12話 球技大会・前日、ちゃんと聞いてほしい②
「……オレとか」
言ってから後悔したが、遅かった。
勘違いするかもしれない、なんて。
そんなもの、ほとんど「期待している」と言っているのと同じだ。
如月さんの動きが、ほんの少しだけ遅れた。
それから、ふっと小さく笑う。
「いいよー」
さらっと言う。
(……なに言ってんだこの人)
勘違いしてもいい、という意味なのか。
そんなわけがない。
たぶん、深く考えずに流しただけだ。
気まずくならないように、いつもの調子で軽く返してくれただけ。
如月さんと一緒にいたら、自分はまた都合よく受け取る。
勝手に期待して、勝手に勘違いして、そのあとで勝手に落ち込む。
そうなる前に、終わらせたかった。
かといって、如月さんを一人にすれば、また声をかけられる。
さっきの体育館のときみたいに、見つかれば同じことになる。
(……面倒だ)
如月さんとは距離をとるべきだ。
でも、さっきの男子たちからは離しておきたい。
「……如月さん」
「ん?」
「倉庫の備品チェック、まだだから」
「そうなんだー」
「さっきみたいに追いかけまわされることもないから」
「やるっ」
「こっち」
短く言って、歩き出す。
如月さんは、すぐ隣に並んだ。
さっきより、だいぶ距離が近い。
人の気配がどんどん遠くなる廊下を進み、やがて古びた扉の前で足を止める。
「ここ」
指で示すと、如月さんがうなずいた。
◇ ◇
(一緒に作業できる!)
あたしはワクワクしながら扉に手をかけた。
ギィ、と重い音を立てて扉を開けると、薄暗くひんやりとした空間が広がっていた。
段ボールの箱やボール、畳まれたネットが積まれていた。
「思ったより狭いねー」
人が二人はいったら、それだけで肩が触れそうになるくらいの狭さだった。
(ここで松前くんと2人きり?!)
胸が小さく跳ねる。
人の声も遠い。
視線もない。
(やば! こんな狭くて静かなところで?!)
耳の先が熱い。
松前くんにそんな気などあるわけない、と自分に言い聞かせた。
これは作業。
真面目にやらなきゃ。
「よし! じゃ、やろっか」
そう言って、ふり返った。
そして、松前くんが入口から動いていないことに気がつく。
「……オレは別のとこ回るから」
「え?」
「これはオレの作業だから。如月さんのぶんはオレがやっとく」
「一緒じゃないの?」
「如月さんの仕事が残っちゃうから」
言っていることは分かる。
おかしくない。
むしろ、ちゃんと考えてくれている。
「そっかー」
頷くしかない。
拒まれたわけじゃない。
分かっている。
ただ、自分だけが浮かれていただけ。
松前くんは
「こっち終わったら戻る」
とだけ残し、背を向けた。
扉がゆっくりと閉まり、足音が廊下に響いて、遠ざかっていく。
やがて、完全に聞こえなくなる。
(一緒じゃないんだ)
さっきまでの、楽しい気分が冷めていく。
でも。
助けてくれた。
お昼も一緒。
(戻るって言ってた)
小さく息を吐く。
気持ちを切り替えるように、用紙を取り出した。
「ん、やるか!」
独り言で気合いを入れて、段ボールを開ける。
ボール、ビブス、コーン。
中身を確認して、用紙にチェックをつける。
単純な作業。
一つ片づけ、次の箱へ手を伸ばす。
二箱目を終えたところで、ふと手が止まる。
入口のほうを見る。
(……まだかな)
また作業に戻る。
でも、さっきより少しだけ手が遅い。
耳が無意識に外の音を探していた。
(だめだめ、ちゃんとやらなきゃ)
背筋を伸ばす。
これじゃ、ただ待っているだけになってしまう。
松前くんが戻ってきた時、作業がろくに進んでないと思われるのは嫌。
少しだけ焦りが混ざっていた。
早く片付けたくて、段ボールを持ち上げる。
思ったより重い。
「よいしょ……」
棚に乗せようとしたとき、段ボールの中でボールが片方へ寄る。
重心がずれた。
「あっ」
ぐらっとバランスが崩れて、段ボールが落ちた。
どんっ
鈍い音とともに、コロコロと野球用のボールが床に散らばった。
「うそ……」
すぐにしゃがみこんで、拾い始める。
(松前くんが戻る前に、ちゃんと戻さないと)
転がったボールを追って、棚の奥まで手を伸ばす。
冷たい床に手が触れる。
さっきよりも、静けさが重く感じた。
◇ ◇
(……だる)
オレの頭の中では、さっきのやり取りが繰り返されていた。
『勘違いするヤツ、いるだろ』
『誰が?』
『……オレとか』
『いいよー』
如月さんは、何でもないみたいにあっさり言った。
どう考えても、深い意味なんてない。
あれは、気まずくならないように流しただけだ。
誰にでも自然にああいうことを言っている。
そう結論づけようとするのに、うまくいかない。
ほんの少しだけ、別の可能性が浮かんでしまう。
(ワンチャン……あるのか?)
