第93話 それぞれの街
夕刻
各地の街では迷い人たちが換金屋へ向かい、酒場では開店準備が始まっていた。
街の近くで活動をしていた迷い人達はそれぞれの街に戻ってその日稼いだ魔石を現金に換金する。どこの街でもこの時間、換金屋はピークタイムを迎えていた。レストランや飲み屋も夜の営業の準備で忙しい時間帯でもある。
元迷い人で飲み屋をやっているリタイア組は夜の営業に備えて店の中で開店準備に勤しんでいる。
この世界に数万人いる迷い人、元迷い人全員の脳裏に突然声が響いた。
『この世界にあるゲートを見つけ、それを潜った者が現れました』
女神の代理は同じ言葉をもう一度繰り返した。
その瞬間、この世界にいるすべての迷い人と元迷い人の動きが止まった。
始まりの街ではスモーキーが開店前の店の中の掃除をしていた。新しい迷い人のほとんどが街を離れており、開店休業状態だが彼は毎日店を掃除しては、いつ客が来てもいい準備をしている。
女神の言葉が脳内に聞こえた時、彼はカウンターを拭いていたがその手をとめた。女神の言葉を2度聞いた彼は顔を天井に向けるとつぶやいた。
「間違いない。ジョージだ。奴はやり遂げたんだな」
そう呟くとスモーキーは掃除を中断してカウンターに戻り、グラスに酒を注ぐとそのグラスを持ち上げた。
「ジョージ、おめでとう」
そう声に出すとグラスの酒を一気に飲んだ。
2番目の街では女神の声を聞いた”ローズ”のゲイリーはすぐに店を飛び出すと近くにある”ケット・シー”の扉を開けた。店の中ではローズが祈りを捧げていた。
「ジョージよね」
店に入ってきたゲイリーを見るなりそう言った。
「ああ、間違いないだろう。ジョージだ」
「あったのね。ゲートが本当にあったのね」
ローズは涙を流している。
「あいつ、本当にやりやがったんだ」
「女神様の言葉通り、この世界にゲートがあったのよ」
ローズは再び両手を合わせて床に跪くと祈り始めた。
3番目の街では脳内の言葉を聞いた”なごみ”のアヤネが店を出ると”ケープ”の扉を開けた。アヤネは涙を流している。
「ジョージが見つけたのだろう。大した奴だよ」
店に入ってきたアヤネを見てトムソンが静かに言った。
「本当にやり遂げるなんて」
涙を流しながらアヤネが言った。彼女もジョージが見つけたのだと信じている。
「何十年も見つからなかったゲートをあいつが見つけたんだ」
「本当にあったんだね。本当にゲートがあったんだね」
そう言ったアヤネの目からはとめどなく涙が流れていた。
西の街、東の街、南の街でジョージが行きつけにしていた飲み屋の連中は女神の像のことは知らないが、それでも女神の声が聞こえてきた時に頭の中に浮かんだのは日本人のジョージだった。
彼は違う。彼ならやるかもしれない。そう思ってはいたがいざゲートが見つかったという声を聞くと説明できないほどの大きな感情が沸き起こってきていた。自分たちがこの世界で長い間生きてきた意義が有ったということが彼らの感情を爆発させていた。中には大声を出して叫んでいる人もいた。
彼を知らない迷い人の中には女神の代理の言葉を聞いて椅子から崩れ落ちたり、街の中で呆然と立ち尽くしている者がいた。
アイクとキキは川の街の中で女神の代理の言葉を聞いた。しばらく黙っていた2人。アイクが突然笑い出した。
「やりやがった。やっぱりあいつは俺の兄弟だ」
同じ川の街では女神の声が聞こえた時、ジュンとケンゾーがリバーサイドホテルの個室で夕食を食べていた。2人は食事の手を止めるとお互いに見つめ合った。
「ジョージだろう」
「間違いないな。ゲートを見つけたのは彼だ」
2人とも静かな口調で話をしている。
「とうとうやってのけたか」
「砂漠の街があるエリアだったか」
「後悔してるのかい?」
ケンゾーが向かいに座っているジュンに言った。彼は首を左右に振る。
「後悔はしていない。それはケンゾーも同じだろう?それよりも本当にゲートがあったということ、それを見つけたのが俺たちと同じ日本人だということに誇りを感じているよ」
そう言ったジュンが食事に戻った。
「これで「俺も」、「私も」と続く奴らが出てくるだろうな」
テーブルの上に置かれている水を飲んだケンゾーが言った。
