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ゼロゼロ! ~距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ~【改稿版】  作者: 空色いろはに


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13話 球技大会・前日、ちゃんと聞いてほしい③

(……は?)


 扉を開けると、床に散らばった野球のボールと転がった段ボール。

 その中で、床に這いつくばるように手を伸ばしている如月さん。


 膝をついて、必死にボールを集めていた。


 扉のギィィという音に、如月さんが驚いて振り返る。

 目が合うと、如月さんは慌てて立ち上がろうとして、バランスを崩しかける。


「えっ、あっ……!ち、違っ!あの……!これ、その……落としちゃって……!」


 散らばったボールを指差す。


「ちゃんとやってたんだけど、ちょっと重くて……!すぐ戻すから!ほんとに!今やってて……」


 どんどん早口になる。

 またしゃがみこんでボールを拾い始めた。


「だから、その……サボってたとかじゃなくて……!」


 どこに視線を置けばいいか定まらないまま、オレはゆっくり中に入る。

 狭い空間に二人きりだということを、意識はした。


(……いや)


「……分かってる」


 如月さんを落ち着かせるように、短く言って隣にしゃがみ込んだ。


 ◇


(最悪なタイミングで戻ってきた……)


 あたしはボールを拾っていた手を、いったん止めた。


「……ごめんなさい」


 口からこぼれ落ちた。


「あたし……なんの役にも立たないのに、実行委員とかやりたがって。ちゃんとできる人がやれば良かったよね」


 言いながら、またボールを拾う。

 動きは、さっきより少し遅い。


「迷惑かけてばっかだし」


 乾いた笑いに、自分でも驚く。

 いつものあたしらしくない。


 松前くんは間をおいてから、近くのボールをひとつ拾った。


「……疲れてるんだろ。あんなに追い掛け回されたら、集中できないよな」


 松前くんの声は、低くて静かだ。

 拾ったボールを、箱に入れる。


 あたしは、手の中のボールを強く握った。


「……それも、あるけど。あたし最初から、やる気があって実行委員になったわけじゃないの」


 言うかどうか迷った。

 ここで止めれば、まだごまかせる。

 実行委員が足りなかったし、誰かがやらなきゃいけなかった。

 そういう理由にすればいい。

 でも。


 視線を落としたまま、小さく息を吐く。


「……松前くんがいるから、やっただけ」


 松前くんの手がぴたりと止まる。


「……は?」


「実行委員、一緒だったら話す機会増えるかなって……それで、これ。普通に迷惑かけてるの、ダサいよね」


 軽く言ったつもりだったのに、思ったより言葉は軽くはならなかった。

 あたしは、先に笑顔をつくって逃げた。

 松前くんは、少しだけ顔をしかめると、またボールをひとつ箱に入れる。


「オレ関係なく、やりたいことやればいいだろ。わざわざ……オレが一人になるとか、考えなくていいから」


「え、考えてないよ?」


「……ならいいけど」


 たぶん、違う受け取り方をされた。


(松前くんと一緒にいたかったって言ったつもりなんだけどな)


 でも、気持ちが軽くなっていた。


 そのまま手を動かしながら、ちらっと松前くんを見る。

 真面目に作業している姿は、無駄がない。


(……かっこいい)


 距離は近いし、雰囲気も悪くない。

 密室で、二人きり。


 ふと、目に入ったのは一つのボール。

 二人のちょうど間に、転がっている。


 一瞬で思いつく。


(……これ。タイミング合わせたら、手にぎれるやつだ)


 ありがちなやつ。

 漫画とかでよくあるやつ。


(……いやいや。なに考えてるの、不純な動機で実行委員になったのを反省したばっかりでしょ)


 いったん、否定してみる。

 でも、もう一回そのボールを見る。


 距離的に、いける。

 偶然みたいに手を触れるチャンス。


(……ちょっとくらい、いいよね?)


