選択
※この物語はフィクションです。
あなたが観測するまでは。
夜。
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テレビの光だけが、部屋を照らしていた。
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『——本日未明、交通事故により中学生の男子生徒が死亡しました——』
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淡々とした声。
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画面には、事故現場。
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倒れた自転車。
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規制線。
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『運転していたのは、交通課所属の警察官——』
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その一文で、空気が変わる。
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『警察官は「自転車が急に飛び出してきた」と供述しており——』
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悟は、何も言わずに見ている。
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画面が切り替わる。
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笑っている写真。
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亡くなった中学生。
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その隣に、家族。
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「……」
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リモコンには触れない。
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ただ、見ている。
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『現場にブレーキ痕はなく——』
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『過失の有無については現在調査中です——』
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そこで、音が切れる。
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悟が、テレビを消した。
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部屋が静かになる。
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「……」
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考える。
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内容は、単純だ。
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事故。
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証言。
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証拠。
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そして。
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結論。
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「……決まるな」
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小さくつぶやく。
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結果は、見えている。
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証拠は揃う。
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証言も揃う。
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“そういう形に整えられる”
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■
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翌日。
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大学。
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「見た?」
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凪が席に座りながら言う。
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「昨日の事故」
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悟は、何も言わずに頷く。
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「やばいよな」
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軽い口調。
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「でもさ」
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一拍。
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「警察って時点で、まあ分かるよな」
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悟の視線が動く。
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「何がだ」
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「いや」
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凪は肩をすくめる。
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「どうせ証拠揃うだろ」
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あっさりと言う。
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「飛び出しってことになるって」
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「……」
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悟は何も言わない。
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だが。
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その通りだと思う。
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そして。
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それが“普通”だとも。
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■
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数日後。
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ニュース。
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『——警察は、過失は軽微であると判断し——』
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『本件については書類送検のみにとどめる方針です——』
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予想通り。
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悟は、画面を見ている。
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変わらない。
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何も。
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証拠は揃っている。
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だから、覆らない。
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「……」
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机の上。
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翁。
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静かに置かれている。
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悟は、それを見る。
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理解している。
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やれること。
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やればどうなるか。
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すべて。
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「……」
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立ち上がる。
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迷いはない。
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ただ一つ。
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選ぶだけ。
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「……関係ない、か」
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小さく言う。
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凪の言葉が、頭に残っている。
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“どうせ決まる”
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その通りだ。
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なら。
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「……決めるか」
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静かに言う。
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それが。
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自分の役割なら。
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■
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夜。
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街。
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悟は、一人歩いている。
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目的は決まっている。
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警察官。
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その男。
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証言。
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記録。
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すべて。
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「……変える」
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それだけ。
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理由は、もう必要ない。
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正しさでもない。
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怒りでもない。
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「……必要だからだ」
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その言葉だけで、十分だった。
——この物語は、あなたに観測されたことで成立しました。




