第91話
”コインブラ”に顔を出した数日後、”ボーダー”に顔を出したジョージはそこでホワイトホテルに戻っていない迷い人の話をスミスから聞いた。
「そいつは以前から数ヶ月遠出をし、戻ってきて4、5日するとまた旅立つということを繰り返していたそうだ。周りはしっかり休んでから遠出をした方がいいぞとアドバイスはしていたらしいがな」
「この街に来て何年目の迷い人なんだい?」
「3年目だ。ジョージが来る少し前にやってきたんだよ」
「焦っていたのかな」
「そうじゃないか、焦り、気負い。自分で自分を追い詰めてたんだろう」
「真面目な奴ほど陥りやすいって話を聞いたことがある」
ジョージが言うとスミスがニヤリとした。
「そいつはドイツ人だ。イメージ通りだろ?」
几帳面だと言われているドイツ人。もちろん国民全てがそうじゃないが、一般的なイメージはそうだ。ジョージが黙っているとスミスが言った。
「俺はジャパニーズもドイツ人と一緒で真面目で几帳面だと思ってたが、ジョージを見てジャパニーズに対する印象を変えたよ。
そう言って笑った。
「俺は自分でも変わり者だと思ってるからな。普通じゃない」
「今俺たちがいるこの世界自体が普通じゃない。どこの国の出身とかは関係なく、適応能力が低いやつは生き残れないのさ」
確かにスミスの言う通りだ。郷に入っては郷に従え。前の世界での価値観を押し付けても仕方がない。考えてみれば悪落ちしてるやつらもこの世界における不適合者なのかもしれない。
今回のドイツ人の件を聞いたジョージはしっかり休んで疲れを取り、体調を万全にしてから遠出をする必要性を改めて認識する。
次の遠出は東方面に向かう予定で、期間は8か月ほどを見込んでいる。西方面の8ヶ月に及ぶ遠出では成果がなかったこともあり、ジョージはすぐにでも東に向かう準備を始めようとしていた。しかしドイツ人の話を聞いて焦る気持ちを抑えることができた。帰ってこないその迷い人には申し訳ないが、それがジョージに立ち止まる時間を与えた。
「ジョージはどれくらいの間、遠出をしていたんだ?」
「約8ヶ月かな」
「長かったんだな」
グラスを口に運んだジョージがそのまま頷いた。
「ここまで長いのは初めてだったよ。移動でもここまではなかったからな」
「気持ちが急くのは分かるが、しっかり休めよ。自覚がないかもしれないがかなり疲れてるはずだ」
ジョージはスミスの言葉に大きく頷いた。
ゲートは逃げない。焦っても仕方がない。
翌日からジョージは昼間に3、4時間程外で魔獣を狩って身体を動かす。次の長い遠出の準備はまだ始めていない。まずは体調管理だ。
自分の調子が本調子じゃないというのを判断する材料は個人個人で違う。ジョージの場合は1日外で活動した後の疲労具合が判断のバロメーターになっている。翌日になっても疲れが残っているようなら、それは本調子じゃないということだ。
ジョージは少しずつ街の外で体を動かして体調を元に戻していく。次の遠出も往復で半年以上になる。万全な状態に仕上がったと思えるまでは無理をしないつもりだ。
この日、夕刻に砂漠の街に戻ってきたジョージは換金を済ませると武器・防具屋に顔を出した。彼が店に入ると奥から店主のマンセルが顔を出してきた。
「やあ、ジョージ、いいタイミングで店に来たね」
「何かいい物が入りましたか」
「防具でいいのが入ったよ」
そう言ってマンセルが奥から防具を持ってくるとテーブルの上に置いた。外見は迷い人が着ている防具と変わらない。
「ジョージの防具は素早さ+40と敵に見つかりにくいという効果があるものだよね?」
「そうですね」
「この防具は素早さ+40、攻撃力+40あるんだ。ジョージの腕前なら敵に見つかりにくいという効果よりも攻撃力+40で一撃で倒した方が良いんじゃないかな」
