第92話
砂漠の街で体を動かしながら準備をしていたジョージ。体調も元に戻って再び遠出をする時期が近づいてきた。
今回は街を出て東方面に片道4、5ヶ月かけて山を調べるつもりだ。それで見つからなければまた仕切り直し、今度は片道半年以上かける。ゲートを探すのに近道はない。同じことを何度も繰り返すしかないことを彼は知っている。
ジョージはこの街があるエリアの中にゲートがあると信じている。山から降りてきた時に女神像が震えたのがその証拠だ。自分は必ずゲートを見つけることができる。この考えは女神像をもらった時から変わっていない。
ホテルのレストランのテーブルの埋まり具合でどれくらいの迷い人が遠出をしているのかが分かる。一時は満席近い状態が続いていたが、ここ2、3週間は何時に行っても半分も埋まっていない。皆どこかに遠出をしているのだろう。ジョージと一緒に飯を食ったり酒を飲んだりする知り合いもいない。
この日”ボーダー”に顔を出すとエステバンが一人で座っていた。
「久しぶりだな」
隣に座ったジョージが言った。
「今日の昼前に帰ってきたんだ。昼から部屋で寝ていたんだよ」
「なるほど」
「4ヶ月遠出をした。金策にはなったぞ」
エステバンが言った。
「お前はもう十分に金持ちだろう」
マスターのスミスがエステバンの前に新しい水割りのグラスを置いて言った。
「金を使う場所ももうあまりないしな。それよりもジョージはどうしてたんだ?」
「しばらく街の周辺で体を動かしていたよ。そろそろ遠出をしようかと思ってる」
「今度はどれくらい行くつもりなんだ?」
スミスが話しかけてくる。
「8ヶ月くらいかな。片道4ヶ月を想定している」
「また売り上げが減るな」
「そういうけどさ、そんなに頻繁には来てないぜ、それに俺がいない間はエステバンが売上に協力してくれるんじゃないの?」
「それを期待してるんだよ」
「しばらくは遠出をしない。つまりスミスのお店の売り上げに協力する機会が増えるのは間違いないな」
しばらく3人で話をしていたが、エステバンが椅子から立ち上がった。
「流石に疲れたよ。久しぶりに酒も飲んだし、俺は先に帰らせてもらう」
彼が店を出ると残っている客はジョージだけになった。
「エステバンの方が金持ちだ。俺が不在の間は奴からしっかりと巻き上げてくれよ」
店に一人になったジョージがスミスに言った。
「もちろん、そのつもりだぜ。それにしてもエステバンは疲れた顔していたな」
「遠出で収穫がなかったらそうなるよ」
まだこの街に来て日が浅い自分でもそうだ。ベテランになると過去に行ったエリアにももう一度行っていることもあるだろう。それで何も収穫がなければ精神的なダメージを受けるのは違いない。エステバンはキレるまでは落ち込んでいないが、それでも肉体的よりも精神的にかなり疲れていると言うことはわかる。
「俺も迷い人の時はそうだった。迷い人の間ではこの砂漠の街はこの世界の南の端だという認識だ。ここはデッドエンドの街だ。他の街ならここになければ南に行けば良いと考えるが、ここではそうはいかない。つまりここにあると信じて住んでいる奴らは他に行くべき場所がない。そんな中で毎回遠出をしても収穫がないということが続けば精神的なダメージが蓄積されて事故が起こりやすくなる。なかったらまた探しに行けばいいんだ。それくらいの気持ちで行かないと参っちまうぞ」
スミスが真顔になって言った。
「分かった。気持ちが切れないようにするよ」
ジョージが言うとその通りだとスミスが大きく頷いた。
「ジョージはソロだ。自分を信じられなくなったら終わりだぞ」
スミスの言う通りだ。気持ちがグラついたら自分の行動全てに影響が出る。注意力が落ち、咄嗟の判断ができなくなり、それが事故、あるいは死に繋がる。
「その通りだ。いい話を聞いたよ」
「そう思うのなら遠出から帰ってきてまた顔を出してくれ」
