観測されない時間
※この物語はフィクションです。
あなたが観測するまでは。
夜。
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宮島悟は、窓の前に立っていた。
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街の光。
遠くの車の音。
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いつもと同じ景色。
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だが、頭の中は違う。
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事件のこと。
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防犯カメラ。
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時間。
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「……あるのに、ない」
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小さくつぶやく。
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見えている。
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だが、肝心な部分だけ抜けている。
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「……見えてないんじゃないな」
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一拍。
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「見せてない」
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結論に近づく。
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あの時間。
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あの数分。
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そこに、何かがあった。
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確実に。
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「……なら」
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ゆっくりと、手を上げる。
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指先に、意識を集中させる。
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無理に力を使う感覚じゃない。
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“そこにある前提”にする。
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「……その時間」
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静かに言う。
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「観測されていた状態にする」
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その瞬間。
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部屋の空気が、わずかに沈む。
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音が遠くなる。
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時計の秒針が、少し遅れる。
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スマホの画面が、点いたまま揺れる。
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開いていた記事。
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その一文が、微かに歪む。
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『出入りは確認されていません』
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その文字が、にじむ。
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次の瞬間。
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“変わる”
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『一部の時間帯において、映像の不整合が確認され——』
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悟の目が、わずかに開く。
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「……」
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何も言わない。
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ただ、見ている。
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さらに、変化が広がる。
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記事が更新される。
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関連リンクが増える。
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“なかった情報”が、現れる。
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映像データ。
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断片的な映像。
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ノイズの混じった記録。
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悟は、画面に手を伸ばす。
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「……見せろ」
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小さく言う。
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映像が、再生される。
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住宅街。
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夜。
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カメラの視点。
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人が通る。
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車が通る。
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いつもの流れ。
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そして——
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問題の時間。
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一瞬。
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ノイズ。
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だが。
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消えない。
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その中に、“影”がある。
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「……いるな」
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悟の声が、低くなる。
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影が、動く。
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カメラの“見えないはずの位置”を。
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すり抜けるように。
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もう一つ。
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別の影。
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「……一人じゃない」
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動きは、迷いがない。
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まるで。
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そこを知っているように。
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映像が、わずかに揺れる。
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断片。
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音。
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『……ここだ』
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かすれた声。
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『早く——』
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途切れる。
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映像が止まる。
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悟は、ゆっくりと手を下ろす。
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「……なるほどな」
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理解する。
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死角じゃない。
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“死角にしていた”
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「……最初から、見えないようにしてたのか」
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静かに言う。
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複数。
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計画。
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そして。
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情報の“操作”。
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全てが、繋がる。
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■
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同じ頃。
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編集部。
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班目唯のスマホが震える。
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通知。
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『杉並四丁目事件 新証拠か』
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「……え」
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急いで開く。
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記事が更新されている。
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『これまで不明とされていた時間帯に関し——』
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「……なんで今」
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あり得ない。
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あまりにも、急すぎる。
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「……誰かが」
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言葉が止まる。
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考えたくない。
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でも。
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「……触った?」
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■
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同じ頃。
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宮島悟。
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部屋。
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スマホの画面を見ている。
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更新された記事。
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映像。
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情報。
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「……」
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何も言わない。
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ただ。
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少しだけ。
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息を吐く。
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「……見えたな」
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静かに。
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世界が、ほんの少しだけ変わる。
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誰にも気づかれないまま。
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“なかったもの”が。
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“あったもの”になる。
——この物語は、あなたに観測されたことで成立しました。




