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ゼロゼロ! ~距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ~【改稿版】  作者: 空色いろはに


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15話 球技大会・当日、如月さんの応援は近すぎる①

 球技大会当日、体育館は朝からもう騒がしかった。

 笑い声と呼び声があちこちで重なって、クラスごとに集まってはいるものの、まとまりなんてない。

 みんな好き勝手に動いて盛り上がっている。


 そんな空気の中で、オレは少し離れた場所に立って、特にやることもなく周りを眺めていた。


(……テンション高いな)


 いつもより騒がしいだけで、居心地の悪さを覚える。


 無意識に、目が如月さんを探していた。

 人だかりの中心あたり、数人の男子に囲まれて喋っている姿がすぐに見つかる。


(……まあ、そうなるか)


 納得して、視線はそのままそこに留まる。

 まわりの男子たちが次々に如月さんに声をかけていた。


「如月さん! 応援来てよー」


「絶対来てね、オレらの試合」


「如月さん見てくれたらヤル気出るわ」


 軽い調子で笑いながら言う。

 冗談の形を借りてはいるけど、顔は本気で如月さんの返事を待っていた。


(やっぱ人気あるな)


 今さら驚くことでもない。

 如月さんは嫌な顔ひとつせず、いつもの明るさを崩さないまま、肩をすくめた。


「えー、どうしよっかなー。タイミング合ったら行くねー」


 断っているわけでも、行くと決めたわけでもない。

 相手の期待を真正面からは受け取らずに、上手く横へ逃がす返しだ。


「よっしゃ、じゃあ頑張るわ!」


「ちゃんと見といてね!」


 男子たちは満足げに、話を切り上げた。


 声をかけられたら笑う。

 期待を向けられたら、いったん受ける。

 けれど、最後の一手だけは渡さない。


(……慣れてる)


 如月さんはたぶん、そういう返し方を何度もしてきたはずだ。


(如月さんが見てくれたらヤル気出る、か。……まあ、わかる)


 内心で納得した。

 見た目もそうだし、ああいう雰囲気も含めて、男ならいいところを見せたいと思うのだろう。


(……オレには関係ないけど)


 そう思いながら、視線をそこに残したままでいると


「何してるんだ、早く準備しろ」


 如月さんを取り囲んでいた男たちが先生に呼ばれた。


「じゃあまたあとで!」


「絶対来てねー!」


 そんな軽い声がいくつか飛んで、面倒な囲みがようやくほどける。

 如月さんは軽く笑って手を振った。


「あとでねー」


 男子たちの背中が離れた瞬間、如月さんはくるっと振り向き、目が合った。

 そして、すぐにこちらへ駆けてくる。


「松前くーん」


 如月さんの白いTシャツに包まれた胸が、動きに合わせて上下に揺れる。

 そこに視線が勝手に止まってしまった。


(朝から何見てんだオレは)


 別に、そういう目で見たいわけじゃない。

 揺れるから目に入ってしまった。

 そんな言い訳まで考えて、無理やり視線を上げる。


 こんなの、本人が知ったら普通に引くだろ。

 如月さんはオレの目の前で足を止め、くすっと笑う。


「見てた?」


「な、なにを……」


 目が泳ぐ。


「さっきそこで囲まれてたの」


「……ああ、応援行かなくていいのか」


「約束したわけじゃないし」


 さらっと返される。

 如月さんは言葉を探すように声を落とした。


「松前くん、実行委員だから今日は少し空いてるよね。ちょっと話……」


 それを遮るように口を開く。


「さっき決まった」


「へ?」


 間の抜けた声。


「出る種目」


「え、なんで?」


「実行委員でも欠員あったら出るだろ。男子ドッジボールで、一人足りなくなったから。後半だけ出ることになった」


 淡々と説明する。

 如月さんの表情から明るさが抜けた。


「そんなぁ」


 ぽつりとこぼれた声は、本気で残念そうだった。

 その意味を深く考えないようにする。


 如月さんは軽く首を振って、無理矢理納得したみたいに頷いたあと、聞いてくる。


「ドッジボール危なくない?」


「危ないって……」


 オレは言いかけて、途中で口を閉じた。

 周りから声が飛んできたからだ。


「松前くんドッジ出るってマジ?」


「大丈夫か?」


「とりあえず逃げとけよ」


 笑い混じりの声で、それだけ言って去っていく。

 オレは小さくため息をついた。


(……まあ、そうだよな)


 運動できるタイプに見られていないのは、自覚している。

 如月さんが来たタイミングで言ってきたのは、わざとだろう。


 如月さんは、というと。

 口をきゅっとして、目を細めて言った。


「見に行っていい?」


「……は?」


 思考が一瞬止まる。


 さっき囲んでいた男子たちに向けていた返事と、違うことを言っている。

 タイミングが合ったら、ではない。

 『見に行っていい?』だ。


「心配だし」


 あまりにも自然に言われる。


(いや無理だろ)