「そうなるだろうな。ただだからと言ってそう簡単に見つけられるとは俺は思っていない。おそらく普通の探し方じゃ見つからないようになっているからこそ、長い間誰も見つけられなかったんだろう。戦闘能力はもちろんだが、それ以外に運、タイミング、それらが全て揃った時に、見つけることが出来るのだろうという気がする」
ジュンが言うとその通りだとケンゾーが彼の言葉に大きく頷きながら言った。
「さっきの女神のアナウンスを聞いて冷静さを失っている迷い人が多くいるだろう。実力もないのに南へ行こうとして事故が増えるかもしれない」
「それは間違いないだろうな。何十年も見つからなかったということを忘れて無茶をする奴らが多く出てきそうだ。ただそれで事故にあったとしてもそれは自業自得だ」
二人はその後はいつも通りの打ち合わせをしながら食事を続けた。
レイモンドとギャツビーは山裾の街の換金屋でたまたま一緒になり、ホテルに戻ってレストランに入ったタイミングで女神の言葉を聞いた。
「砂漠の街のエリアか」
レイモンドが言った。
「そうだな。見つけたのはジョージだろう」
「ああ、俺も彼が見つけたのだと思う」
「どうする?」
そう言ったギャツビーの目を見るレイモンド。
「お前が考えている事と一緒さ。砂漠の街は隣町だ。行かない手はないな」
レイモンドがそう言うとテーブル越しに拳を突き出した。ギャツビーも拳を突き出して合わせる。
「3、4日後に出るか」
「いいだろう」
「それにしてもやっぱりジョージは本物の迷い人だったな」
「あいつと知り合ってすぐに思ったよ。こいつは本物の迷い人だってな。俺の見方が正しかったということだ」
「結局最後までソロでやり抜いたのだろうな」
「それは間違いない」
砂漠の街ではアラン、コービー、そしてエステバンが揃って”ボーダー”に顔を出した。ジョージの行きつけの店だ。3人が店に入ってそう時間をおかずに女性の二人組、カロライナとエミリアが入ってきた。カウンター席のほとんどが埋まった。
「神のお告げのおかげで商売繁盛だ」
マスターのスミスが言ってからそうだろう?とカウンターに座っている5人を見る。
「ついにゲートを見つけたか」
「ジョージだろう」
「ああ、間違いない。あいつが見つけたんだ」
ここにいる全員がゲートを見つけたのはジョージだと信じている。
「ジョージはこの街に来た時から雰囲気があった。あそこまで自分を信じて動けるのは羨ましいくらいだったよ」
最年長のアランが言うと他の4人もやっぱり違っていたよなという話になる。
「ゲートを見つけたというアナウンスを聞いてすぐ彼が浮かんだよ。それくらいに印象の強いジャパニーズだ」
コービーが酒を飲みながら言っている。
「私たちも明日から動くわよ」
「お前さん達だけじゃないぞ、この街にいる多くの迷い人が明日から動くだろう。北からも人がやってくるだろうな」
エステバンが言った。
その後もジョージの話題で酒を飲んでいる5人。
「ゲートを潜ったジョージはどこに行くんだろうね」
エミリアがポツリと言った。
その答えを得るには自分もゲートを見つけるしかない。
ここにいる5人は次は自分が見つけてやろうと意気込んでいる。自分たちがいるこのエリアのどこかにゲートがあると分かったからだ。
ジョージを知る者はゲートを見つけたのだ彼だと信じている。ただジョージを知らない迷い人も数多くいる。いや、知らない人の方がずっと多い。
そんな彼らの間では、一体どこの誰が、どこでゲートを見つけたのかという話になり、情報を得ようとそれぞれの街の飲み屋に顔を出しては何か情報がないかと動き回ることになる。ただそこで出てくる情報が真実とは限らない。あちこちの街で当然のようにガセ情報が飛び交い、右往左往する迷い人が続出した。
今までゲートなんて本当はない、俺たちは女神に踊らされているだけだ。そう思っていた人たちにとってゲートが見つかったという女神のメッセージは強烈なインパクトがあった。
かと言ってそれまで自分達が今いる場所から南に進めなかった者達がすぐに南に行ける訳もない。この世界でダラダラと生きてきた迷い人達はこれからどうすればいいのか、西の街や東の街では外に魔獣を倒しに行くこともせず、街の中で朝から晩まで知り合いと集まっては答えのでない話をする迷い人の集団があちこちにできた。
ゲートが見つかったという女神の言葉でこの世界が一変した。