素早さと攻撃力がどちらも+40上がるという装備は確かに魅力的だ。マンセルが言うようにここまで来ると敵に見つかりにくいという効果は意味の薄い物になっている。しかもジョージはフクロウの指輪と警戒のランプを持っている。魔獣の討伐時間が短くなれば疲れにくくなる。
彼は金貨40枚を払って新しい防具を手に入れた。それまで着ていた防具も売らずに魔法袋に収納した。装備系の充実は自分が生き残るための必要経費だ、これをケチることは考えられない。
翌日街の外に出たジョージは装備の恩恵を十分に実感できた。マンセルが言っていた通りで一撃のダメージが上がり、討伐時間が短くなった。遠出をするときには討伐時間が短い方が複数体に囲まれた時も対応しやすい。
「新しい装備にして大正解だ」
ジョージは満足して街に戻ってくると、店に顔を出してマンセルにお礼を言った。
「ジョージが気に入ってくれてよかったよ」
「また何かいいのが入ったら教えてください」
武器・防具屋を出た彼はホテルに戻ってそのままレストランに足を向けた。少し早い時間だがレストランは8割程の入りで迷い人たちが食事をしている。この街で長くなった彼はホテルに住んでいるほとんどの迷い人と顔見知りだ。挨拶をしてから空いているテーブルに腰を下ろした。彼の後からも迷い人がレストランに入ってくる。気がつくとほぼ満席になっていた。1人で座っているのはせいぜい3、4人であとは2名以上のチームで席に着いている。
料理を注文してテーブルに座っていると一人の男性がレストランに入ってきた。それを見たジョージが片手を挙げるとレストランに入ってきた男がテーブルに近づいてきた。
「満席みたいだな」
席に着くとアランが言った。
「満席になるのを見たのは初めてだよ。今日は皆早めに活動を切り上げたのかな」
「そうだろうな」
「最近は街の周辺で体を動かしているのか?」
給仕の女性に料理を注文したアランが聞いてきた。
「そう。疲れをとりながらね。体調が戻ったらまた遠出するつもりだよ」
「俺もそろそろ遠出をするかな。体力的に無理が効かなくなってきている。しょっちゅう遠出をする体力も落ちてきているんだ」
アランは確か15年目の40歳だったか。山の中に入って魔獣を倒しながらゲートを探すのがきつい年代になっているということなのか。
「俺もあと1年、長くても2年が限界だ。その間に見つからなかったら引退だな」
引退するタイミングは個人が決める。きついと思ったり、これ以上やると身体が壊れるが、魔獣にやられると思う様になった時が引退の潮時だという。
「引退した後は何をするか決めてるのかい?」
ジョージが言うと料理を食べていたアランが顔を上げた。
「山裾の街に戻るつもりだ。そこで周辺の魔獣を倒しながら自分ができそうな店を探すつもりだよ」
砂漠の街で長く活動をしている迷い人、しかもソロで動いているとなるとかなりの資産、お金は持っている。引退しても生活に困らないくらいはある。その資金を使って飲み屋をするか、あるいは余生を過ごすか。
山裾の街に戻ってから第二の人生を模索すると言っているアラン。
「15年間走り詰めだったからな。余生はのんびりと過ごしたい。ただ引退するまでは今まで通り走り続けるつもりだ。ラストスパートってやつだよ」
そう言って笑った。
自分はまだ10年は現役の迷い人でゲートを探し続けるつもりだ。女神が「ある」と言っているゲートは必ずどこかにある。今まで見つかっていないのは、まさかと思う形でゲートがあるからだろうと言うのがジョージの考えだ。そのまさかを探すのが自分に課せられたタスクだと信じている。
ゲートを見つけた後で女神と会い、この世界について神に聞くべきことが、まだたくさんある。それまでは迷い人はやめない。ジョージはアランと食事をしながらそんなことを考えていた。