 さりげなく位置を調整する。

 手を伸ばす準備をし、あとはタイミングを合わせるだけ。


 松前くんが、そのボールに手を伸ばした。


(よし来たっ)


 ぎゅっ


 と、松前くんの手を握った。

 かたい、大きな手。


 でもそのせいで、松前くんの手がボールをつかめなくなる。


 ぐらっ、と二人のバランスが崩れる。

 松前くんが慌てて手をつこうとしたのが見えた。

 でも、その下にあったのは床じゃなくて、転がったボールだった。


 ボールに身体が持っていかれ、体重がそのまま前にかかった。


「あ」


 どさっ


 松前くんがそのままうつ伏せに崩れた。

 あたしはその上へ倒れ込んでしまう。


 数秒、静止。


(なにしてんのあたし)


 じわじわ理解が追いつく。


 完全に、松前くんを下敷きにしている。

 しかもただ乗っているだけじゃない。


 松前くんの背中で、胸が押し潰されるみたいに沈んでいた。

 むにっ、と形が変わる感覚が、自分でも分かる。


 動こうとすると、下にいる松前くんの身体がびくっと揺れた。


(やばいやばいやばい……!)


 頭が真っ白になる。

 息を止めた。


「……如月さん」


 松前くんが少し掠れた低い声を出す。


「身体浮かせて」


 余裕のなさが伝わってくる言い方。


「ご、ごめ……」


 慌てて身体を起こそうとするが、あせって手が滑る。

 ずしっと再び体重がのしかかり、「う」と松前くんの短い呻き声が聞こえた。


「ご、ごめ!ごめんっ!」


 今度はゆっくり慎重に身体を浮かせる。

 それから、松前くんに触れないよう床に転がるように離れた。


(最悪……)


 松前くんが身体を起こしているのを横目で見て、我に返る。


「だ、大丈夫!?」


 声が裏返った。


「お、重かったよね! 痛いとこない?」


「……平気」


 短く返ってくる。

 声はこわばっているが、痛がっている様子はない。


 ほっとしたのも束の間、自分がやらかしたことを思い出して顔が熱くなる。

 手を握ったうえに、乗っかって思いきり体重をかけた。


「……ご、ごめん。あたしが変なことしたから」


 早口に言うと、松前くんは


「……いや、オレが先に倒れたから」


 それだけ返した。

 怒っていないトーンだった。


(あたしがこれ以上謝らなくていいように、流してくれてるんだ……)


「そっか」


 その笑顔は自然に出た。


◇


「終わったー」


 ボールを箱に戻し終えると、如月さんは大きく息を吐いた。

 オレは軽く頷いて、ゆっくり立ち上がる。


 ここはもう片付いた。

 向こうの作業も残ってる。

 ここに長くいる必要はもうない。


 頭ではそう処理するが、この場を離れたい理由は他にあった。

 この狭い場所に二人でいると、さっきの感触が戻ってくる。

 終わったことなのに、背中に押し当てられた柔らかさと温度が、はっきり残って消えてくれない。


(最悪だ……)