彼がボーダーを訪ねた3日後の朝、ホテルの部屋代を再び1年分前払いしたジョージは今度は東を目指して歩き始めた。片道2ヶ月のエリアは前に探索をしているがそれでも周囲を見ながら進んでいく。夕刻になると山を登って緑の木が生えているエリアの中にある大木の枝で夜を過ごし、翌朝に再び枯れ木の斜面を進んでいく。魔獣を倒して魔石を取り出し、周囲を警戒しながら東に進んでいった2ヶ月後、彼にとって未知のエリアになった。
ジョージが進んでいる方向右手、南側は広大な砂漠が広がりそこに強い日差しが指している。空気は乾燥しているので水分補給を切らさない様にしながら彼は進んでいた。装備を変えたことで魔獣を倒す時間が短くなり、その分疲れにくくもなっているが、それでも彼は自分を過信せずにきっちりとルーティーンを守っていた。
時には早めに山の上に移動し、木の実を食べ、そのまま大木の枝の上に登って休息を取る。一刻も早く東に移動したいという気持ちを抑え、十分な休息を取る様にしていた。無理はしない、ゲートは逃げない。そう思いながら一人で野営をし、体調を少しでも回復し、次の日になるとまた枯れ木が生えているエリアをゲートを探しながら東に進む。
自分だけじゃない、ソロであろうがチームを組んでいようが迷い人の行動に大差はない。強い精神力を持ち続けることが一番大事だとジョージは理解していた。
街を出てから3ヶ月とちょっとが過ぎた。
ここ数日は快晴が続いており強い日差しが降り注いでいる。その中をゲートを探しながら枯れ木の山の斜面を進んでいるジョージ。
山の上の方に行けば緑の木が生えているので直射日光を浴びることもないが、ここは枯れ木が点在しているエリアだ。どこを歩いてもまともに陽の光を浴びることになる。
この日の昼頃、斜面にいる魔獣のティラノを倒して魔石を取り出したジョージが立ち上がって周囲を見ていると、1箇所で彼の顔が止まった。
「うそだろう?まさか…」
彼が目をとめた先、山の斜面に不自然なほど綺麗なアーチの状の影が落ちていた。
よく見るとバラバラに生えている枯れ木の幹と枝が陽の光で影を作っているがそれがアーチ型の影、どこから見てもそれはゲートそのもの形だった。
「これがゲートなのか?」
周囲を警戒しながらジョージは影の中入った。その瞬間ポーチが震えた。見なくてもわかる。木彫りの女神像が震えている。ポーチから女神像を取り出してみるとまだ震えている。
「間違いない、これがゲートだ」
そう思った瞬間、ジョージの身体が震えた。
今までも木の影は見てきたがここまで一目見てアーチ、ゲートの形をした影は見ていない。それは断言できる。
「これがゲートだとして、そこをくぐるとはどういうことだ」
アーチ状の影の中で立っているジョージは一番最初に女神が言った言葉を思い出していた。
ただ感覚的にこの中から出たらダメだという気がする。幸いに周囲に魔獣の姿はない。それでも彼は周囲を警戒しながらゲートを潜るという意味を考えていた。
足元を見るとゲートが少し動いている。陽が傾くにつれて影も移動する。
「自分は動かず、影が動いてその結果俺がゲートから離れたらいいのかもしれない」
彼はゲートの影の真ん中に立った。頭の上にはゲートのアーチが、左右にはゲートのポールの影がある。
間違っていてもいい。影が自分から離れるまではこの場から動かない。そう決めた。空を見ると雲一つない天気だ。これが曇りの日だったら見つけられなかっただろう。自分の思いが違っていれば明日違うことをすればいいだけだ。
その場に立っているジョージに魔獣が数度襲ってきたが、彼はほとんど動かずに魔獣を倒す。魔石は取り出さず、魔獣の死体を遠くに蹴り飛ばした。
ゲートの影は時間の経過とともに少し形を崩しながら移動するが、アーチの影はしっかりと残っている。アーチの左右にあるポールの1本の影がジョージの身体に伸び、それから足に伸びてきた。
彼がゲートの間に立って3時間が過ぎた時、身体にかかっていたアーチの影が完全に彼から離れた。
その瞬間、ジョージの姿がその場から消えた。




