ◇
(せめて……変なとこは見せたくない)
視線を外していても、もうわかる。
また、あそこにいる。
心配されるのが嫌なわけじゃない。
汗を拭かれて、飲み物を渡されて、ただ心配される。
そのまま終わるのが、嫌だった。
危なっかしくて目が離せないやつとして、もう見られたくない。
ボールが回る中、いつもなら見送る距離のボールに、オレは一歩踏み込んだ。
いつもなら、無理はしない。
危ない位置には行かない。
当たらないことだけを優先していた。
でも。
(……取れるなら)
飛んできたボールに手を伸ばす。
ぎりぎり届くかどうかの距離。
そのまま足が出る。
体の方が先に動いていた。
(いや取る)
もう一歩、踏み込む。
その瞬間。
ぐにっ、と。
足首が、変な方向に折れた。
「……っ」
声にならない息が漏れて、遅れて鈍い痛みが広がる。
(……やった)
体重をかけた瞬間、違和感がはっきり増して、オレはその場にしゃがみ込んだ。
近くのやつが声をかけてくる。
「おい! 大丈夫か?!」
「タイム!」
「動くなよ」
声が重なって、周りの視線が一気に集まった。
「……大丈夫」
反射的に返す。
しかし、もう一度足に力を入れてすぐに分かった。
(……無理だな、これ)
鈍い痛みが、足首に残っていた。
小さく息を吐いて目を外に向けると、如月さんがいる。
でも今は、さっきと違う場所だった。
笑顔が消えて焦った表情で、一直線にコートへ入ってくる。
(……最悪だ)
せめて、もう少しまともなところを見せたかったのに。
◇
如月さんは、オレが足をひねった瞬間からずっと見ていたのだろう。
コートの外から飛び出したかと思えば、今はすぐ目の前でしゃがみ込んでいた。
息は上がっているのに、声は落ち着いている。
「松前くん、大丈夫?」
「……まあ」
短く返したのは、ほとんど反射的な強がりだった。
如月さんはそれを、そのまま受け取らない。
「無理しないで」
分かっている、という顔で、逃げ道を塞ぐみたいにやわらかく言ってくる。
そのまま足元へ視線を落とすと、
「ちょっと見せて」
自然な動きで手を伸ばしてきた。
(……近い)
さっきより、ずっと近い。
周りの雑音が、耳に入った。
「いいなぁ……」
「デレデレしてるからだろ」
「心配して損した」
嫉妬混じりの声に「うるせぇ」と吐き捨てる余裕もない。
如月さんは、それが聞こえていない様子で顔を上げる。
「歩ける?」
「……いける」
また強がった。
数歩くらいなら、と思った。
けれど如月さんは、小さく首を振る。
「もう、無理しないでって言ったじゃん」
きっぱりと言った。
「保健室行こ」
「……分かった」
如月さんが立ち上がるのに合わせて、オレも膝に力を入れる。
その瞬間、ぐらっとバランスが崩れた。
「ほら」
そうなることを知っていたかのように、如月さんの肩がすぐ横に来た。
自然に肩を貸されて、逃げる隙もなく体が触れている。
如月さんに支えられる形で、歩き出す。
一歩踏み出すたびに足首へ鈍い痛みが走ったが、それよりも触れていることが気になって仕方ない。
オレの腕が如月さんの肩に乗り、体温が伝わってくる。
そのうえ、
(いい匂いする)
シャンプーなのか、柔軟剤なのか。
ふと、そんな感覚が入り込んできて、一気に現実へ引き戻された。
(オレ、汗……やばくないか。いま絶対、汗臭いだろ……!)
さっきまで試合で動いていて、息も上がっている。
いい状態じゃない。
離れた方がいい。
なのに、如月さんはまったく気にせず歩幅を合わせてくる。
「ゆっくりでいいから」
(……怪我してるからだ)
如月さんだって、平気なわけじゃない。
ただの介助だ。
ただの補助だ。
言い訳みたいに、頭の中で繰り返した。