 それを、作業の都合で隠す。


「じゃあ、オレは戻るな」


「え」


「様子見に来ただけだし。向こう、まだ終わってないから」


 如月さんが何か言いかけるより先に、言葉を重ねた。

 この子を避けたいわけじゃないが、このままここにいるのは無理だ。


「あのっ」


 如月さんが、少し大きめの声を出す。


「なに?」


「こういう作業、慣れてるんだね。さっきもめっちゃ手際よかったし……あたし一人じゃ、絶対もっと時間かかってた」


「……そうでもない」


「さっきの男子たち、もう来ないかな。ひとりだと不安で」


「探されてたけど、違う方向にいったから大丈夫」


「ほんと? ならよかった」


 如月さんの言葉が詰まる。

 会話が終わりそうになると、話題を継ぎ足してくる。


「実行委員の仕事って、まだ結構あるの?」


「今日中に終わらせるのは、あと少し」


「そ、そっか……大変だね」


 不自然な引き延ばしに気づかないほど、オレも鈍くはない。

 けど、いま近すぎるのはたぶん危ない気がした。


 自分の中で整理できるまで、距離をとったほうがいい。

 オレは、声を落ち着かせながら言う。


「昼休み、飯食う時。そのときに聞く……それじゃダメか」


 如月さんが顔を上げて、まっすぐ目が合う。


「……うん、大丈夫」


 と小さく頷く。


「そっか。じゃ、あと頼む」


「うん」


 それ以上は引き延ばさないようにと、扉を開けた。

 すっと光が差し込む。


「……あ、松前くん」


 呼び止められる。

 振り返ると、如月さんがにこっと笑う。


「ありがとう」


「ん」


 オレは外に出た。

 扉が閉まる音のあと、数歩歩いて思い返す。


(今の、引きとめてたよな)


 小さくため息をつく。

 話題を無理やり繋いで、終わらせないようにしているのが見え見えだった。


(ああいうとこ、可愛いよな……いや、だから何だよ)


 すぐに顔をしかめて打ち消す。

 さっきの感触がまたよみがえった。

 柔らかさと、重み。


(この状態で、会話続けるとか無理だっただろ)


 このまま倉庫に残っていたら、ろくなことを考えない。


(……離れたほうがいい)


 そう結論づけたはずなのに、頭のどこかでずっと引っかかっている言葉。


『松前くんがいるから、やっただけ』


 あれ聞いたあとで、距離を詰めるのは違う。


 期待しているみたいで。

 勘違いしているみたいで。


(……キモいだろ、それ。ワンチャンあるとか、考えてる時点ですでにキモい)


 あのまま「どうした」と聞けば、たぶん続いていた。

 何か話したそうにしていた如月さんに、気づいていながら聞かなかった。


 オレは舌打ちしそうになるのをこらえて、作業場所へ戻った。

 やることはまだ残っている。


◇   ◇   ◇


 昼休みの待ち合わせ場所は、校舎裏のベンチだった。

 なるべく人目を避けるため、如月さんより少し遅れて教室を出る。


 しかし。


「松前くん、なに。如月さんと待ち合わせ?」


「俺たちも行っていい?」


 廊下の角を曲がる瞬間、声をかけられる。

 振り向くと、クラスの男子が数人。


「ダメに決まってるだろ……」


 だが、それで引く連中じゃない。


「えー、なんでだよ。一緒に飯食うくらいいいだろ」


「友達連れてきたくらいのノリでさ」


 距離が一歩詰まる。

 あまりの馴れ馴れしさに、無意識に眉が寄った。


「いや、お前らと友達じゃないから無理」


「は?」


「じゃあ今から友達なればいいじゃん」


「松前くん友達なってよ」


「間に合ってんだよ。如月さん一人で手一杯だから、これ以上増やすな」


 一瞬、間が空く。


「……は? なにそれ、贅沢すぎだろ」


「いいよなー、お前は。如月さんにヒイキされてよ」


 笑いながら言ってくる。


(……ヒイキ)


 如月さんがオレを特別扱いしてるみたいに、そんなふうに見えてるのか。


 違う。

 如月さんは、オレがクラスで一人でいるから一緒にいてくれてるだけだ。

 休み時間に声をかけてくることも、弁当を分けてくれることも、クラスの中で浮かないようにしてくれてるからだ。

 周りを見て、空気を読んで、困っているやつがいれば自然に手を伸ばす。

 如月さんは、そういうことができる人間だ。


(ヒイキされてるわけじゃない……)


 別の考えが浮かぶ。


(じゃあ、オレがちゃんと友達とか作れたら……もう、話しかけてこないのか)


 クラスで一人じゃなくなったら。

 昼を一人で食べなくなったら。

 誰かと普通に話せるようになれば。

 その時、如月さんがオレに声をかける理由はなくなる。


 結論は出たのに、胸の奥がざわつく。


「……めんどい」


 それだけ言って、歩き出した。


「ちぇー、つまんね」


「ケチくさ」


 後ろで何か言っているが、もう聞かない。

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