浮かんだ瞬間、すぐに顔をしかめた。
(なに期待してんだよ、きも)
目立って、可愛くて、自然と周りに人が集まるような子だ。
男なんか、いくらでも寄ってくる。
実際、さっきだってそうだった。
そんな子が、自分だけ特別みたいなことを言うわけがない。
(あるわけない)
そこまで考えて、また止まる。
(一緒にお弁当食べてくれるし、オレのためにわざわざおかず作ってくれる)
また都合のいいところだけ拾っている。
普通に料理好きなんだろう。
人に食わせるのが好きなタイプ。
(毎日話しかけてきてて)
オレがクラスで浮かないように気をつかってくれてるだけ。
(いや、待て……)
もし違ったら?
もし本当に、少しでも意味があったら?
(……ないだろ)
そんなできた話があるか。
勘違いした男って一番キツい。
(いやでも、他の男にはあんな感じじゃなかった……)
そこまで考えて、頭がぐちゃっとなる。
もし本当に誰にでもああなら、なんでこっち見つけた瞬間すぐ来た。
なんで隣に来るとあんなに近い。
さっきの距離感を思い出す。
編んだ髪。
甘い匂い。
Tシャツ越しに張った胸。
(いや今そこ関係ない)
そう思いながらも、なかなか頭から離れない。
あるわけない。
勘違いするな。
「はぁ……」
ため息が漏れた。
自分が勝手に『いいよー』に意味を持たせようとしている。
(マジでキモい)
手元の用紙を見る。
任された作業は、指定された備品を所定の位置へ移動。
やることは単純だ。
無理やり意識を切り替える。
体を動かしている間は、余計なことを考えなくて済む。
(……考えるだけ無駄)
そのとき。
クラスの男子二人が声をかけてきた。
「なぁ、松前」
「如月さん、どこ行ったか知らね?」
「知らない」
「さっき一緒にいただろ」
「用事は済んだから別れた」
二人は顔を見合わせる。
「えー、マジかよ」
「どこ行ったんだろな」
それから、ふとこっちに目を向けた。
「てかさ、松前くんLINE知ってるんでしょ?」
「聞いてみてよ。今どこいるー?って」
「……」
オレが黙っていると、二人はさらに続ける。
声の調子が、だんだん馴れ馴れしくなる。
「呼び出してよ」
「せっかくだしさ」
「やだよ」
「は?」
「なんで?」
「めんどい」
そっけない返答に、
「お前、そういうとこだぞ」
半分笑いで返してくる。
(倉庫に一人にして来た意味なくなるだろ)
「そうやって如月さんを軽く扱うから、お前らはLINE教えてもらえないんだろ」
一瞬、空気が止まった。
「いや、別に軽く扱ってるわけじゃ……」
言いかけて、気まずそうに目をそらす。
男子たちは不満そうにしながら、
「まあいいや、探すわ」
「見つけたら教えろよー」
軽く手を振って、そのまま去っていく。
足音が遠ざかると、いったん静かになる。
オレは小さく息を吐く。
(……ほんとにしつこいんだな)
さっきの如月さんの状況を思い出す。
囲まれて、身動きが取れなくなっていた姿。
あれがまた起きても、おかしくない。
(……倉庫、バレてないよな)
不安がよぎる。
(……いや)
まだ作業は残っている。
(確認するだけだ)
そう決めると、手に持っていた備品を置いて、歩き出した。
足取りは、さっきより速い。
(別に心配とかじゃ……また面倒なことになってたら、だるいってだけだ)
廊下を曲がり、倉庫の近くまで来る。
扉は閉まったままで、中の気配は外からじゃ分からない。
(……いるよな)
ノックはせず、扉を開けた。
そこには、床に散らばったボールと転がった段ボール。
その中で、床を這うように手を伸ばしている如月さんの姿があった。