 ただでさえ運動が苦手なのに、見られる。

 よりにもよって、この子に。

 逃げ場のなさを感じて、反射的に言葉が出た。


「別に来なくていい」


「応援したい」


 如月さんは引かない。

 もう決定事項として言われる。


(……終わった)


 重い絶望が、ずん、と落ちる。

 でも同時に。


(……来るのか)


 いや、待て。


(……何期待してんだ、オレは)


 応援したい、なんて言い方に引っかかるな。


 オレは、どう見ても足を引っ張る側だ。

 そんなやつがコートに入るなら、誰でも不安になる。


 見るからに危なっかしいやつが急に出ることになって、怪我でもしそうだと気にしているだけだろう。

 自分だけ特別みたいに受け取るのは、痛い。


「……好きにしていい」


 目を逸らして、それだけ言う。

 如月さんは、にこっと笑った。


「うんっ、好きにする」


◇   ◇


 体育館の一角に即席のコートが作られ、その周りに人だかりとざわついた声が集まっていた。


 オレはコートの近くで軽く肩を回す。

 準備運動というほどのものではない。

 落ち着かない手持ち無沙汰をごまかしているだけだ。


 目線を上げると、コート外の見やすい場所に如月さんが立っていた。

 こっちを見ている。


(ほんとに来てる……なんで、あそこなんだ)


 別に見なくてもいいだろ。

 もっと後ろでもいいだろ。


 そのとき、遠くで声がした。


「如月さーん、こっち来てよー」


 別のコートの方から、男子が手を振っている。

 如月さんはそっちを見て、軽く手を振り返した。


「ごめん、今ちょっと見たいのあってー」


 如月さんはあっさり断る。


 何を見たいのかは言わなかった。

 でもこの場でそれを、オレの試合以外に結びつける方が難しかった。


(……行かないのか)


 流れでそっちに顔を出してもいいはずなのに。


(オレのとこだけ?……いや、たまたまだろ)


 もう一度、如月さんを見てしまう。

 こっちを見たまま、周りの声に流されることなく、そこにいる。


(……)


 目が合った瞬間、少しだけスイッチが入った。

 理由はよく分からない。


(さすがに、何もできないのはダサい。せめて、足引っ張るのはダメだ)


 それくらいは、と思う。


 いいところを見せたいわけじゃない。

 最初からできないみたいに動くのは、違うと思うだけだ。


「おい松前、入れ替えだ」


「後半いけるか?」


「……ああ」


 オレは短く返して、コートに入った。


 開始直後、横をかすめるように飛んできたボールを反射で避けた。


「おー、よく避けたな」


「なんだよ、生き残ってんじゃん」


 外野の声に


「うるせぇな」


 と返しながら、すぐに位置を調整した。


 前に出すぎず、完全に後ろへ逃げるわけでもない。

 当たらない位置を探しながら、周りの動きだけはなるべく見る。


 ボールが回ってきたときは無理に投げず、すぐ近くの味方にパスした。

 目立つことより、ミスをしないことを優先する。

 相手が態勢を崩したとき、一度だけボールを当てた。


(……見てるよな)


 如月さんの視線があることだけが、意識に残った。


 試合が終わる。

 勝ったけど、試合結果はどうでもよかった。

 致命的なミスをしないこと、それしかない。


 コートを出ると、如月さんが一直線にこっちへ来る。

 息を弾ませながら、目をきらきらさせていた。


「はいこれー」


 差し出されたのは、きれいに畳まれたタオルだ。


「……いや、大丈夫」


 自分のタオルは持っていないが、如月さんの白いタオルに、自分の汗をつけるのは抵抗がある。


「そのままはよくないから」


 そう言って、すっと一歩距離を詰めてくる。


「ちょ……」


 言い切る前に、タオルが頬に触れた。

 額、首元をためらいなく拭かれる。


 動くたびに如月さんの身体が近づいて、胸が腕に触れそうな距離まで寄ってくる。

 オレはどこを見ればいいのか分からなくなって、呼吸まで変になった。


 近くの声が、一拍遅れてざわついた。


「え、なにあれ」


「松前なにされてんの」


「ずる……」


 視線が集まる。


(……最悪だろこの状況)


 止めるなら、今しかない。

 でも、ここで手を払えば、如月さんが悪いことをしたみたいになる。


「はい、終わりー」


 如月さんは周囲を気にした様子もなく、ぱっとタオルを離した。

 その満足そうな顔を見てしまうと、余計に何も言えなくなる。


(……拒めるかよ)


「松前くん、かっこ良かったねー」


「……どこが」


 試合に勝ったのはクラス全体の話で、オレ個人は別に大したことをしていない。

 如月さんは楽しそうに笑った。


「運動できないって言ったのウソじゃん」


「いや、できてないだろ」


「できてたよー」


 言いながら、今度はスポーツドリンクを差し出してくる。


「はい、水分補給」


「……どうも」


 受け取って飲むと、そこでようやく喉がやけに渇いていたことに気づいた。


(次の試合も、如月さんはいるのか……?)

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― 新着の感想 ―
如月さーん!! 松前くんのことになると、周りが見えてないよー!! がんばれ、松前くん!
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